12月1日 ③
「ねえ、そんなにお肉ばっかり買ってどうすんの? 他にも買うものはあると思うんだけど」
スーパーの肉売り場で、いくつも肉を買い込んでいく夏樹の姿を見ながら、アタシは背中に声をかける。カゴは既に半ばまで埋まっているが、彼はそんな事を気にした様子もない。
「買い置きしてた肉が、全部無くなったんだよ。いつでも買いに来れる訳じゃないし、安い時になるべく買い溜めておかないとな。……ま、こんなトコにして次に行くか」
そう言うと、夏樹はもう一つのカゴをおもむろに取り、勉強用具が入った鞄ごともう片側の手に持つ。その姿があまりにも危なっかしくて、アタシは一つため息をついた。カートくらい使えばいいのに。
「そんな真似しなくても、荷物くらいなら持ってあげるわよ。ホラ、貸して」
アタシが少し軽い鞄を強引に手に取ると、夏樹は素直に礼を言ってから、どんどん足りないものを新しいカゴに詰めてゆく。その様子を見ていると、彼があの家で生活の全てを担っていると言う事を、ふっと意識した。
「そういやさ、恋は自分の買い物はいいのか? 何も持ってないみたいだけど」
「アタシが買うのは、出来合いの食べ物と飲み物くらいよ。アンタだって、アタシの部屋見たでしょ」
気取らずあっさりとそう答えると、こっちを向いた夏樹が少し苦笑する。……部屋にまともな調理用具もない身だから、言い訳の仕様もない。けど、やっぱりちょっと腹が立った。
「悪かったわね。料理が出来なくて、さ」
「いや、悪くなんてないけど、そんなんばっかじゃ体に悪いだろ。ウチで食べてくか?」
「本来言う側が逆よね、それ。……んー、沙紀ちゃんに会いたい気もするけど、今日は止めとく。明日も学校だしね」
「そっか、わかった。それじゃ、そろそろ惣菜のコーナーに行くとするか」
夏樹の言葉に頷きつつ、アタシ達はそう広くない店内を、前後に並んで歩いてゆく。そして惣菜のコーナーにたどり着くと、適当にいくつかの商品を選んだ。正直あまり選ぶ自由もないので、後で商店街のほかの店で売っているモノも買わなければならない。
「そういえば。沙紀ちゃんのプレゼントは、もう買ったの?」
他に必要なものを手に取りながら、ふと思いついた問いかけを夏樹へと投げかける。その言葉に、彼はカゴを二つ軽々と持ち上げながら、両肩を竦めた。
「いやぁ、実はよくわかんなくてな。この辺じゃ、あんまりアイツが欲しがりそうな物ないしさ」
「あったり前でしょ。最低でも街に出て選ぶ位はしなさいよ」
「となると、やっぱ 御日戸 かー。丁度、今度の休みに用事があるし、その時に探すかな」
「それじゃ、その時は一緒に行って沙紀ちゃんと遊んでてあげようか? 何の用事か知らないけど、あの子を一人残していくのも悪いでしょ」
アタシが何の気なしにそう言うと、前を行く夏樹は足を止めて振り返る。そして、少し言いづらそうに口を開いた。
「……実はな。用事って言うのは沙紀の事でさ。あいつの定期健診に行かなきゃならないんだ」
「沙紀ちゃんが、健診? ……何の話?」
「ここで話すような話じゃないな。とりあえず、会計を済ませて外に出ようぜ」
そう言うと、夏樹はレジへ向けて歩き出す。それを慌てて追いかけると、彼の後ろに並び、会計を待つ。……そっと覗き見た夏樹の眼は、普段よりずっと厳しそうに見えた。
「なんでこんな寒いトコしかないかなぁ……。で、一体どういうことなの?」
商店街の軒下で雪を恨めしげに見上げながら、アタシは夏樹にそう問いかける。周りには二人以外誰も居なかったけど、兎に角寒い。こんな田舎じゃなければ、簡単にどこかのお店に入れただろうに。
「ああ。とりあえず最初に言っておくと、今のところ沙紀は大丈夫だ。定期健診って言うのは、あいつの体がどこかおかしくなってないかどうかの確認みたいなものなんだ」
自販機で、暖かいココアを取り出しながら夏樹がそう答える。……冷えた手には熱すぎて、受け取ったアタシは、あわててお手玉をした。
「沙紀はもう大丈夫って言ってるけどな。先生は、まだちゃんと見た方が良いって言ってる。……俺もそう思う」
「アタシは、どういうことなのかって聞いたんだけどね」
冷たい壁に背中を預けながら、夏樹の方を向かずに呟く。彼が言いづらそうにしていた事はわかったけど、ここまで来て聞かないという事はありえない。それになにより、このままの調子ではそのうち風邪を引いてしまいそうだった。
「あー、うん。あいつさ、何ヶ月か前までずっと眠ってたんだ。……3年くらい前かな、大きい事故があってな。その時に父さんと母さんが死んじまって、沙紀は頭を打ったとかで、目が覚めなくなった」
「……うん」
「アイツが起きてくれた時はホントに嬉しかった。だからさ、不安は取り除いておきたいんだ。沙紀はそういう所をまだよくわかってないから、検査を嫌がるんだけどな」
軽い口調だったけど、夏樹の表情を覘き見たアタシは何も言えなくなる。一度なくして必死で見つけた宝物を握り締めているような、そんな顔。
「だから、恋が来てくれるのは歓迎だよ。あいつは君を気に入ってるから、ちょっとは機嫌もマシになると思う」
「そっか。わかった、そーゆー事なら一緒に行ってあげる」
顔を合わせないまま、アタシはそう返答する。夏樹はそれに対しありがとうとか言っていたけど、すぐに黙り込んでしまい、重苦しい沈黙が場を支配した。……商店街で流れている明るい音楽が、やけに空々しく聞こえる。
「……俺がさ、司の事を一番の親友だって思うようになったのは、実はそのときからなんだ。たまたまアイツが病院に通う俺を見つけてさ、お見舞いに来てくれた。その後で、沙紀は目を覚ましたんだ」
「そうなんだ。アイツは、眠れる森の王子様って訳ね。うん、まあ司ならそう言うのも似合うのかな」
まだ少し硬い声で、ちょっとズレてる事も含めてねとあたしは続ける。夏樹もそれに同意して、小さく笑った。
「ただの偶然なんだろうけどさ。俺にとっては凄く大事で、運命みたいな物を感じた。その後も色々あってさ。今じゃ、俺の中で一番大事な 親友 だよ」
「ふぅん。男同士のユージョーってヤツね」
それから暫くの間、今度は別の想いでアタシ達は星を見上げる。そしていい加減体が冷えてきた頃、夏樹は立ち上がった。
「……なあ、今度の休み、行くんだけどさ。よろしく頼むな。アイツも、楽しみにすると思うから」
「うん。わかった、任せといて」
アタシにしては素直にそう返すと、そのまま別れの挨拶を交わし、一人その場を歩き去る。そして夜道を暫く歩いてから、もう一度だけ寒々とした空を見上げた。
神代原の夜は、都会よりもずっと寒くて、そして透き通っている。降りしきる雪を見つめながら、アタシはどこか場違いな自分を感じていた。
「……ほんと、呆れるくらいキレイな夜ね」
白い息を吐きながらそう呟くと、アタシは足早に帰り道を急ぐ。あの、静かな部屋へと。