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月下にて~under the moonlight~  作者: レオン
7/11

12月1日 ②

 それからアタシ達は、降り始めた雪の中、ゆっくりと学校を後にした。お互い傘も用意してなかったから

雪が服や髪に落ちてきたけど、稲穂の綺麗な濡れ羽色の髪に降りる淡い白は、深まり始めた夕闇の中で街灯に淡く照らされ、とてもキレイで幻想的に見えた。


 「……そんなに綺麗ではないですよ。それに、汚れると後が大変ですし」


 相変わらず、彼女はこっちの考えを見透かしたような事を言ってくる。けれどそろそろ、彼女のこの言葉にも慣れ始めてきた。言葉が足りなくなる癖のあるアタシからしてみれば、結構、いやかなり便利だし。


 「そりゃそうなんだろうけどね。少なくともアタシよりは艶もあるし、キレイでしょ」


 「……恋も、学校の外では綺麗に着飾ってるではないですか。私ではああは出来ませんから」


 「あー、それは確かに。稲穂って、イメージが固まってて、それ以外ってあんまり考えられないタイプだもんね」


 少し綺麗の意味がずれてたけど、気にせずに話を続ける。稲穂という少女は、それ単体で強い属性を持っているが故に、何もかも融通が利きにくいように見える。具体的に言うと、夏なら白いワンピースを着たお嬢様風以外考えられないというか、そんな感じ。


 「恋は見かける度に装いが変わってましたよね。毎回別人かと思ってたくらいです」


 「最近は、面倒でやってないけどね~。ここに来たばっかりの頃は、ちょっと頑張ってたのよ」


 まあ、その頑張りは主に アイツ に向けられていたわけだけど。それでもあのニブチンは全く気づかなかった訳で。


 「稲穂なら、普段のままで十分だと思うけどな。アレだけ一緒に居たら、あの朴念仁でも流石に気にすると思うし」


 「……だから、私と司様はそういう関係ではないのです。親戚で、本家の神内原と祭事の神谷の家だから一緒に居るだけで」


 困った顔で頭を振って、普段より随分感情を出して反論する稲穂。やっぱりこのネタは彼女の一番いい反応を見れる気がする。


 そういう反応そのものが特別性を見せていると、彼女は気づいてないのだろうか? だとしたら、やはり彼女はその身と同じように心も純粋だと思う。


 そんな事を話しながら、街中を歩き続ける。この神代原という町は、駅周辺の発展した場所とそれ以外がはっきりと分かれており、一本の大きな川によってその地域は分断されている。学校はその発展した西側の端である川の傍にあり、地元の生徒が家に帰る時は、その川に架かっている橋を渡って東側へと帰るのだ。


 「ねぇ、そろそろ橋の方に行ったほうが良いんじゃない? アタシはこっちだけど、稲穂の家ってあっちにあるんでしょ?」


 なんとなく歩き続けていたが、そろそろ橋に向けて方向転換しないと、ドンドン離れて行ってしまう。そう思って指差しながら口を開くと、彼女の方も初めてそれに気づいたように、こくりと頷いた。


 「……じゃ、また明日ね」


 「……はい、また明日」


 そんな風に挨拶すると、アタシはさっさと商店街へと歩き出す。どうせ部屋に帰っても誰も居ないし、早く帰るって気はしない。それに、夜の食べ物も買わないといけないのだ。勿論、手料理なんてしないから冷凍食品か惣菜だけど。


 夜のメニューを考えながらふと振り向いてみると、稲穂がこちらを見ていた。どうも、何度か振り向いていたらしい。暮れつつある夕闇の中では表情はわからなかったが、なんだか今まで想像していた彼女らしくなくて、ちょっとおかしかった。


 気付いたアタシが彼女に向けて手を控えめに振ると、ぺこりと深く一礼をしてから、稲穂は橋の向こうへと駆け出してゆく。想像していたよりずっとしっかりとしたその走りぶりに、彼女もこの地元の一員なのだと思い知らされた。……正直、こっちはあまり体力には自信が無い。


