1 檻の城
‐ 檻の城 ‐
上へ上へと続く階段をカツンカツンと音を立てながら歩く。バテながらも階段を上りきった俺は床に倒れ込む。
まさかこんな長い階段だったなんて……。
冷たい床に頬を当てて荒い息を整える、もうこのまま眠ってしまいたい……とは思ったがそうも言っていられない。ここは危険な場所、獰猛生物の巣で仮眠を取る馬鹿が居てたまるものか。
疲労の残る体を起こして荷物を背負い直しライフルを肩に掛けた。薄暗い城内、僅かながら灯りも点いていて探索するには困らないだろう。
ここは一人で探索するよりも味方を付けたい。でも、ミヤは協力的ではないので俺の味方になってくれる可能性は極めて低い。ならどうするかっていうと……、今回の俺は最高に冴えている。アレックスもびっくりな冴えっぷりだ。
ミヤが自分の名前を名乗った時、こう言った
「ミヤだ、そう私は呼ばれてる」
これを聞き逃さなかった俺、マジ冴えまくり。
ミヤは呼ばれていると現在進行形で言った。今は亡きアルバート・アラゴンしか名前を呼ばなかったのならミヤは『呼ばれていた』と過去形で言ったはず。
しかし、呼ばれているのならば今もミヤの名前を呼ぶ存在が居る。しかもそれはミヤと同じ言葉を喋る存在にしか出来ない芸当だ。
この城にはミヤの他に言葉の通じる生物が居る!
なんとかその生物と接触して味方に付けたい。何処に居るかは全く分からないけど、この城から出られないのは同じなんだ、一緒に外に出ようぜ! なんて誘ってみれば乗ってくるかもしれない。
すべきことが明確になればやる気も出てくるもんだ、まずはこの城で言葉が通じる生物との接触で情報を集めて、城内を探索する。
よし行こう! と気合を入れてカツンと一歩を踏み出した。
――べちょ
「……」
――べちょっ
変な音がする。一歩を踏み出した状態で固まった俺は真っ直ぐ続く通路の先を見る。薄暗い通路、曲がり角の向こうからまた音が聞こえた。
――べちょ
曲がり角の向こうから影が見えた。動く何かの影がこちらへとやって来ている。
ごく、と唾を飲み込んだ。
――べちょっ
角を曲がった何かの姿が視界に入る。
人の姿の様だ、でもその動きは明らかに人であるなら様子が可笑しい……。
――べちょ……
真っ直ぐな通路、まだ距離はあるとはいえお互いがお互いを認識するのは当然。障害物も何もない真っ直ぐな通路の向こうでその何かと俺は目が合った。
薄暗いながらにも分かる歪な骨格、腐敗したような体。目は真っ暗で穴が開いているようだ……、でも目は合ってる。合ってるんだ、だって俺の全身から一気に異様な気持ち悪い脂汗が吹き出したんだから……。
「ぅごがえがげががあははばががあははあ!」
「!?」
雄叫びなのか笑い声なのか分からないような声をあげた何かがこちらへと向かって走って来た。べちゃべちゃべちゃ、と音を立ててこちらへと走って来る何か。
――敵となりうる存在に背を向けて逃げるという事はとても危険な事である、背を向けず冷静に間合いを計り対処すべし。
なんて言っているアレックスの姿が思い浮かんだが正面から両手を広げて走って来る敵になりうる何かに対して冷静さとか間合いを計るとか無理だ。
勢いよく相手に背を向けてそのままある限りの力を出し尽くすつもりで腕を振り足を動かした。背後ではべちゃべちゃと何かよく分からないヤツの足音がしている。風になれ! 風になって走るんだ俺!
