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バン、バン、バン。目に入った扉を開けては次の扉を開ける。とりあえず開ける。
廊下が続いてたら無視、部屋だったら様子を確認して次。何か無いか、誰か居ないか。この際、イエティでも何でも良いから出て来てくれないと俺の気が狂ってて幻覚を見てるとしか思えない。何個目の扉かなんて数えてなかったから分からないが、勢いよく開けた扉の先に人が居た。一瞬、無視して次の扉に行きそうになったが人が居た!
灯りを手に廊下の真ん中に立つその人は女性でメイド服を着ている。まさかのメイドさん。
「メ、メイドさん……っ」
「はイ、お客サマ。何かご用ですカ」
喜んだものの、メイドさんの目に光は無い。真っ黒というより真っ暗。機械的に歪な声でメイドさんは表情筋を微塵も動かさずに喋っていた。でも、嬉しい! 何でも嬉しい! 返事があるって凄く嬉しい!
「俺をここから出して欲しいです!」
「……はイ?」
俺の言葉にメイドさんの返事の語尾が上がった。無表情なのは変わらないが何を言っているのか分かりませんの疑問符が付いているイントネーションだった。
「こ・こ・か・ら! 出たいですっ」
「はイ?」
「……」
「……」
――なんでだろう。通じない。
俺が何か変な事を言っているのだろうか……。言語は通じてると思うんだけど。ここ、っていうのが悪いのか。ここ、って言ってるのが分からないのかもしれない!
「……城から出るにはどうしたら良いですか」
「センビーカンパンをご利用下さイ」
――煎餅、乾パン? あいにく手持ちに煎餅も乾パンも無いんですが何処かで入手出来ますかね。
無表情のメイドさんの真っ暗な瞳を見つめる。
「トイレ何処ですか」
「はイ?」
「ト・イ・レ! お手洗い! 厠! ウォータークローゼット!」
「ウォータークローゼット、ご案内しまス」
「やった!」
着いて来いと歩き出したメイドさんの背中を追いかける。メイドさんは他の扉と全く違いのない、さっきまで俺がバンバン開けていた様な扉を開けた。メイドさんが開けた扉の先は階段だった。なんでやねん。唐突に異国で覚えたツッコミを心の中で呟いた。
「ここは何なの、何の為の部屋だったの……」
「はイ?」
「……、この階の説明をお願い出来ますか!」
「こちラ、ベースメント1階。迷宮ノ客室でございまス」
「迷宮の客室……?」
アラゴン氏、何故に客室を迷宮にしてしまったのですか。客室で遭難するとか初めての経験なんですけど。
「不要のお客様ヲ、収納しておりまス」
「……」
階段を上がっていくメイドさんを見上げて俺は後ろを振り返った。不要のお客様って……つまりあれか、アラゴン氏にとっての失敗作を置いておく場所とかそんな感じの……。
――俺、よく生きてたな!
コツコツと足音を立てて歩くメイドさんの後ろを歩きながら先程と変わらない景色を眺める。階段を上った後も廊下が続く。でも、さっきまで居た所よりは若干明るい気がする。ここは城の1階。出口である扉もこの階にあるはずだ。あるはずだろうけど、そんなにトイレは遠いんですか……。
「メイドさん、漏れちゃうくらい遠いですね。ウォータークローゼット」
「はイ?」
はーい、相変わらず意思疎通出来なーい! ベースメント1階って言ってたから地下にトイレが無いのは納得だよ。不要のお客様収納場所だったみたいだし。でも1階をこうも歩いててトイレが近くに無いって! この城やたら広いのにトイレが各所に無いって! その辺か! その辺でするのか!
「お客様、ウォータークローゼットこちらでございまス」
「着きましたか!」
やったね! とメイドさんの指す手の先へと視線をやれば庭でした。
「???」
「お客様、ウォータークローゼットこちらでございまス」
こちら、とメイドさんが手の平で示したのは貯水タンクみたいな……。え、水を入れておく場所とかそんな感じに捉えられてたの!?
「ここの、階の説明をお願い出来ますか……」
「こちラ、1階。センシューテイエンでございまス」
――せんしゅうていえん? ……庭園!
水槽タンクがあって庭があって、ということは! 家庭菜園ならぬ庭園菜園が盛んに行われていて尚且つそれを育てる人物が……! メイドさんだけじゃないと、信じたい……!
