2話 囚われの少女
「従者になれって、そんなことを言われても」
いったいこの人は何を言っているのだろう。ライリィは戸惑う。大体、今自分は囚われの身なのだ。
「私の従者になるなら、あなたをここから出してあげるよ」悪い提案じゃないはずだけど、そう黒ずくめの少女が言った。
「そんなことできるんですか?」
おずおずとした口調でライリィが尋ねる。
「もちろん」やけにきっぱりと言い切る。
「で、でも、もうすぐきっと仲間の人たちが助けに来てくれると思います。戦いは『陽光の民』が有利ですから」
「そうだね、そうかもしれない。でも、だからってライリィが助かるかどうかはわからないよ。もしかしたら月闇の兵が、撤退するなら捕虜を処理してからにしようと思うかもしれないじゃない。それに、……ほら」
「えっ?」
ライリィを戒めていたロープが切れた。急に自由になった手を思わず見つめる。
「なんで……。今どうやったんですか?」
「ま、そんなことはいいじゃない。とにかくライリィは自由になった。よかったね」
「よ、よかった……。はい、よかったです……」
急な展開に頭が追い付かないのか、ぼんやりと言う。
「でもね、月闇の兵がここに来たらどう思うかな? ロープが切れていて、鉄格子が曲がってたら?」
「え、ええっ!」
「逃げようとしてた、そう思わないかな? そしたらどうなるかな?」
ニコニコ。悪魔の微笑みだった。
「あ、あなたがやったんじゃないですかっ!」
ライリィは肩を怒らせて立ち上がる。
「大体なんで私を家来にしたいんですか!? そんなことをしてまで! 今会ったばかりじゃないですか!」
「あー、別に大した理由じゃないよ。ただ、何となく顔が好みだったから」
「顔が好みって。あなた女の子じゃないですか。ま、まさかそういう趣味の人なんですか!?」
両腕で体を抱いて後ずさる。頬が赤く染まっていた。
「あー、どう誤解したか何となくわかるけど。違うから」
「……違うんですか?」
「うん、違う。ただ、ライリィの顔が少し懐かしい感じがしたんだよ。記憶がないからよくわかんないんだけど」
「記憶が、ない?」
「そうそう。ないの。でもそこは今はいいから。とにかく、あなたを助けてあげようと思ったの。気まぐれみたいなものだけど。このままだと本当に死んじゃいそうだし。そのついでに、従者ゲットだぜ! みたいな?」
「そうなんですか?」ライリィは少し疑わし気な顔だが、「ありがとうございます」基本的に素直な性格なのだろう、ぺこっと頭を下げる。
「でも、」そう言って少女の姿を頭から足までじーっと眺める。「あなたは魔族ですよね?」
「いや、違うよ」
「でも、その髪と瞳……。それに鎧も、真っ黒です」
「髪や瞳が黒かったら魔族なの?」
「普通はそうです。『陽光の民』に髪や瞳の黒い人はいませんから」
「髪や瞳の色以外は同じなの?」
「……あの、本当に記憶がないんですね」
おずおずと言う。どうやら、記憶を失くしたんでもなければ誰でも知っているようなことらしい。
「だからそうだって。もしかして疑ってたかな」
「はい、少し。ごめんなさい」
「いいよ別に。それで魔族の特徴は?」
「あ、はい。魔族の人は角があったり、耳がとがってたり、肌の色が違ってたりすることもあります。でも、髪と瞳が黒い以外は人間とまったく見分けがつかないこともあります」
「なるほど。それで私が魔族に見えた、と」
「それに、鎧の色も。黒い鎧を身に着けるのは『月闇の民』ですから。本当に違うんですか?」
「違うよ」
「じゃあ人間なんですか?」
「うん、一応そのはず」
「一応?」
「いや、なんでもない。人間だよ人間」
「なんだか怪しいですけど。じゃあ『陽光の民』なんですね?」
少しだけライリィの顔に希望が戻るが、
「いや、違う」
少女が否定すると、ライリィが頬をふくらませる。
「私のこと、子供だと思ってからかってるんですね?」
「からかってなんかない」