「あえがごえあがあがはだあああ!」
奇声をあげながら追いかけて来るヤツの足は速い! だんだんとヤツとの距離が近くなっているのか生ゴミのような臭いがする。後ろを振り返って距離を確認することが怖くてたまらない。
真っ直ぐな廊下、いくつもの部屋の扉を無視して走っていたが一室に逃げ込むかどうか。このまま走り続けていたら絶対に追いつかれる。だからと言って何が待ちうけているか分からない密室に逃げ込むか……? 危険過ぎる。
考えろ。
一本道に続く長い廊下、先に曲がり角は見えない。廊下の飾りといえば壁に額縁だけ飾ってあったり、広い間隔で壁にブラケットライトが設置されている。その灯りがキャンドルライトじゃなくて、本物のキャンドルの火だから心許ない。吹けば消える灯りだ。でも、火を灯して歩いた誰かさん素晴らしいです、ありがとう!
「それどころじゃない!」
「がめあぁがはぁがぁあぁだぅああああ!」
鉄の鎧とか飾っといてくれれば良いのに! 剣を携えた鎧とか! 武器になる系の奴を!
うわああ、と心の中で悲鳴をあげた。息も絶え絶え、苦し紛れに顔を上に向けるとペンダントライトが点々とぶら下がっている。電球は切れているのか点いてない。暗くて気付かなかった……。と思った次の瞬間閃いた。あれにぶら下がって背後のヤツを一旦通過させ、俺がヤツの背後を取ろう。
名案だった。二つほど向こうのペンダントライトを走りながら狙って飛び上がる。脚力も跳躍力にも自信があった。今までの冒険で培った力が俺にはある。俺の手がペンダントライトを吊るす細いコードを掴んだ。ペンダントライトが大きく揺れる、ミシミシと軋む音を聞きながら両手でコードを掴み、ヤツが通過しやすいように体を小さく丸めた。
「ぅがばはががばたはばがふぁヴぁ!」
べちょべちょべちょ、と音を立てながらヤツが俺の下を通過した。通過したのを確認してから俺は細いコードから手を放し、ヤツの背後に降りて肩に掛けていたライフルを構えた。
「よし!」
気合十分にライフルを構えれば、ヤツの背がどんどんと……遠退いて行く。
「……」
まさかのスルーに呆然とする俺。ヤツはひたすら真っ直ぐに走って行ってしまってあっという間に暗闇の中に消えて見えなくなった。
チラリと背後を確認してからライフルを下ろし肩に掛け直す。……覚えておこう。腐臭のするヤツは急な方向転換が出来ない、と……。
荒い息を落ち着かせる為に少しの水を口にした。一先ずは難を逃れた、それでも危険生物は多いが……。まず、するべき事を考えよう。俺は冒険がしたい、でも冒険をするには死ぬわけにはいかない。死なないようにするには? 冷静になれ、周りを確認しろ、生きる最低限の水と食料を確保しよう。うん、一番重要なのは水だ。前回の砂漠で更に水の重要性も実感した。とりあえず水だ。
この城は湖の上にあった、城内に水は確実に流れている。水が流れているからこそ危険生物たちもアルバート・アラゴン亡き後も生きていられるんだ。それは非常に残念だが、水があるから俺も生き残れる。
今、俺の荷物には水筒に入っているだけの水と日持ちのする携帯食料。主に乾物系にチョコレートが少し、あとは栄養を補うサプリメントがそこそこ。うん、やっぱり水だな。俺の食料日持ちするけど凄い喉渇くし。
あとはこの城にどれだけの物資が残っているか……。ミヤたちが生活していけるだけの物はあるんだろう……。でも城から出られないとなると城内で自給自足? 水はあるから何か育てていたりしている可能性が高い。植物を育てる場所には当然、水がある。その植物を採取しにミヤ……もしくはその植物を育てられる知識を持った別の者が来る。俺は水も食料も手に入るし、知能のある者とも合流出来る。
――素晴らしい!
