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ドドドドドド、と凄まじい音を立てるのは俺の心臓。
前方に見える金色の目にライトをゆっくりと当てる、まず見えたのはブーツ……。ブーツ? 素早くライトを金色の目に当てるとライトの光りに目を細める男が居た。人だ。俺たちと同じように洋服を着た人だった。
「はぁぁぁぁぁー……、驚かせないでくれよ……」
「……」
大きく息を吐いてライトの光りを男の顔から外す。
そのまま男の傍まで近付いてみるが男は動きもしないし言葉も発しない。もしかして俺より相手の方がびっくりしたのかもしれない。まあこの場所じゃそれもそうかと思いつつ男の前へと立った時にその異変に気付いた。
「……ッ」
「……」
こちらを見る男の目が金色なのはまあ良い、でもその男の耳が大きな獣の耳であるのと男の背後でゆらゆらと揺れるそれが細長い獣の尻尾であるのが良くなかった。
人間じゃない。
俺が一歩後ろへと下がると男は右手をあげた。その右手の爪は鋭利な刃物のように尖っている。やばい、そう思って肩に掛けていたライフルに手を伸ばしたが男の右手が俺の首を捕える方が速かった。
――ガッ!
首を絞め上げられる。体が浮いてつま先だけがかろうじて地面に残った。
「ッ、ぁが……!」
男の腕を掴む、抉るように爪を立てたが男は無表情のまま首を絞める力を緩めることなく俺を見つめている。
苦しい、痛い、苦しい……!
大きく開けた口からは声さえも出ない。震える手で男の手を掴みながらも俺は苦しさのあまりぼろぼろと情けなく涙を流す。男の手も掴んでいられなくなった……、だらりと腕を降ろせばガシャンと肩からライフルが地面に落ちる音がした。
だめだ、意識が遠のく……。
そう思った時、首から男の手が放れた。がくん、と俺はその場に膝から崩れ落ちる。
「げほっげほっ……!」
自分の首を押さえて咳き込む、荒い呼吸を繰り返しながらなんとか酸素を体に取り込んだ。
助かった、殺されなかった……。
息を荒げながら男を見上げれば男の金色の目と視線が合う。なんで放した、なんで首を絞めた。俺が何かしたか、と自分の行動を思い返してみて気付く。俺は退いた、そして武器を向けようとしたのだ。
ごく、と唾を飲み込んで俺は荷物を横に放り投げた。男の視線が荷物を追う。俺は地面にライトを置いて両手を広げてみせた。
「攻撃しようとして悪かった……、敵意は無いんだ。言葉が通じるなら話をしたい……」
荷物から俺に視線を戻した男は少しだけ首を傾けた。両手を広げて男を見上げる俺の頬を男の尻尾が撫でる。ふわふわの尻尾が頬を撫でて俺は思わず顔をしかめる。
そんな俺を見て男が微かに笑った気がした。
「……良いだろう、話を聞こう」
その場に腰を降ろした半獣の男、その男と向き合い俺はまず名を名乗った。
「俺はフィリップ・メイシー、冒険家だ」
「……」
「黄金の泉なるものを探してヘリで移動していた」
「……」
半獣の男の様子を伺いながら話を進める。こうしてまじまじと見ると男の顔はとても美しく人形のように整っていた。耳とか尻尾もコスプレなどの類なら良かったのに……。
「その途中、羽の生えた大きな生物に襲われてヘリが破壊されたんだ。なんとかヘリから脱出して森へと降りたが一緒に居た仲間とはぐれてしまった。そして運良くここへと辿り着いた。城には冒険家としての好奇心で入ろうとしたけど、仕掛けに引っ掛かってここに落ちたってわけだ」
とりあえず俺がどういった経緯でここに居るのかを理解してもらおうと一通りの流れを説明してみる。半獣の男は特に表情を変えぬまま頷いた。
「……俺のことを分かってもらえたなら、聞いても良いかな?」
「何を」
「そりゃ、キミ…いや、アナタの事とか……。この城の事とか……」
俺の言葉に半獣の男は眉を寄せた。
ここでこの半獣の男の機嫌を損ねたら俺は男の鋭利な爪で首をかっ切られて死ぬんだろう……。それだけは何とか阻止したい!
