2(A)
A
乗っていたヘリは異形な生物によって破壊され墜落、パラシュートを開き無事に地上に辿り着いたものの相棒とは逸れ、辺りは深い霧に覆われ視界は最悪。大きな溜息を吐いたアレックスは首を左右に振ってゴキゴキと首の骨を鳴らした。
未確認生物だとかフィルは騒いでいたがアレックスはそんなことどうでも良かった。早くフィルを回収して帰る手段を探さなければ死ぬ。
面倒ごとに巻き込まれるのはよくあることだった、それを毎回経験しながらも付いて来ているのは自分。もう今回を最後に冒険には付き合わないと思ってはいたがどうせ自分は次も付いて行くだろう。結局、俺はフィルを放ってはおけないし、付いて行かなくてフィルが何処かで死んで帰って来なかった日には自分も死にたくてたまらなくなるに決まっている。
だって、現に砂漠から帰って来ないフィルを死に物狂いで探したあの時、俺の中には後悔しか無かった。一緒に行けばとどれほど思った事か。
――いつだって俺が自分で決めて、自分で行動しているにすぎない。
そうまさに遭難している今の状況だって、原因はフィルであるのは当然だが付いて来たのは俺だ。アイツは一人でも行くと言っていたんだ。付いて来たのは自分。もの凄くイライラしてフィルをぶん殴りたい衝動に駆られていても俺がフィルを殴るのは間違っている。そうだ、仕方ない。俺が自分で決めて付いて来たんだから。
ナイフを取り出して木にバツ印を付けたアレックスは荷物を背負い直して霧の中を進んだ。進む方向は最後にフィルが風に流された方向だ、それでも曖昧な方向でしか無いが今は己の勘を頼りに進むしかなかった。
足元を確認しつつ、大きな木の幹には印を付けて進んだアレックスは足跡を見付けた。自分の物とは違う靴底の跡。見覚えのあるそれはフィルの靴跡で間違いはなかった。靴跡を辿りながら進めば木には矢印のマーク。この先に進めば合流出来そうだな、とアレックスは小さく息を吐いた。
暫く進んだところで寂れた大きな門が目の前に現れた。その門をくぐり進んだアレックスの視界が晴れる。さっきまでの深い霧がここ一帯だけ全く無い。しかし、門の外や上空には白い霧が覆われている。廃れた街並を見渡し、石畳の道を進んで行く。廃れた街を見下ろすように大きな城が建っていた。その城は湖の上に創られていてフィルが好みそうな光景だった。
城の中に水は流れてるのか、と湖を覗きこみアレックスは考えた。
街に人の気配は無い。無いが街の様子が少し気になった。長い間、人が居らず廃れているのは確かだが石畳や壁が異様に破壊された跡がある。危険生物が暴れたと考える他ない。そしてその危険生物はまだ生存している。しかし、街には居ない。なら何処で生き残っているのか……。
城を見上げてアレックスは眉間に皺を寄せた。
苔に覆われた橋が城への道。鬱蒼と茂る木々の奥に確認出来る大きな扉は開いている。でも、街に危険生物が居ない。あの扉を通って生物が外に出られないから居ないのではないか。そして、自分たちを襲った生物には空を飛べる翼があった。だから外に居たのではないか。
あの扉を通るのは危険だ。入る事が簡単だったとしても出る事が難しくなる確率は高い。事実、城の外に居る生物はヘリを墜落させた化け物一匹しか確認していない。
この城には入るべきではない。そう思いはしたが入らないわけにはいかなかった。
フィルが自分より先にここへ辿り着いている。フィルがこの城を見付けた場合、危険性など深く考えず「城の中を調べ尽くしてやるぜ!」なノリと勢いで城に入って行ったに違いない。アイツは確実にこの城の中にいる。間違いない。そして危険生物と遭遇してから考えなしに城へ入った事を後悔していることだろう。確実だ。
深く溜息を吐いたアレックスは苔の生えた橋を手でなぞる。不自然に潰れた苔……、フィルが歩いたであろう跡を確認してその足跡に自分の靴底を合わせた。ぐじゅ、と苔を踏みつけてフィルの足跡を辿る。緩やかな坂になっていた橋を渡りきれば城の敷地内。庭園だった、と思って良いのか今は荒れ放題な庭を見渡してから大きな扉の先を見つめる。
そして、ゆっくりと足元に視線を落とした。
ここだけ舗装されている。扉へと続くこの短い間隔だけ舗装されている。周りに装飾が施されているわけでもない。ただここの足元だけ黒ずんだ鉄板がはめ込まれているようだ……。舗装された道をナイフの柄で叩いてみたが頑丈な造りなのか音は鈍い。しかし、不自然な長方形の鉄板をよく観察すれば周りに生えた草が歪に千切れていたり、鉄板の下に挟まれている……。
――こいつは動くな。
ブチブチと挟まった草を引きちぎりながらアレックスは深い溜息を吐いた。挟まっていた草は枯れていたわけじゃない。水分を含んでいて指先に草の汁が付いた。この草は今日……、挟まった。
――あの馬鹿、落ちたのか?
