12月24日 ①
「お姉ちゃん、飾り付けはこれくらいでいいかな?」
沙姫ちゃんの弾んだ言葉に、アタシも笑顔で頷き返す。今年も終わりに近づいた、世間でクリスマスと呼ばれる日に、アタシは高村家の居間で飾り付けをしていた。
ふと気づけば、既に作業を始めてから一時間以上過ぎていて、キッチンの方からはいい匂いが漂ってきている。部屋の隅にある小さなクリスマスツリー、紙で作られた輪飾り、ミカトのお店で買い込んできたグッズ。それらでやりすぎなくらいに飾り付けられた部屋を見て、アタシはもう一度"クリスマス"を実感した。
「もう良いと思うわ、沙姫ちゃん。後は夏樹達を待とうか」
そう言って、アタシは彼女をクリスマスカラーなクロスがセットされた椅子へ座らせる。それから、自分もその隣へ腰掛けた。
「えへへ、お兄ちゃんの作った料理、楽しみだね。お姉ちゃん。・・・・・・それと、お兄ちゃんのお友達の分も」
「そうね。一体どんな料理が出てくるのかしらねー」
本当に、どんな料理が出てくるんだろう。アタシが担当していたのは飾り付けだけだから、そっちの方は彼らに任せている。……後は沙紀ちゃんの相手もだけど、これは一緒に居るとつい構ってしまうから、特に気にならない。
夏樹も、稲穂も、司だってアタシよりは料理が出来る。正直、稲穂はともかく男子二人に負けているのは癪だけど、自分じゃ簡単なお菓子くらいしか作れないから仕方ない。うん、仕方ない。
「とりあえず料理が終わったら、定番のクリスマスソングでも歌おうか。沙姫ちゃんは、歌は得意かな?」
「えーっと、あんまり得意じゃないかも。お姉ちゃんは?」
「アタシは演奏する方だから。……それじゃ、ちょっと練習してみようか」
そう言って、アタシは部屋の隅に置かれていた大型の電子ピアノへと座り直す。夏樹のお母さんが使っていたというそれは、彼が掃除をキチンとしていたおかげか問題なく電源が入った。
「こういう時は元気に歌ってくれたら、それでいいのよ。それじゃあ定番の曲から弾いてみるから、沙姫ちゃんも好きな時に歌ってみてね」
ピアノを触るのは暫くぶりだったけど、特に問題なく、アタシは幾つかの定番曲を演奏する。
母親に習わされていた稽古事の中で、自分が唯一好きだったのは、音楽に関わるモノだった。それも中学の半ばで辞めさせられてしまったけど、やっぱり楽器を扱っていると気分がいい。クリスマス・ソングなんて演奏した事は無かったけど、この時期になれば毎年イヤでも耳にするから、指も自然に動いてくれるし。
何曲目かで一回りして、二度目の演奏の途中から沙姫ちゃんも歌い始める。確かにあまり上手とは言えなかったけど、横目でちらりと見る表情はとても元気よく楽しそうだった。こういうパーティだと、かしこまって歌うよりはずっといい。少なくとも、アタシはそう思う。
そのまま何回か練習を繰り返していると、キッチンの方からおいしそうな匂いがふわりと広がる。思わず手を止めてそっちを見ると、両手に大きな皿を持った夏樹が立っていた。
「よう、お待たせ! 悪いな、ちょっと時間かかっちまった」
両手にこれぞパーティ料理と言ったモノを持った彼は、行儀悪く足で扉を閉めると、テーブルの上にそれを置いた。ローストチキンの香ばしい匂いに誘われたのか、沙姫ちゃんが完全にそっちに気を取られてしまったので、アタシも演奏を止めてテーブルへと向かう。
「こっちは飾り付け終わってるわよ。だから歌の練習してたトコ」
「うわぁー! すごいね、お兄ちゃん。これ、作ったの?」
「俺じゃなくて、これは神谷が作ったんだ。俺はシチューで、司は・・・・・・。うん、よくわからん国の料理を作ってた」
そう言いながらも、彼はキッチンに戻り、次々と料理を持ってくる。ついでに残りの二人もやってきて、テーブルの上は様々な料理が並んだ。
司が作ったというアジアのどこかでありそうな謎の料理を除けば、テレビやドラマで見るようなクリスマスイベントみたい。アタシは何だか自分が役者の一人になったような気がして、少し笑った。
「まさにパーティって感じね。後はケーキがあれば完璧って所?」
「勿論、ケーキもありますよ。上に乗ったサンタさんは、購入したものですけど」
