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フィリップ・メイシーのドラマティック冒険記  作者: m.gru
『アルバート・アラゴンの檻の城』
8/13

4

ここです。と案内されたのは俺が求めていた温室的な場所。鳥籠の様な形をした硝子張りの建物。中へと入れば色鮮やかな花々、どの植物も初めて見るものばかりでこれもアラゴン氏が創った新種の植物なんてものかもしれない。


「ここ座って待ってろです」

「うん」

「お茶淹れてきてやるですよ」

「ありがとー」


 この建物の中央に位置する場所に設置された椅子とテーブル。アラゴン氏もここでのんびりとお茶でも飲んだのだろうか。はたまた、アノーマリが後から設置したのだろうか。

 白いテーブルを手の平で撫でてから周りをぐるりと眺めてみる。城の異様さから一変してここは静かで穏やかな場所だ。

 視界に入った鮮やかな花を見つめていると花が動いた。一瞬、気のせいかと思ったがその花が花弁をぱくっと閉じて蕾へと姿を変えたことに気のせいでは無かったと俺はその場で固まった。


「……!?」


 蕾になった花が再び開き花を咲かせる。そしてそのままゆらゆらと揺れだした。一時、流行った踊る花のオモチャを思い出してしまったのは仕方のないことだろう。生きた植物という言葉を当てはめるのは違う気がするが、この花ももしかすると言葉を発したりするのだろうか……。アラゴン氏は植物をも生物へと変えてしまっているのではないだろうか……。

 恐る恐る花へと近付けば花は自身と連なる葉をまるで手のように器用に動かしてみせた。その様子はまるで照れて顔を隠す様な仕草。


「なんか、可愛い……」


 くす、と思わず笑みを零せば周りの植物もがさがさと動き出した。


「ひぃいい!」

「お茶ですよ」

「アノーマリ! 一斉に動き出したんだけど!」

「動くも動かないも自由ですからね」


 ――そういう問題じゃないんだけど!

 テーブルにティーカップを置いたアノーマリはそのまま椅子に座って自分の分らしいカップを両手で掴んだ。がさがさと騒がしくなった植物を特に気にした様子は無い。納得はいかないがせっかく淹れてくれたお茶を飲まないわけにはいかないので俺も椅子に座ってカップを手に取った。紅茶の良い香りがする。


「砂糖入れるです」

「俺は良いや、ストレートで」

「僕は入れるです」


 アノーマリが一緒に持って来たらしい容器を手に取った。蓋を開けたその中には角砂糖がたくさん入っている。この閉鎖された空間で砂糖ってどうやって入手するんだろう。と疑問に思いつつアノーマリの様子を眺める。

 角砂糖を一つ指先で摘む、という動作をしようとしたアノーマリが眉間に皺を寄せて止まった。


「……ふう」

「?」


 目を瞑ったアノーマリが掛けていた眼鏡をずらして頭の方に掛けていた二つ目の眼鏡を自分の目に合わせたのだ。最初に掛けていた眼鏡は鼻の先にぎりぎり掛かって落ちてない。

 二つ目の眼鏡で砂糖を見たアノーマリは角砂糖を指先で摘み紅茶へ落とし入れた。

 

――ぽちゃ、


「……その眼鏡、どう違うんだ?」

「え?」


 俺の呼び掛けに顔を上げたアノーマリはまた眉間に皺を寄せてすぐに掛けていた二つ目の眼鏡を頭の方に戻した。そして最初に掛けていた眼鏡を指で鼻先から定位置に押し上げて戻し、俺と視線を合わせた。


「こっちじゃないと周りがぼやけてよく見えねぇです」

「あー」

「で、この頭の方じゃないと近くが全然見えねぇです」

「……ろ、老眼?」


 アノーマリって何歳? と聞いてみてもアノーマリは「さあ」と首を傾げるだけだった。いや、そもそもこの城が廃れる前から居るらしいミヤもかなり長生きしている生物なんじゃないか……? アラゴン氏が生きていた頃に生まれたアノーマリも当然、それだけの年月を生きているんだから、俺よりも遥か年上……。百年くらい軽く生きてるのかもしれない、老眼になってもそりゃ可笑しくはない。


「今は遠近両用って便利な眼鏡があるんだけど、知らないんだ」

「遠くも近くも見えるです?」

「うん」


 それは便利、是非欲しいとアノーマリは目を輝かせている。見た目は若いのに、やっぱり不思議生物なんだな。


「あ」

「なんです?」

「俺と一緒にこの城から出ればそんな眼鏡も手に入っちゃうよ!」

「城からは出れねぇです」

「出たいとは思ってるよね!?」

「当然です」


 アノーマリはこの城から出たいと思っている! やったぜ! と拳を握ればアノーマリは目を細めながら紅茶を啜った。


「でも、出れねぇです」

「そんなの一緒に探してみなきゃ分からないだろ!」

「探さなくても分かってるから出れねぇんですよ」


 ―この城が存在する限り、出れねぇんです。

 カップの中に視線を落としながらアノーマリが言った。その言葉の意味が俺にはよく分からない。


「その出られない理由を言ってくれ! それを解決出来れば出れる!」

「解決出来ないから出れねぇんです」

「出来るかどうかは俺が決める!」


 さあ、教えてくれ。と椅子に座りなおせばアノーマリは小さく溜息を吐いた。


「アルバートが居なくなった後、僕は城を出てやろうと思ったです。こんな陰気くせぇ場所に居るのは嫌だったので」

「うん」

「でも、外に出れなかったです。城の外に出る扉の向こうにはアルバートが出られないように罠を仕掛けてやがったです」

「俺が落っこちたのだな、床が回転する!」

「床が回転するだけなら簡単です、その向こうが問題です」


 ――その向こう? 俺が通って来た時には何も無かったけど……。


「ここの植物はみんな動きやがるです」


 がさがさ、と周りの植物が揺らめく。


「扉の向こうに植えられたアレは、城から出る者を逃がさねぇですよ。素早く空を飛べるのなら植え付けられたアレから逃げ切れたかもしれねぇですが」


 去る者を逃がさないそんな罠があったなんて……! いや、でも俺は冴え渡る男。思いついてしまったぜ、名案を!