「だって人間なのに『陽光の民』じゃないなんてそんなはずないです。人間はみんな『陽光の民』で、『月闇の民』は魔族を中心とした亜人たちです」
「エルフは?」
「エルフは……」言いづらそうにしながら答える。
「エルフは二つに分かれました。太陽の神ギュリオを信仰する私たちと、月の女神リシュカを信仰するものに。彼らはリシュカを象徴する黒に染まり、今ではダークエルフと呼ばれます」
「ふむ、そういうことね。だから黒髪と黒い瞳の私はそのリシュカの眷属に見えると」
「はい」
「まぁでも完全に間違いではないかな。私は人間だし、『月闇の民』でも『陽光の民』でもない。だけど、これから月闇の民を率いることにはなるから」
「ええっそれってどういう……」
「しっ」
突然少女はライリィの声をさえぎると、鋭い目をドアに向ける。
「――どうやら時間切れみたい。戦闘の音が近づいてる」
ライリィは息をのむ。少女は体を硬くするライリィを見ると、「仕方ない。約束は後でいいから、とにかく私についてきなさい。ここにいたら本当に死んじゃうよ」
半分はこの少女のせいではないだろうか? そうは思ったが、実際のところ選択肢はないに等しい。
「わかりました」
ライリィが頷く。
「私の後ろにくっついていなさい」
「はい」
ライリィが少女の後ろにつくと、少女は床に掌を当ててつぶやく。
「影よ。この子を包んで隠して」
すると、少女の影がゆらりと持ち上がり、ライリィの体にまとわりついた。
「すごい……。これって魔法? しかもこんなの聞いたことがない……」
「ほら、行くよ」
少女はライリィを促してドアに体を寄せる。どうやら鍵はかかっていないようだ。
タイミングを計ってドアをわずかに開けると、小柄なエルフの少女を脇に抱えて素早くドアをくぐる。
「む、むぐっ!」
柱の陰に隠れると、ライリィの口を押えていた手をゆっくり外す。
「と、突然動くと驚きます!」
「いいから静かに。今あなたは周りからはよく見えないはずだけど、声を出したらさすがにばれるからね」
「……はい、わかりました」
少女は剣戟の音が響く入り口を背に、建物の奥を目指す。そこにはこの大陸における『月闇の民』最後の街を守る王がいるはずだ。
(無様に負け続けた無能な王だけどね)
少女の不健康なほどに白い唇が嘲笑の形にゆがむ。
そしてもう一つ。滅亡寸前の彼らが最後の望みを託すもの、その入り口もここにあるはずなのだ。
それを守るために今も月闇の兵たちが戦っている。少しでも時間を稼ぐために。
少女は足を速めた。急がなければならない。
今は追いつめられた月闇の民も、まだ完全に命運が尽きたわけではない。なにしろここに自分がいるのだから。月闇の軍勢を率いる使命を持った自分が。
――そのためには一刻も早く彼らを自分の手足として動かす必要がある。もし月闇の民の無能な王がその邪魔をするようなら、その時は排除する必要があるかもしれない。
(いや、きっとそうなるね)
むしろそのつもりでいたほうがいいだろう。これから自分は王位を簒奪するのだ。平和的にことが進むなんてありえない。
(恨むなら、こんな使命を与えた神を恨んでよね)
少女は回廊を進む。柱の影をたどるように。病的に白い無表情な顔に、わずかな覚悟を忍ばせて。
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名前:不明
年齢:不明(外見的には16歳ほど)
性別:女
種族:人間
職業:黒騎士
Lv:18
HP:??/??
MP:??/??
STR:??
VIT:??
DEX:??
INT:??
称号:????? ?????
スキル:幻影魔法Lv.? ??(??:?/?) 片手剣Lv.3 騎乗Lv.2
装備:ロングソード ライトアーマー 黒曜の角
名前:ライリィ
年齢:??
性別:女
種族:エルフ
職業:見習い狩人
Lv:5
HP:??/??
MP:??/??
STR:??
VIT:??
DEX:??
INT:??
称号:なし
スキル:??? ? ??
装備:布の服