「勿論、無理に聞いたりはしないから!」
「……」
あはは、と苦笑いを零す俺。半獣の男は無表情のまま地面に置かれているライトに視線を落とした。……気まずい。
言葉は通じるがコミュニケーションの壁が分厚い。
無言、無表情のまま俯く半獣の男。それに何と声を掛けていいのか分からない俺。薄暗く静かな地下空間で半分獣の人型生物と向き合う俺。なにこれカオス。時間ばかり過ぎていく。一刻も早くここを出てアレックスと合流したい俺にはこの沈黙は痛い。そして怖い。
冷たくて硬い地面に座り続けているのが辛くなってきた俺は体勢を変えて膝を抱える。座りなおしただけなのに俺が動いたことに驚いたのか半獣の男が耳を動かして俺の方を睨んだ。……怖い。
「えっと……」
「……ミヤ」
「え?」
気まずさに何か会話をきりだそうとした俺の言葉を遮って半獣の男が呟くように言った。思わず聞き返してしまうと半獣の男は眉を寄せながらも答えた。
「ミヤだ、そう私は呼ばれてる」
「……ミヤ」
半獣の男の名前らしい。どれだけの時間が経ったのか分からないが自己紹介まで随分と時間が掛かった気がする。
「この城は、アルバート・アラゴンの城」
「……へ?」
「お前が聞いた答えだ」
ふん、とそっぽを向いた半獣の男……ミヤ。
確かに俺は城の事を聞いたけど、そんなざっくりと説明されても。そもそも誰それ? ってところから俺は質問しても良いのだろうか。
「アルバート・アラゴンっていうのは誰ですかね……?」
「この城と私たちを創った男」
「創った? じゃあ、ミヤはアルバート・アラゴンに創られた生物で。私たち、ってことは後ろのアレとかも?」
そっと背後のイエティもどきを指差せばミヤは頷いた。
つまり、未確認生物はアルバート・アラゴンという男が創り出した生物。生き物を創り出すっていう所がもう人智を越え過ぎて意味が分からない。
「その、アルバート・アラゴン氏に会いたいんだけど」
「死んだ」
「あ、そうなんだ……。じゃあ、もうこの城の廃れ具合から大分昔に?」
「ああ、大分昔に喰われて死んだ」
「……」
「……」
「アレ、とかに?」
「そう」
ミヤが頷いた。もう帰りたーい。
自分で創った生物に喰い殺されてるとか……。凶暴生物を何故創ってしまったのですがアラゴン氏!
