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パラシュートを開いて数秒後、木々に引っ掛かりながらも地面に降り立った。今まで色んなアクシデントはあったけど未確認生物に襲われたのは初めてだ。にや、とちょっと頬が緩むのは見逃して欲しい、とうとうこの目で未確認生物を見たのだから! とりあえず、アイツの事はガーゴイルということにしよう。無事に帰還した際に世界に発表しなくては!
興奮してきたがその興奮はすぐに萎んだ。あー……、アレックスと逸れちゃったんだよなぁ……。しかも携帯が通じないし、無線もノイズだらけ。完全に遭難した。
「いてて……、腰打った……」
腰を擦りながら荷物の中からライフルを取り出す。こんな森の中だ、いつ獣に遭遇するか分からない。あとガーゴイルもまだ居るかもしれない。ヘリを破壊する化け物っぷりだったがもっと間近で観察してみたいもんだ。
一人にやにやして歩く。ここにアレックスが居ればもの凄く冷たい視線を俺にくれたことだろう。寂しいなぁ。アレックスは無事かなぁ。まあ、どんな怪物に遭遇してもナイフ一本で戦いそうなやつだから大丈夫だろう。俺と違って頭も良いし、熊も余裕だから怪物も余裕に違いない。
アレックスはなんとかするだろうけど、問題は俺だ。
辺りは白い霧に覆われていて周りの様子が見えない。上空から見てる時はこんなに霧が立ち込めているとは思わなかったんだけど。不思議だ。
空を見上げても真っ白。辺りを見渡しても真っ白。手元を目で確認するのが精一杯の深い霧……。これではアレックスと合流するのは難しいかもしれない。
爆風に飛ばされたとはいえ、そこまで離れていないだろうと思ってはいるんだけど……。こうも歩き回っているとお互いにドンドンと離れている可能性も無くは無い。信号弾を使おうかとも考えたがガーゴイルの存在を確認してしまった以上ここで信号弾を放つのは危険だ。アレックスだけが信号弾に気付いてくれれば良いが、ガーゴイルの方に先に気付かれて攻撃されても困る。なんせ相手はヘリを破壊する怪物なんだからな……。
それにこうも霧が濃くては信号弾も届くかどうか定かじゃない……。
断言出来る、今日というこの日は冒険家フィリップ・メイシーにとって人生最難関の冒険となるだろう。予定としてある近い将来に可愛いお嫁さんとの間に生まれてくる我が子にこの冒険を聞かせてやらなければいけないな。そうとなればここでアレックスと出会ってしまっては盛り上がらない。
とても遠慮したいがここはガーゴイルとの熱い戦いを繰り広げる展開があっても良い。とても遠慮したいが冒険話としてはかなり盛り上がる。うん、遠慮したいけどな。
ずんずんと森を進んで行く。進むのは良いがさっきから野生動物を見かけない。それどころか虫の一匹すら居ない。霧が濃くて見えていないだけなんだろうか……、それなら別に構わないのだけど……この静けさはどうにも異常であるような気がしてならなかった。
木にナイフで矢印を刻み汗を拭った。目に付く大きな木に近寄ってアレックスの残した跡でもないか見てみるが何も無い。足元に足跡でもないか確認しながら歩くがやはり跡はない。
本格的に大冒険になって来たのと同時に不安もどっと押し寄せる。この方向に歩き続けていて大丈夫なのだろうか……、アレックスの奴は大丈夫だとポジティブに考えてはいるが本当は怪我をして動けなかったりするんじゃないだろうか……。白い霧を見続けていたせいか思考はどんどんと悪い方向へと傾いていく。
いや、駄目だ、しっかりしろフィリップ・メイシー。俺はこんなところでくたばる男じゃない、アレックスの奴もそうだ。アレックスは俺とは違って頭も良いし腕も立つ、きっと文句を言いながら俺を探してくれているに違いない。友達思いの良い奴だからな!
荷物を背負い直した時、目の前に大きな門が現れた。
錆びて腐ってボロボロの門はすでに門の役割りをはたしてはいなかったが、人工物だ……。こんな辺鄙な場所に人工物がある。
秘境の地に住まう民族の村……? はたまた内密に保管された伝説の代物が眠る土地?
何にせよ、冒険の香り! 足を踏み入れずにはいられない!
ボロボロの門の隙間を通って中へと入る。さっきまであった深い霧が嘘のように消えていた。しかし後ろを振り返れば門の外は白い霧で覆われている。不思議なところだ……。
視界が一気に広がった。空は真っ白のままだが周りの景色はよく見える。
石畳の道が続く街並み。崩れて廃墟となった家々が並ぶ街……。現在はもうすでに人は住んでいないのだろう。人の気配の無い廃れた街を道沿いに真っ直ぐ歩いて行くと大きな城があった。その城もまた廃墟のように不気味な雰囲気を放っている。
滅んだ伝説の国とかそういう感じのものだろうか。胸のトキメキがハンパない!
あのガーゴイルの存在も考えるとここは怪物と人間の共存する国だったとか、はたまた怪物と人間が争い滅んだ国とか、ファンタジー的な!
「すげぇえええ!」
ぞくぞく、と体中を虫が這った様な感覚。震える手でライフルを握りしめた俺は笑っていた。
――凄い、凄いぞ、あの城にはもっと凄いものが眠っているかもしれない!
