12月3日 ②
食事を終えたアタシ達がまず向かったのは、メインストリートから少し外れたところにある個人商店だった。イギリスやフランスの田舎にありそうなスタイルと言えばいいのか、昔のヨーロッパの風を感じさせる作り。
周囲より少し高く作られ、石造りのように見える外壁には所々に飾りがつけてある。取り付けられた階段は、古めかしい外観と相まって、上がった先だけ空気が違うように感じる。
中に入ってみると、一部の空間だけクリスマスのグッズが置かれており、手作りのプラカードや装飾によって控えめに存在が主張されていた。
「へぇ・・・・・・。なんか、いいな。こういうトコも」
夏樹の言葉に、アタシは内心で胸をなで下ろす。この店を選んだのは、どちらかというと自分の趣味だ。あんまりクリスマスを前面に押し出した店には入りたくなかったから。
アタシにとってクリスマスと言えば、着飾らされて見せ物にされる為のものでしかない。母親と二人で予約した店に行って、正しい"作法"で食事を終える。その間、他の大人は娘を横目に母親と会話を楽しむのだ。
プレゼントは、その行為に対する報酬でしかない。アタシにはサンタなんて居なかった。だから、イヤなのだろう。その気持ちをかき消すように、少し声を大きくして夏樹へと声をかけた。
「今日はまだまだ行く所があるから、あんまりノンビリはできないけどね。とりあえず、頼まれたモノとプレゼントを見るんでしょ」
「ああ、わかった。けど、なんて言うか落ち着いた店だよな」
その夏樹の言葉には素直に頷く。なんて言うか、外とは流れている時間が違うのだ。外で聞こえる雑踏や車の喧噪も、分厚いこの店の壁に吸収されて、中までは届かないのかもしれない。
その上、控えめに店内に流れるアイリッシュ風の静かな音楽を聞いていると、なんだか店の隅々まで何かを探してしまいたい衝動に駆られる。実際、下見に来た時も随分足止めされたっけ。
「とりあえず、飾り付けから見ましょ。アタシは沙姫ちゃんと一緒に見てるから、夏樹はアレお願い」
アレ、とは主に沙姫ちゃんへ渡すプレゼントだ。交換用とは別に用意するものを、購入前にアタシが確認することになっている。とはいえ、あんまり変なモノでなければ問題ないと思うけど。
彼はその言葉に頷くと、少し離れた所にある品を物色しはじめる。残ったアタシは、沙姫ちゃんと一緒にクリスマスのコーナーを見に行くことにした。
「おねえちゃん、クリスマスだよ、クリスマス! 色々あるねぇ」
「そうね、結構珍しいものが揃ってるみたい。けど、パーティ用のグッズとかはイマイチかなぁ」
陶器のサンタやトナカイ、それにプディングといったものはあっても、紙飾りやクラッカーなんかは無い。手に持ったメモとにらめっこしながら、足りないものに印を付けてゆく。二色の丁寧な字で書かれたそれは、書いた稲穂と司の性格を現すようだ。
神代原で手に入らないものを用意してくるのがアタシ達の担当。残りをどこで調達するか考えこんでいると、ふと沙紀ちゃんがこちらを見つめた。
「ねえ、お姉ちゃん。今年はサンタさん、何をくれると思う?」
「・・・・・・沙姫ちゃんは、何か欲しい物があるの?」
「んーと、わかんない! 前はおっきいクマさん貰ったから、今年はなんだろ」
「あ、沙姫ちゃんのお部屋にある、あのクマね。沙姫ちゃんはぬいぐるみが欲しいのかな」
「ぬいぐるみはいらないかなぁ。もらったばかりだし」
「そっか。気に入るモノが貰えるといいね」
そう応えて、アタシは沙姫ちゃんから目を外す。貰ったばかり。けれど、あのぬいぐるみは随分と日に焼けて痛んでいた。まるで、主人を待ちくたびれて眠ってしまった動物みたいに。
夏樹の言葉が脳裏に蘇える。彼女はまだ、時の空白を認識できていないのだと。きっとあのぬいぐるみも、時間の向こう側の存在なんだろう。
そう思ったとき、ふつふつと自分の中に感情が巻き起こった。無意識に沙姫ちゃんの手を握ると、彼女のうれしそうな気配が伝わってきて、なんだか余計に心が震えた。
「なぁ、恋。これ、どうかな?」
小一時間ほどして、アタシ達は装飾と交換用のプレゼントを持って合流していた。夏樹が沙姫ちゃんの視線を遮りながら指さすそれは、彼女へのプレゼントだろう。沙紀ちゃんの両手で持てる位の台座の上に球体が乗っかって、その中では飾られた家に雪が降り積もっていた。