落とし穴だと推定してアレックスは荷物からツメの付いたロープを取り出した。城の扉の上部に引っ掛けて引っ張っても外れないことを確認。自分の体にロープを括り付けターザンの様に扉の先まで渡った。
「行きは良い良い、帰りは怖い、なんて何処かで聞いたな……」
ロープを回収して城の中を見渡す。黒い染みだらけの赤黒い絨毯が敷かれたエントランス、少し先には上へと続く階段と正面にまた大きな扉。ここまで広いと探索するのも一苦労だろう。
アレックスは考える。このまますぐにフィルを探すか、城を調べ内部を理解したうえでフィルを探すか。この城に居るであろう危険な生物の存在を考えると一刻も早くフィルを回収した方が良い。ヘリを襲った翼のある生物にフィルが勝てる見込みは無い。だが、大きな怪我をしていなければ逃げ切れる体力はあるだろう、無鉄砲だが知識の全く無い馬鹿ではないし、何より運がある。少なくとも俺よりは確実に。
――フィルは生きている。何とか現状を把握して生き残る方法を探しているはずだ。
ここで慌てて行動を起こす必要は無い。冷静に考え、知ることが先決だ。
恐らく……、容易にこの城に入ることは出来たが今ここで踵を返して外に出ようとすると何かしらの罠が発動するはずだ。入る時とは全く違う……、ここから危険生物を出さない為の罠が。
危険生物に罠を回避するだけの知能が無い、というのが理想だ。簡単な罠しか無いのなら好都合。だが、きっとそう甘くはない。城の見取り図でも手に入れたい。もしくはこの城に付いて書かれた手記。そこを狙って探すことにしよう。よし、とアレックスが顔を上げた時、視線の先に黒い物体が見えた。離れていて分かり難いがそれは動いている。正面の扉の向こう、長い廊下を歩いている何か……。まあ、こっちにやって来たとしても広いエントランスの端と端。目を細めて向かって来る何かをナイフ片手に待ち構える。
出ようとする生物に対してこの城はどのような対応をするのかを確認したいアレックスには絶好の獲物だった。相手が出ようとしなくとも、無理やりにでもこの出入り口から外に放り出してみよう。コキ、と首の骨を鳴らした時……。アレックスの嗅覚はその臭いを捉えた。
「……腐った、玉ネギ」
アレックスが例えるならまさにソレだった。ツンと来るその臭いにアレックスは顔を歪める。何と言っても不快。臭いを凝縮させた様な塊がこちらへ向かって来る。
アレックスを認識したのか視線の先でソイツはぴたりと一度立ち止まった。そして両手を前に突き出して走り出した。
「あががなあたたがへやはえははぁ!」
何か奇声あげて猛スピードで走って来るなぁ、とアレックスは左手で鼻を摘まみながらソイツを待った。近付いて来たソイツは体の肉という肉が腐って泥状になっているようで、べちゃべちゃと気持ち悪い音を立てて走って来る。人型というにはあまりにも歪……。あれは何なんだ、生物に成り損なった何かなのか、生物だったが死んで甦ったゾンビの様なものなのか……。
まあ、何にせよ猛スピードだ。俺の目の前で止まるなんて芸当出来はしないだろうとアレックスは走って突っ込んでくるソイツを寸前まで眺めて、ヒラリと避けた。
鼻を摘まんでいても臭い。悪臭に顔を歪めながら、ソイツの醜い腐った体を確認し出入り口である扉を通り抜けて行くソイツを見送った。
ソイツは城から出た。
奇声をあげながら走って行くソイツの背はガクンと揺れたかと思うと不自然に舗装された鉄板がぐるりと回転してソイツを下へと落とした。まるでフタ付きのゴミ箱にゴミを入れた時の様だ。とアレックスはぼんやりと思った。それと同時に落とした下にフィルが居たらヤバイなとも思ったがその思考は一瞬で消えた。
「……ッ!?」
目の前で鬱蒼と生い茂る草木が動いたのだ。何か生物が居たか、という考えはすぐに無くなった。植物の蔓が蠢いている。来るものは拒まないが去るものはアレに捕えられるのか……。
扉から一歩後ろに退く。蔓は生物の様に蠢きながら静かに周りの草木と同化した。
予想以上にマズイ状況になってきたかもしれない。アレックスは汗を拭いつつ深く深呼吸をした。鉄板の罠を回避してもあの化け物のような植物に捕まる。
罠なら解除出来ればと踏んでいたがアレックスの中で選択肢は一つになった。植物をこの城ごと燃やして脱出する。すみやかに最大火力で一気に焼き払える油を手に入れてフィルを回収して脱出だ。
上へと続く階段を見上げてアレックスはナイフを腰に差した。