「なんでそんな生き物創ったんだよマジで……」
「アイツを創りたかったんだ」
「……、アイツ?」
「アルバートより先に死んだアイツ」
ミヤが俺じゃない何処かをぼんやりと見つめていた。アイツって誰だろう。創りたかったというくらいだからアラゴン氏に関係する誰かなんだろう。先立たれた最愛の妻とかそんな感じだろうか。まあ、そんなことを俺が知ったところでどうにもならないから、この話は置いておこう。
「ミヤ、俺はこの城を出たいんだけど」
「出入り口は城の扉ただ一つ」
「あの上の?」
「そう」
「じゃあ、上に行きたいんだけど」
「上に行くには階段がある」
「上の階に後ろのアレとか居るのかな……」
「居る」
「やっぱり……っ」
「この城は巣だ」
ミヤの言葉に絶望した。最悪である。こんな廃れた城が巣窟と化しているなんて最悪だ。仕掛けに引っ掛かって落ちてある意味良かったかもしれない。あのまま普通に中に入っていたら俺は確実にアラゴン氏の二の舞だっただろう。餌は嫌だ。それも生きたまま喰われるとか想像するだけでも恐ろしい
がっくりと項垂れる俺の頬を尻尾が撫でた。ミヤの尻尾だ。コイツは何なんだろう、猫的な生物なのだろうか。顔を上げてみればミヤは笑っていた。いや、笑ったというより口角を上げただけと言ったほうが適切だろう。
鋭い牙が見えたことよりもミヤの整った顔が不気味に歪んだ方が怖かった。
「ここは巣であり、檻だ。出口は真上にある城の扉ただ一つ。内側から出ようとすれば仕掛けが作動してお前のようにこの地下へ叩き落とされる。飛行能力を持たない害獣共は中で暴れ、お前がここに来る途中で見た羽の生えた生物は飛んで扉をくぐり出て行った。でも城を出ても霧から逃れられない。」
「え……? え? 何……」
「分からないか? ここからは出られないと言っている」
「……は?」
「アルバートがそう創った。神様とやらに許しを請いながら泣いていた。自分で創ったものが恐ろしいと言って泣いていた」
は、と馬鹿にしたように笑うミヤ。
アルバート・アラゴンが自分の創ってしまった生物に恐れを抱き、この城に閉じ込めた。っていうのは分かったけど……、出られない?
「ま、待て! 俺も外に出られないのか!?」
「出られないから檻だ、勝手に檻に入って来たのはお前だろう?」
ミヤが首を傾げてみせた。いやいや、確かに勝手に入ったのは俺だけど。
「アルバート・アラゴンが出られないように創ったなら、その解除方法とかさ……。そう、あの仕掛け! あの仕掛けが作動しなかったら簡単に出られるだろ!」
「……」
「城の中にあるよな?」
「あるかもな」
ミヤが頷いた。絶対に脱出不可能ってわけじゃない。この城の中を調べて外に出る方法を探せば良い。そうと決まればまずは地下から出なければ。
「とりあえず、城を探索しよう。階段は?」
「奥にある」
よし行こう! と荷物を掴んで立ち上がる。
ミヤも同じように立ち上がり俺の横を並んで歩く、ザッザッと足音を立てる俺と違ってミヤは全く足音を立てない。そのブーツの裏に肉球でも仕込んでるのか……?
「フィリップ・メイシー」
「え、ああ、フィルで良いよ」
「……フィル」
「なに?」
ミヤに名前を呼ばれると思ってなかった俺は驚きつつも笑顔で返事を返す。
名前を呼ばれると少し親しくなった感じがするよな、冒険しながら各地の人々と仲良くなるのも俺の楽しみの一つだし。半分獣の不思議な生き物だと思われるミヤとの出会いも将来的に良い思い出になりそうだ。
「城を調べるのも良い、外に出ようとするのも良い、私には関係のないことだから好きにすれば良いと思う」
「おう」
「餌は餌なりに抗えば良い……」
「……!?」
隣へと視線をやればミヤは居ない。
ミャオ、と足元で黒猫が鳴いた。その猫と金色の目が合ったかと思うと猫は先に走り出して暗闇へと消えていってしまった……。
俺は乾いた唇を舐めてからライトを握りしめる。
――悪い癖だ。
アレックスによく言われていた、お前は一つのことしか考えない奴だと。いつもならここで的確にアドバイスをくれるアレックスは居ない。どうしよう……、城の中で外に出る仕掛けを解除する方法を探すってことは恐ろしい生物たちの巣窟を歩き回るってことなんだよな……。
自分の馬鹿さ加減に呆れることはよくあるけど、今日はまさに、だ……。ミヤも俺の発言に驚いたことだろう。こうなったらヤケだ。
「冒険家フィリップ・メイシーはこの城を無事に脱出してみせるぞぉおおお!」
暗い地下空間に俺の大きな声は響き渡った。