「アノーマリ! 火を持って外に出れば良い! 可哀想だけど草木なら燃やして倒せる!」

「バカの考えることは役に立たねぇです」

「なんでだよ!」

「燃やして外に出れば、他の奴らも一緒に出ることになるんですよ」

「ミヤとか?」

「ミヤ以外の奴とか……」


見てねぇですか? と顔を歪めたアノーマリの言葉に俺は黙り込む。あー……、なるほど、気付きました。頭が足りない奴ですみません。


「僕は所詮、弱者なので向き合うってことが出来ねぇです。僕がここで生き残れるのは強い奴よりも知能があるから、ここで生き残るどんな奴らよりも城を知り尽くして居るから逃げ回ることが出来てる。そんな僕が他の奴らと外に出て生き残れる可能性はほぼ無ぇです。弱肉強食、生存競争に勝てねぇんですよ」

「……」

「解決出来る方法があるなら是非、聞きてぇです。僕も退屈してるので」

「思いつく事は、ある」

「なんです?」


 首を傾げたアノーマリ。思いついた方法は自分でもやっぱりバカの考えることだなぁと思う。でも、今の俺たちにはそれしかない。


「殲滅しよう」

「……」

「城内の怪物を」

「はい、分かりました。殲滅したら声掛けて欲しいです」

「アノーマリぃいい! そこを何とか一緒に頑張ろう!」


 バカには付き合ってらんねぇです。とアノーマリは首を横に振る。


「俺たちには力は無いが知能はある!」

「僕にはあるけど、テメェには無ぇです」

「そういうこと、言わないで……。俺、これでもサバイバル慣れしてるから、トラップとか仕掛けられるし……」

「全く分かってねぇです、ここの奴らを舐めてるとしか思えねぇです。罠で倒せる程度の奴らなら僕だけでも十分、とっくの昔にぶっ殺してやってるです」 

「そんなに強い!? 俺、活動してるのは泥状の奴しか見てないんだけど、アイツは軽く避けられたよ!」


 本当は必死に逃げた後に運良く回避方法を発見しただけ、とは黙っておこう。


「ミスしか見てねぇなんて、運の良い奴ですね」

「あれは女性でしたか」

「違ぇです、失敗作なのでミスとアルバートが呼んでたそうです」


 生物を創ってる時の失敗作? それで腐敗臭というか凄い臭いがしたのか、生き物になりそこなった……生き物?


「デカイ奴は見てねぇですか」

「イエティのこと?」

「イエティっていうのは知らねぇですが、アルバートはクリーチャーと呼んでたです」

「イエティの事だろ。毛むくじゃらの」

「けむくじゃら?」

「全身、体毛で覆われてるって意味」

「じゃあ、それですね」


 それなら見たよ、イエティだろ。と言えば「知らねぇです」とまた返された。イエティはとことん否定されるんだな。クリーチャーって呼ぶよりイエティの方が良いじゃん。


「クリーチャーを見てよく無事だったですね」

「いや、俺が見たのは死んでたから」

「運が良いですね」

「多分、ミヤが近くに居たからミヤが倒したんだと思うよ。爪痕っぽい傷あったし」

「何処までも運が良いですね!」

「マジか」

「クリーチャーはアルバートの最大の失態です。クリーチャーは頑丈で強いうえに、どんどん賢く進化してるです」

「マ、マジか……」

「弱いクリーチャーは強いクリーチャーに食われるです。そして強いクリーチャーはまた強いクリーチャーを何匹か産むです。それの繰り返しです、強いクリーチャーが生き残って強いクリーチャーがどんどん増えやがるです」

「ふ、増えてるのか!?」

「増えないと絶滅するって分かってるから恐ろしいです」


 この檻の城で繁殖しているらしい、イエティ……もといクリーチャー。アラゴン氏の最大の失態……。自分の想像を超えて進化して脅威となってしまった怪物。罠を仕掛けて倒すという行動も一度目は可能だったとしても、きっと二度目、三度目は不可能になってしまうんだろう。そんな生物、外に出したら……。


「クリーチャーはミスだけは食わねぇです。まあ、食えたものじゃねぇっていうのが理由でしょうね。臭ぇですし」

「ああ……」

「ミヤは、クリーチャーを簡単にぶっ殺すです」

「じゃあ、ミヤはクリーチャーより強い?」

「ですね」

「ということは! ミヤに殲滅を手伝ってもらえば解決するんじゃないか!?」

「手伝うような奴だと思ったですか……」

「あ……。いえ、全く……」


 お互い無言になった。すっかり冷めてしまった紅茶を啜って小さく溜息を吐く。


「あ、もう一匹、居るです」

「なにが?」

「クリーチャーをぶっ殺せる奴」

「おお! 協力してくれそうな奴!?」

「……会話が困難なくらい。すげぇ、バカです」

「お、おお……」

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