「スノードームね。うん、まあいいんじゃない? もうちょっと可愛いモノでも良いかもしれないけど。・・・・・・にしても、結構買い込んだわね」
アタシがカートの他の中身を指さしながら尋ねると、彼は曖昧に頷く。きっと、色々纏めて買ったのだろう。それ以上は問わずに、それぞれの買い物を済ませることにする。
「さて、思ったより長居しちゃったけど、次行きましょ」
「ああ。次はどこに行くんだ?」
「そうねぇ。まだ足りないモノもあるけど、とりあえず次は沙姫ちゃんの服でも見に行ってみる?」
「あー、うん、そうするか」
顔でイヤだと語る夏樹と対照的に、沙姫ちゃんはうれしそうな顔。まあ、でも気持ちは分からなくもない。子供の女の子向けのお店なんて、男子高校生はまず居ないだろうし。
「なぁ、恋。足りないモノがあるなら、俺が買ってくるけど」
「それは買い物の途中で大丈夫だから。ほら、さっさと行きましょ」
「お姉ちゃん、沙姫の服選んでねー。可愛いの!」
荷物を持つ夏樹の腕を引きながら、もう片方で沙姫ちゃんの手をつないで歩きだす。店先から見る昼下がりの空は、傍らの少年の表情とは裏腹に、高く青く澄み渡っていた。
それからは、もう、あっという間に時間が過ぎた。気がつけば商店街の店先と街灯に灯りが点り始めていて、それでようやくアタシ達は立ち止まる。
「ふぅ、もう夕方かー。ひっさびさに買い物すると、あっと言う間に時間が経つもんね。ね、沙姫ちゃん」
「うん。帰ってから着るの、サキも楽しみー!」
「・・・・・・そうか。そりゃ、よかったな」
12月の空は、夕暮れと言うより既に夜の気配を感じさせて薄暗い。そんな空の下、満足そうに笑い合うアタシ達と、疲れた顔で両手に荷物を抱えている夏樹がいた。
あれからいくつも店を回ったけど、何件目かで夏樹はギブアップ。クリスマスの装飾を買いに離脱して、戻ってきてからは荷物持ちに徹していた。・・・・・・まあ、しょうがないか。
買ったのは、ほとんど沙姫ちゃんの服と下着とか。夏樹の服もいくらかはあるけど、アタシの分は一つもない。着るモノには困ってないから、別にいいんだけど。
「思ったより、マシな店が多くて助かったわ。実際、行ってみるもんよねー」
そんな言葉を呟きながら、今日回った店で見かけた一つの品を思い出す。買い物の中で、アタシは沙姫ちゃんへの"サンタさん"からのプレゼントを探していた。
理由はわからない。純粋にサンタクロースを信じる彼女の想いに応えたかったのか、それともそれ以外のものか。兎に角、アタシは彼女に贈り物がしたかったのだ。ううん、より正確に言えば、彼女と夏樹に対して。それで二人が喜んでくれるなら、それで良いと思った。
「さてと、それじゃあそろそろ今日は解散かな。二人とも、もう家に帰るのよね」
「ああ、流石にもういい時間だしな。・・・・・・恋は、まだ帰らないのか?」
「うん。折角来たんだし、もうちょっとゆっくりして行こうと思ってる」
「えーっ。お姉ちゃん、一緒に帰らないの?」
満足そうな顔から一変、咎めるような顔で、甘えるような声で沙姫ちゃんが反応する。とは言え、プレゼントを彼らの前で買うわけにもいかない。彼女の両手を握って、アタシは困ったように笑って見せた。
「ごめんね。アタシにも少し用事があるんだ」
「でも、お姉ちゃん・・・・・・」
出てこない言葉を探すように、じっと上目遣いに目で訴えて来た彼女は、不意に視線を傍らに向ける。その視線の先にいた少年は、僅かに考え込んだ後、口を開いた。
「今から帰っても、結構遅くなるんだ。今日はこの辺にして、また来たらいいんじゃないか? あんまり遅くなると、あー、危ないと思うし」
「ヘーキよ、このくらい。前はもっと遅くまで出歩いてたし」
「まあ、そうだろうな。でもなぁ、心配は心配だぜ」
アタシの言葉に、荷物で不自由な両手を揺らし、肩を竦める夏樹。自分の言い分が通るとは思ってなかったようで、あっさりと引き下がる。けど、最後の言葉でちょっと心が動いた。
「ふぅん。……そこまで心配してくれるなら、今日は一緒に帰ろうかな。行きはバラバラだったもんね」
「ホント! やった、お姉ちゃん」
体全体で喜びを表現する妹と裏腹に、あっさりと前言を翻したアタシに、驚きの表情を浮かべる兄。その顔に、少しだけ微笑みを向ける。
今日は週末、また明日でも来ればいい。どうせ、家にいたってやる事なんてないんだから。それよりは、彼らの傍にいた方がいい。そう思ったから。