 (それにしても、意外と言うか何と言うか。神谷さんがこんなに話すなんて思ってもみなかったな。ま、悪い気はしないし、アタシ的には気が楽だから良いけどさ)


 そんな事を思いながら、こっちも商店街へと少し急ぎ足で行く事にする。そろそろ、日が落ちて寒気と夜が迫って来ようとしていた。




 だんだん増えてゆく雪と競争するように商店街まで駆け抜けると、相変わらず新旧入り混じった店先がアタシを迎えてくれた。都会とは比べる事もできないような品揃えだったけど、それでもここの町に住む人間なら、必ずお世話になった事があるだろう場所だ。


 明かりが少ないこの町で、切り抜いたような明るい光を放つお店達を見ながら息を整えていると、見知った顔がその一つから出てくる。多分、あそこは本屋ではなかっただろうか。漫画より真面目な本の割合の方が多くて、アタシは敬遠していたけど。


 「やぁ、恋もここに来たんだ。君も買い物?」


 「まーね。……そっちは、今終わったところみたいね。難しそうな本を買ってるみたいじゃない」


 司が手に持っているのは、数百ページはありそうな分厚い本だった。角で人が殺せそうなその本は、中から字が溢れ出しそうな気がして、見ただけで気分が悪くなりそう。


 「勉強以外で本を読むなんて、よくやるわよねー。アタシだったら絶対しないわ」


 「それは違うよ。勉強の為に本を読むんじゃなくて、本を読んだら結果として勉強とかにも使えるんだよ。……まあ、これは父さんからの頼まれものなんだけどね」


 そう言いながら、彼は持っていた鞄に本を詰め始める。鞄が苦しそうに本を飲み込みはじめると、アタシは彼に続いて出てきた人影に目を向けた。


 「あら、夏樹。沙紀ちゃんほっといて、こんな所で油売ってていいの?」


 「……まだ大丈夫だよ、用が済んだら早く帰るし」


 そう言いながらも、彼……夏樹は、不安そうな表情を見せる。なんでも、沙紀ちゃんが我慢の限界を超えると、携帯に連続で着信が入ってくるのだそうだ。それをやらかした後は、機嫌を取るのに苦労するらしい。

 

 「アンタも勉強の本買いに来たワケ? イメージと違うなぁ」


 「いや、そこはイメージ通りだ。俺は予約してた漫画を取りに来ただけで、司の持ってるような本には用がねーよ」


 「ふぅーん。漫画ひとつ買うにもイチイチめんどくさいのね」

 

 「そこは仕方がねーな。御日戸ならあるかもだが、探す暇がとれないし」


 そんな会話を繰り広げるアタシ達を尻目に、司は軒先から夜空を見上げている。マイペースなのは相変わらずだ。


 「うわ、結構降ってるね。本が濡れてもマズイし、早く帰らないと」


 そう言いながら、彼は本のせいで膨らんだ鞄を肩にかける。そして足早に挨拶をしてこの場を去ろうとする彼を見て、アタシの中で急に疑問が浮かんで、口から飛び出た。


 「ねえ、司。あんたにとって、神谷さんってどう言う存在?」


 へ? と、面食らった顔をする司。その表情を見ながら、アタシも内心驚いていた。自分でも、問いかけの意図が良くわからなかったのだ。何でこんな事を聞いたのだろう。


 それでも彼は、問い返す事をせずに首をひねりながら考えてくれた。……純粋に考え込むその表情で、アイとかコイとか、そう言うものは全くないとわかってしまったけど。


 「うーん。口にするのは難しいけど……そうだね、近い意味では同志、かな?」


 「……あんまり女の子に使う表現じゃないわよね、それ」


 半ば呆れながらそう言うと、後ろの夏樹が笑いを堪えるように表情を崩す。アタシは慣れっこだけれど、彼にとってはまだ新鮮みたいだ。最も、夏樹の方も想定外の反応をよくするんだけど。


