一章 元オッサン異世界で初めてのお留守番をするそうです。
俺の記憶が目覚めた日から約半年が過ぎた。
あれから然したる代わり映えも無く平和な日常が続いている。
オヤジ様とセリーヌさんの進展もなにもなし。
早くお前ら結婚しろやと最近マジで思うがそんな気配すらない。
もうすぐ俺も7歳になる。
この国では7歳から12歳まで通う学校のようなものがある。
いわゆる寺小屋みたいなものでエストワールを信仰している教会で勉強をするそうだ。
最近になってリーザから魔法の基礎を教わってるがこれがなかなか難しい。どの属性も発動直前までは出来るのだが発動までには至らないのだ。
本来ならば簡単な魔法ならば今の俺でも使えるらしいのだが何故か使えないのだ。
リーザも「何故だ...」と仕切りに頭を傾げている。
7歳になると選定の儀なるものがあるらしく本格的な魔法はここまで待たないといけないらしい。
理由はよく分からない。リーザも人間の魔法はよく知らないなどと言っている。
お前、本当に神様か?と疑いたくなるが神はそれぞれ役割がありその役割以外には基本ノータッチらしい。
リーザの役割はエストワールの監視だったそうだ。
だから邪魔になって俺に押し付けたのか...
リーザはマジで猫と同じで役に立たねえな、いや今は猫か...
いずれわかるだろう。ゆっくりやってくか。どのみち今の俺はまだ幼い。
そんな事を考えていたエメリッヒとジャンが仕事でいないある日の夕食時、オヤジ様が珍しく仕事の話を俺に話始めた。
「今引き受けている仕事で足りない素材がある。その素材の為に俺はダンジョンに潜らなければならなくなった。」
いつもの様にあまり表情を崩さずにそう言うオヤジ様にセリーヌさんがいきなり烈火の如く怒りはじめた。
「何を言い出すのダグラス!何故あなたがダンジョンに行かないと行けないの!」
そう怒りながら泣きそうな顔をしているセリーヌさんをオヤジ様が宥め始める。
「仕方がないのだセリーヌ、俺が直接行き鑑定しないと見つからない物なんだよ。今までは在庫があったがそれも使いきってしまった。いつかは自分で潜らなければ駄目だったんだ。」
「でもダグラス。貴方になにかあったらジュエルちゃんはどうするの?ひとりぼっちにしてしまうつもり?そもそもその右足も私のせいでダンジョンで....」
そこまで言うとセリーヌさんが涙を流し始め言葉が続かなくなる。
「この足はお前のせいではない....それにエメリッヒとジャンを連れていく。その上最寄りの町で手練れの冒険者を雇う事になっている。きちんと準備をしていくんだ、あの時とは違う。」
オヤジ様はセリーヌさんにそう言いつつ俺の方に顔を向け口を更に開く。
「ジュエル、父さんはダンジョンに潜らなければならない。お前は暫く俺がいなくても我慢できるか?」
そう真剣な眼差しで俺を見る。
男には退くことの出来ない時が絶対にある。それがオヤジ様の今なのだろう。
なにやら嫌な予感がするが俺も元は男だ。
邪魔は出来ない。
「....分かりました、とと様。どうか気を付けて下さい。」
そう俺が言うと一瞬オヤジ様の顔が緩むが直ぐに真剣な顔に戻りセリーヌさんの目を見ながら言う。
「いい子だ...。セリーヌと一緒に帰りを待っていてくれ。」
オヤジ様が旅立つ日が前日になった。
出発の準備も終わっているようで今日のオヤジ様は工場には行かずに朝から俺の側に居てくれる。
俺はオヤジ様の隣に座り本を読んでいた。
リーザは俺の足元で毛糸の玉を転がしている。
オヤジ様の書斎から借りた魔導具の専門書みたいなやつで読んでいると面白い。
基本的に魔導具は電気から魔石に動力源が置き換わっただけで本体の機能は俺の世界の電気製品と対して変わらないみたいだ。
更に魔力が動力源のおかげでよっぽど魔導具の方がシンプルな構造になっている。
配線なんかが要らないからな。
前に俺がオヤジ様の部屋にあった魔導具の本を読んでるのをオヤジ様に見つかったとき首を傾げながら「面白いのか?」と聞かれた時に「はい!面白いです!!」と言うと始めは不思議そうな顔をしていたが、書斎の本の使用許可をくれた。
それから俺は暇さえあれば本を読んでいる。
隣で本を読んでいる俺の様子を時折見ているがたまに目が合い俺がニコリと笑うと頭を撫でてくれる。
無口だが優しさって伝わるってくるんだよな、オヤジ様。
その日、そんななにも代わり映えのない一日も暮れ終わろうとしている。
もう俺の眠気のタイムリミットが近そうだ。
眠くて船をこぎだした俺をいつもの通りに抱き上げ俺の部屋のベットまで抱えて行こうとする。
俺は今生ではオヤジ様の子だ。俺には前世での記憶はあるがやはり記憶があるだけで精神は年相応なのだろう。
感情や感覚なども男であった前世の時とはだいぶ違う事にこの半年程で気づいていた。
親が少しの間でも居なくなるというのは怖くて不安でいっぱいになる。
前世で既にオッサンだった俺からは信じられないことだ。
俺は抱えられながらオヤジ様の服の袖を引っ張り、ワガガマを言った。
「とと様と一緒に寝たい。」
俺の言葉を聞き、一瞬考えた様だが俺を抱えたままオヤジ様の部屋の方向に歩を進める。
その日、俺とリーザとオヤジ様は家族で一緒に眠った。