「誰か居ませんかぁあああああ!」
「はイ、居りまス」
「誰かぁああああ!」
「はイ」
横で返事をしてくれているメイドさんには悪いけど無視させてもらった。
ミヤに会いたい、そう心から思った時にガサガサと草木を揺らしながら俺の前に現れた白衣の男。
「え……」
「先程から、うっせぇですよ」
ジョウロ片手に眉を寄せた男が流暢な言葉を話す。白衣を着て、メガネを何故か二つ掛けた男……。
「おおおおお! お会いしたいと思っておりましたぁああああ!」
「なんですか、テメェは」
顔を歪めた男の頭には小さな耳、そして背後に垂れた尻尾は完全に人間では無かったけれどミヤと同じ感じの生物! そして凄く会話が出来る!
「フィリップ・メイシー! フィルと呼んでくれ!」
「声がでけぇです」
ジョウロを持っていないもう片方の手を取って無理やり握手を交わす。男は凄く嫌そうに顔を歪めたが攻撃もしてこないし振り払おうともしないでくれた。
この感動を後にどう記そうか! 目的としていた物を全て発見したこの俺! 凄く主人公っぽい!
「テメェ、なんですか」
「俺はフィル。冒険家だ! 黄金の泉なるものを探しヘリでやって来たが途中で羽の生えた大きな生物に襲われヘリが破壊された。なんとかヘリから脱出して森へと降りたが一緒にいた仲間とはぐれてしまった。運良くここへ辿り付き、見付けたこの城へは冒険家としての好奇心で中に入ろうとしたが罠に落ちて出られなくなった。ちなみにこの城から出られないという情報をくれたのはミヤ。俺は何とかこの城で生き残りこの城から脱出する方法を探そうと思ってる、そこでミヤの様に会話の出来る相手を探して彷徨っていた所をメイドさんに拾ってもらいこの庭園までやって来た、今ここ!」
こんな感じです! と一気に説明した俺。そしてそれを聞いた男はこくりと頷いた。
「今の話を簡単に纏めると、テメェはただのバカということですね」
「わーん!」
「アルバート・アラゴンの城へ、ようこそ。僕はアノーマリ。そう名前を勝手に付けられました」
「勝手に付けられたって……、名前は親が付けてくれるものだろ」
「アルバートは僕の親じゃねぇです、勝手に創って勝手に名前を付けて勝手に死にやがった男ですから」
小さく溜息を吐いたアノーマリと名乗った半獣の男。背後で揺れた尻尾を見るからにミヤと同じ種族では無さそうだ。というか、見たことある尻尾。俺の想像だとその生物であるのは少し……いや、かなり嫌だ。
「勝手にって……、アラゴン氏は自分の創った生物に食い殺されたと聞いたけど……」
「へえ、食い殺されてたですか。ここは広すぎて誰が何処でどうしてるかなんて微塵も分かんねぇです」
「ミヤと一緒に行動はしないんだ?」
「しねぇですよ。それに……ミヤは恐い生き物ですからね」
「猫だから!」
「そう! 猫は大嫌いです!」
「やっぱり、アノーマリってネズミだよなぁ!?」
「ですよ」
「やっぱなあああ!」
俺、ネズミ食って腹壊したことあるから苦手なんだ。あ、嫌いな食べ物的な意味でだけど。まあギリギリの時は嫌いでも何でも食べますけどね。
「ネズミ嫌いですか」
「え、いや……別に」
「僕は嫌いですよ。きたねぇですし」
「自分で言うなよ」
「僕は綺麗なネズミです」
そうですか……。会話の末に思った事、アノーマリって変な奴。向こうも俺の事をそう思ってるかもしれないが。この城に居る会話出来る生物ってやっぱり異常生物なんだな。存在もだけど。
「ここで立ち話を続けてぇですか?」
「え、出来るならゆっくりお喋りしたいけど」
「僕もです、お茶でも飲んでゆっくりしてってほしいです」
「マジで! めっちゃ嬉しい!」
「お前は仕事に戻れです」
「かしこまりましタ」
静かに俺の傍に立っていたメイドさんがアノーマリの言葉に頭を下げてから踵を返して歩いて行ってしまう。その後ろ姿に「道案内してくれてありがとー」と声を掛けたけど反応は無かった。
「フィル。テメェはバカだとは思いますが凄いですね」
「貶されてるのか褒められてるのか……」
「あんな不気味なヤツを見て普通で居られるなんて」
「メイドさんのこと? そこまで不気味だったかな……?」
「良いヤツなんですね」
「え?」
アノーマリがニヤと笑ってから歩き出してしまったので慌てて俺もその背を追いかけた。