 「そう言われてもなぁ。うーん、特別なのは間違いないよ。神谷の家は彼女が生まれてから、ウチの家とも繋がりが濃くなったらしいし」


 「そういえば、アンタも神内原の家の跡取りだっけ? あ、でもお父さんが居るか」


 「父さんとお祖父ちゃんは、今は喧嘩中だからね。どうも、父さんがフラフラしてるのが気に食わなかったみたいで」


 「ふぅん。それであんたに押し付けられた訳か。全く、いい迷惑ね」


 自分が背負うべきアレコレや、願いを子供に押し付ける親はサイアクだと思う。その気持ちが出たのか、アタシの言葉はかなり刺々しくなってしまった。けれど司は笑って首を振るばかりで、寧ろ夏樹の方の顔が翳っていた。


 「けど、二人ともそのうちまた仲良くなると思うよ。今は絶交だって言ってるけど、クリスマスは神代原の家に戻るみたいだし。まあ、だから邪魔しないように、僕は皆と一緒に遊ぶ訳だけど。……あ、そう言えば恋も来るんだよね?」


 「……なぁに、その思いっきりついでみたいな誘い方」


 不機嫌さを引きずったまま、睨みつけるように言ってやると、二人は強張った顔を見合わせる。いくらなんでも、さっきの言い方は無い。


 「あー、いや、俺が後でちゃんと言おうと思ってたんだが。ゴメンな、恋」


 「まあいいけど。……あんたらは兎も角、稲穂と沙紀ちゃんが居るなら、出てもいいかな。どうせ暇だしね」


 稲穂はまだどう接していいか、イマイチわかんない。けど、沙紀ちゃんと一緒に過ごすのはいいと思えた。だからため息をついてちょっとだけ顔を和らげると、夏樹の顔がわかりやすく緩む。


 「ふー、良かったぜ。沙紀のやつ、クリスマスに恋が来るって伝えたら凄く嬉しがっててさ。どう言えば断られないか、ずっと考えてたんだ」


 「あのねぇ。そう言うのは、普通返事貰ってから言うものでしょ? 夏樹も案外強引なのね」


 まだ不機嫌そうに言ってみるが、沙紀ちゃんが喜んでくれるのは悪い気はしない。人懐っこくて無邪気に慕ってくれる彼女のことを考えていると、自然に笑みがこぼれてしまう。


 「それはそうと、どうして急に神谷の事なんて聞いたんだよ。恋は、神谷にはあんまり興味なさそうに見えたけど」


 「ん~。アタシはあんまり興味なかったんだけど、向こうはあったみたいよ? さっき二人で話して来たし」


 「なるほどね。……そろそろ雪も激しくなってきたし、僕は帰るよ。それじゃ、また明日!」


 司は何かを得心したように頷くと、挨拶をしてそのまま駆け出してしまう。その様子を見て、残されたアタシ達は顔を見合わせた。


 「どうしたんだろうな、急に」


 「さあ。昔からああいう奴だから、あんまり気にした事はないけど」


 「神谷の事で何かあったのかね……?」


 「かもね。あの子の様子でも見に行ったんじゃないの? なんだかんだ言って、稲穂の事を気にはしてるみたいだし」


 「司の事だから、あの買った本を早く帰って読みたかっただけかもしれないけどな。俺はあんな分厚い本、読む気はしないけど」


 その意見には全く同意だと頷く。そしてそれから少しの間、二人で司が消えた方向を無言で見つめていた。


 「……なあ。買い物があるんだけど、付き合ってくれないか?」


 「……別にいいわよ。アタシも、買いたい物あるしね」


 ぼそりと口に出した夏樹の意見に同調すると、段々強さを増しつつある雪に背を向けるように、アタシ達は商店街の中へと歩き出す。すでに辺りは闇に落ち、都会より随分控えめな街灯だけが周囲を照らしていた。


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