城の中で植物を育てるというと温室的な場所があるに違いない。そこを探そう。この長い廊下を抜けて階段なり広い場所に出るなりしたい。密室となる部屋を一部屋ずつ調べるのは後だ。扉を開けて密室で危険生物と遭遇するより逃げ場のある廊下を進む方が良い。腐臭のするヤツの回避方法も分かったし。ペンダントライトが続いている限り大丈夫だ。
俺って頭良い!
なんて、意気揚々と進んでいた俺は甘かった。
歩いても歩いても廊下は続く、終わりがない。っていうか、俺が地下から昇ってきた階段は何処に行った? 戻って歩いてるんだから絶対にあったはずなのに階段なんて見てない。俺のスタート地点何処行った。可笑しい。可笑し過ぎる、この城の構造はどうなっているんだ? ひたすら真っ直ぐな廊下があるなんて城の形が可笑しいことになる。俺が正面からしか見てないから分からないだけで側面から見たらかなり横幅のある城だったってことか? そんな馬鹿な。どこまで胴長だ。ダックスフンドか。
ループしてるようには感じない。汚れとか飾ってある額縁とか、たまに絵が入ってる額縁もあったけどくすんでいてよく分からない絵だった。とりあえず、同じ光景は見てない。似たような光景が続いているのは確かだけど……。目印として何か壁に描いて行くか? いや、城に落書きするのはちょっと気が引ける……。そんな事言ってる場合じゃないのかもしれないが……。うん、そんな事言ってる場合じゃないからやっぱり描こう。
矢印なんか描いたら敵に方向を教えているようなものだから描かない。でも、アレックスがもし通った時に俺がここに居たというのが分かる方が良いよな……。
「うーん。これで分かるかな?」
油性マジックで描いたマークを見て俺はうんと頷いた。アレックスなら分かる。とペンを胸ポケットに戻して再び長い廊下を進んだ。
壁にマークを描きつつ進んだが、やっぱりどこまでも長い。
ここまで長いならもう部屋を開けて確認するしかない。密室は嫌で堪らないが……これだけ変化が無いと他を調べるしかないもんな。ライフルを構えつつ目に付いた一室の扉に手を掛けた。イエティみたいな奴と遭遇しませんように……。
――ガチャ
ドアノブを回してゆっくりと扉を開けた。壁に背を預けながらゆっくり部屋の中を覗き見る。
「……」
俺は再び壁に背を預けて左右を確認した。そしてもう一度、ゆっくり部屋の中を覗き見る。
「……フ」
歩き続けて俺の頭は可笑しくなってしまったらしい。
扉を開けても長い廊下が続いてるとか冗談だろう? 扉を隔てた向こうにまた左右長い廊下が続いてるんだ。廊下が連立してる意味って何だ? 長い廊下の横に同じ長さの廊下が同じ向きであるんだぞ? なら今まであった扉全てこの廊下に続いてるじゃないか。壁を打ち抜いて大きな広い廊下にしてしまえばいいのに!
目の前に続く廊下を見て溜息を吐いた。まあ、違うところと言えば絨毯の模様がちょっと違うかなぁ程度である。
一旦、この廊下は置いておこうと扉を閉めて次は反対側にある扉に向かう。これで同じ廊下が続いていたら俺はどうしたら良いんだろう。だって壁と扉の意味が全く無いんだ。レースでもするのか? 俺はコース上を歩いているのか?
先程と同じ様に壁に背を預けながら扉を開けた。廊下が続いていませんように、部屋がありますように、もうイエティみたいな奴が居ても良いから……。
そろりと部屋を覗き見て絶句。え、嘘だろ、そんな馬鹿な、と長い廊下を左右確認してからもう一度部屋を確認する。
「……」
目の前に同じ廊下が次は真っ直ぐ続いている。横の次は縦。果てしない廊下の先を見つめながら扉を背に座り込む。こうなったらもう扉という扉を片っ端から開けて確認して行くしかない……。危険とかそんなこと言ってる場合じゃない。
「負けてたまるかぁあああ!」