遠くに見える大きな城を目指して俺は駆け出した。
息荒く城の前までやってくれば崩れた門、その向こうには大きな橋が架けられていて橋の下は湖になっていた。
遠くからは分からなかったがこの城は湖の上にあるらしい、また素晴らしく幻想的だと思う。城が恐ろしく廃れていなければ更に感動出来たはずだ。
進もうと踏み出した橋には苔がびっしりと生えている。橋を渡りきって城の敷地内に入ると鬱蒼と生い茂る草。森の様になってしまった元庭だろうか? でも、扉の前はコンクリートか鉄板か、そこだけ舗装されていて綺麗だ。
よーし、場内を探索するぞ! 鼻息荒く城の中へと入る為、開けっ放しとなっている大きな扉をくぐろうとした。
――ガコン
「……ッ」
変な音と共に体が傾く。扉の前が仕掛けになっていたらしい。シーソーのように片方に体重を掛ければ床がぐるりと一回転。当然、その仕掛けに引っ掛かった者は回転する床に逆らえずに下へと落ちる……。
どんな防犯だ。
「ああああああああ!」
ガコン、と上で仕掛けが閉じる音が聞こえたがそれどころじゃない。湖に落ちるならまだ助かるかもしれないが、このまま地面に叩きつけられる、もしくは針山にダイブなんてことになったら死ぬ!
まだまだやり残したことはいっぱいあったのに……、ああ……巻き込んでごめんな、アレックス……お前が無事に家に帰れるように祈ってる……。
目を瞑ったのと同時にぼすっと何かに落ちた。
慌てて目を開けたが辺りは真っ暗でよく見えない、でも俺は何かクッションになるものの上に落ちて助かった。ヘリからのダイブで木々に体をぶつけたうえに腰を強打したのに比べれば痛みなど大したことはない。
やったぞ! アレックス! お前だけ無事に帰れると思うな! こんなところで死んだら悔しさのあまり幽霊になってお前に取り憑いてやるからな!
フィリップ・メイシーの冒険はまだ始まったばかりだ。まだまだ俺の命運は尽きないぜとテンションを上げる俺はクッションとなった何かを踏み越えて石の床へと足を降ろした。
視界も暗闇に慣れて来たので荷物からライトを取り出し灯りを付ける。上を見上げてみるが外の光が届いて来ないところを見ると地下の様な場所に放り込まれたのかもしれない。ここを登るのは無理だろう、上へと行ける梯子や階段を探すしかない。
小さく溜息を吐いてから後ろを振り返る。当然、さっきクッションになった何かを確認する為だったがその行動に俺はとても後悔した。
その何か、とてもそれが何であったかは分からないが『生物』だったのは確かだろう……。白く濁った大きな目玉、毛皮に覆われている体を見るとゴリラに近い気もするが、ゴリラはもっと小さいし愛嬌のある顔をしている……。この生物だった何かと比べるとだが……。
黒っぽくて長い毛に覆われていて、ゴリラよりも大きな体……、とても恐ろしい形相で絶命しているのが怖いがこれは『イエティ』なんじゃないのか……。アボミナブル・スノーマンとも呼ばれる未確認生物だ。ヒマラヤ山脈に生息すると言われている。おいおい、雪山までコイツを探しに行って見つけられず救助されたというのに……。こんな所で出会うなんて。
とりあえずこんな機会は滅多にない。イエティと思われる絶命している生物の体を触り、大きく開いた口を覗き込み鋭い牙に触れる。強靭な体付きに獰猛そうな顔付き……この生物が生きている状態だったらと考えると恐ろしい。
……んん?
可笑しいぞ、可笑しい。絶命している生物がこんな廃れた城の地下に居てなんでこんなに綺麗なんだ? おまけに獣臭いのは否定しないが、腐臭はしていない……。イエティの冷たい体を引っ張りライトで照らしながら体を調べる。うつ伏せに倒れていたイエティの腹部には大きな傷があった。これがイエティを絶命させた原因だろう。その傷はとても上から落ちて出来た傷ではない……。
刃物で斬られた傷……のような気がする。血は固まっているがこのイエティが死んでからそう日は経っていない。少なくとも臭いからして今日の内に殺されたのだ。
……アレックス、か?
アイツならこの巨体のイエティと一対一で戦える気がする。そして勝つ気がする……。アレックスならありえるぞ……。
まだアレックスだと本当に決まったわけじゃないがアレックスだと嬉しい。ドン引きするくらい恐ろしいがアレックスだったら無事でいて尚且つこの城へと辿り着いているということになる。そうだと嬉しい、嬉しいが……。非常にマズイ状況だ……。
この城の中、怪物だらけなんじゃないのか……。
それも凶暴で恐ろしい生物ばっかりな気がする……。ヘリを襲ったガーゴイルしかり。
絶命しているイエティを見つめゴクリと唾を飲み込んだ。駄目だ、すぐにここを離れよう。怪物相手に戦える力など持ち合わせていない。それも話さえ通じない相手と向き合うのも不可能だ。城の外へ出よう。そしてアレックスと合流する、それが今の俺がすべきことだ……。
冒険出来ないのは悔しいが、一度ここを離れて準備を整えてからまた来よう。ガーゴイルにここで絶命しているイエティ……。未確認生物の存在を確認したのだから軍隊でも引き連れて来るのも良い。
その時、ここを発見した俺はテレビに引っ張りだこになるに違いない。冒険家フィリップ・メイシーの名が世界に広まるわけだ。カッコイイな俺。
よし、とライトを握りしめてイエティに背を向ける。まずはこの地下から出よう。そう思い足を踏み出した時、前方にギロリと光る金色の目を見付けてしまった。その場で固まった俺はライトを足元からそーっと金色に光る目の方へと動かしていく。
やばい、イエティを殺した『アレックス以外』が近くに居るという可能性を失念していた……。