「と言うことは、後は作ったって事か。稲穂ってさ、料理は和風ってイメージあるけど、こう言うのも得意なのね」
「姉様はフレンチとかイタリアンが好きなので、時々作るんです。日本料理はお母様が作るので、そのお手伝いで少々」
いつもの穏やかさの中に僅かに誇らしげな表情を混ぜながら、稲穂がそう返す。アタシとしては、感心するしかない。
「まあ、クリスマスっぽくなったと思うし、これなら十分じゃないかな。調べてみたら、イギリスの方ではプディングとか用意するみたいだけど。用意にちょっと時間かかりそうだから、それは来年かもね」
「あー、それお店で食べたことあるわ。美味しかったけど、生クリームのケーキの方が、クリスマスって感じしない?」
その言葉には全員が頷いて、そこで一旦会話が途切れる。暫くの間互いに視線をさまよわせた後で、最後に夏樹へと視線が集中した。
「・・・・・・えーっと、それじゃ、始めるか。メリークリスマス!」
これ以上ないほどクリスマスなのに、乾杯の音頭は何のひねりも無い。そんな夏樹らしい不器用な合図で、アタシ達の初めてのクリスマス会は始まった。
結局の所、彼らの用意してくれた料理はぜんぶ美味しかった。夏樹のシチューは、浅黒い肌のガサツな運動系男子のような見た目からは想像できないほど柔らかくて深みのある味わいだった。まあ、それは前から知っていたけど。
想像以上だったのは、稲穂の作ったパーティ料理だった。見た目もさる事ながら、味も高級店と変わらないおいしさで、とても繊細な味付けがしていていて驚いた。
彼女は食べた後に皆に感想を求めていて、美味しいと言われた時に、珍しくわかりやすい笑顔になっていたのが意外だったけど。でもまあ、普段の人形みたいな静けさに比べたら悪くないと思う。
アレだけ美味しい料理を作れても、気になるものなのかな。それとも、美味しい料理はその気遣いのおかげなのかも。どっちにしろアタシには遠い話だと思う。
司の料理は、アジアの国々のおめでたい料理を集めたと言っていたけど、よくわかんない味だった。そーゆー所は、昔から変わってない気がする。まあ、独特な味だけど美味しかったと思う。
「さて、料理も食べたし、次は歌だな。・・・・・・歌だなぁ」
「てゆーか、なに歌うのか決めてなかったわね。ま、アタシが適当に曲を流すから、歌えるトコだけ歌ってよ」
料理が終わると、歌の時間。アタシがもう一度電子ピアノで音を鳴らし始めると、他のメンバーはケーキの準備を始める。その上に蝋燭が並び、それだけが部屋の明かりとなると、皆はしんと静まりかえった。
彼らは合図を待っている。でも、僅かな時間、アタシはその静けさを味わうことにした。だって、クリスマスで年明けの前に感じるようなワクワクを感じられるなんて思わなかったから。
「さて、それじゃ始めるからね。最初は、やっぱこの曲かな」
30秒くらいだけ待って、アタシは最初の曲を演奏し始める。曲目もなにも言わなかったけど、この時期に街に出ればどこだって流れているし、誰だって知っている曲ばかり。
だけど、アタシは今まで一度も歌った事はなかった。演奏は出来ても、自分や誰かのために歌ったことはない曲。
前奏が終わる。曲が始まる。最初に聞こえてきたのは、二色の声だった。同じ曲なのに、違う言葉。司と稲穂の声だった。
夏樹より少し高い少年の声と、それよりも更に高いソプラノの声が混じり合う。違う言語で謡われる歌だけど、すぐにシンクロして一つになった。
その声に引き寄せられるように、夏樹と沙姫ちゃんの声も参加し始める。ちょっと外れているけど元気な沙姫ちゃんの声と、一人だけ温度の違う夏樹の声。不協和音が、やがて一つの音楽へと変わってゆく。やがて、アタシもその内に加わった。
そして、すぐに気がついた。稲穂の歌声が、この中で群を抜いている事に。何事も控えめな彼女は、歌い方まで控えめだったけど、その声は柔らかくよく響き、雨上がりの空みたいに透き通っていた。そんな新しい友人の思いもしなかった一面を見つけて、鍵盤を操る指も弾みはじめる。
本当に、稲穂の歌声は逸材だと思う。少なくとも、どこにでもあるようなアタシのピアノの演奏なんかよりは、ずっと。その思いは、曲が終わって沙姫ちゃんが蝋燭を吹き消すまで続いていた。




