三章 みーつけた。
うーん、参りましたね。
ジャエルの情報が全くと言っていい程掴めない。
ジャエルの事を考えながら目の前の書類に目を通す。
クエンティド王国から来たと聞いていたので諜報員に探らせたのだが全く情報が引き出せなかったようだ。
王都での情報は無し、噂話すらなく地方都市にも調査をさせた。
殆どの街での聞き込みが空振りで終わったが、唯一リーンベルでのみ少しおかしな態度を取る者が数名居たようだ。
どうやらおかしな態度を取る者皆、自転車産業に携わっている。
ここに何か大きな情報が有りそうだと重点的に調査を開始したのだが町の住民の口が硬い。
田舎町ゆえに外から来た人間と直ぐにバレるらしく不振がられ聞き込みが上手く進まなかった。
仕方が無くリーンベルの領主にアルテリアの王族諜報員である事を伝え、情報を選ろうと試みたのだが「個人の事ですので情報は出せない。」との返答しかもらえず貝の様に口を閉ざす。
しかもリーンベルの領主との接触の後、クエンティド王国の宰相から「これ以上調査されると今は落ち着いてくれている人物がまた騒ぎ出す可能性があるのでこれ以上の調査は中止してくれ。」とアルテリア王家へ内密の通告があった。
ダグラス・リーンシュタイナーにも接触はしたらしいが「そう言う名の弟子はいた気がするがよくは覚えていない。俺にはかなりの数の弟子が居る。全てを覚えている訳ではない。」と言われたと報告が最後に記されてある。
今、リュドレイクに居る筈のジャエルが何処に居るのかすら解らない。
このリュドレイクでの情報が全く無いのだ。
まさかリュドレイクには立ち寄っただけで既に違う所へ旅だったのでは...
私はその考えを振り払うように報告書を眺め、ジャエルの事を考察する。
ジャエルとクエンティド王国が関係しているのは間違いない。
しかし、この異様なまでの情報統制はなんでしょうか?
町の人々の口を完璧に閉ざすなど不可能なはずなのにそれを可能にさせる上に一国の宰相をも動かすジャエルと言う人物の謎...
やはりジャエルはクエンティド王国の王族関係の人間でしょう....。
それも表には出せない庶出の子....それならば仮面で素顔を隠している理由も判りますね。
それに私の本当の名を知っていたヴェルディットと言う人物、父様に聞いても「その名を出すな!あれに聞かれると機嫌が悪くなり政務に支障が出る。」と言われ何も教えてはもらえない。
他の者に聞いても同じ様な反応で何も分からなかった。
....そう言えば宰相にはまだ聞いてはいませんでしたね....。
私はあの宰相にあまり良い感情を持ってはいない。
いつも仏頂面をしていて話しかけてはいけない様なオーラを常に出している。
本音を言えば私はあの宰相が怖いのだ。
優秀でやり手のあの宰相ならばこの国を自分の物にするくらいはやってのける筈だから....
父様は「宰相にその様な野心は小石程もないから心配するな。それよりもアイツは逃がしてしまったが今度こそ宰相の逃亡を阻止する方が重要だ。」と言っていたのだが私はそれでも心配なのだ。
クーデターが成功してしまえば王族である私の命も危うい....。
しかし、近々行う私の晩餐会での準備でこれから宰相との話し合いがある。
最近城内での噂で宰相の機嫌がすこぶる良く前の様なオーラが薄くなっていると聞く。
噂では珍しい乗り物で登城するようになってからの事らしい。
良い機会だ、この際にヴェルディットなる人物の事を宰相に聞いてみよう。
晩餐会の話し合いの為に私は宰相の執務室へ呼ばれる。
「最近ご機嫌の様ですね、コルトレツィス卿。」
「エレーゼ様!!最近私は登城するのが楽しくて堪らないのですよ!!後で御見せしますよ私の乗り物を!!」
そう言う宰相の顔が心底嬉しそうな笑顔だ。
このような宰相の顔、初めて見ますね。
あの針のようなオーラも今は感じないまま私の晩餐会の話は進んでいく。
「...ところで、コルトレツィス卿 。ヴェルディッドと言う名に聞き覚えは無いかしら?」
私がその名を出し宰相に尋ねてから場の空気が一変する。
柔らかい空気から一転、近くに控える私の執事が慌て出すほどの刺すようなオーラが出始め、終始今まで見た事も無い笑顔だった宰相が見慣れた仏頂面になる。
「うちのおっさ...失礼!私の父がエレーゼ様に何か無礼な事でも働きましたかな?」
.....え!?
今、宰相は何と言いました!?私の聞き間違えでは無いのなら父と言いましたよね!?
「い、いえ!!コルトレツィス卿もお聞きしているとは思いますが私がアルテリアに帰って来る途中にオークに襲われたのですが、その時に私達を助けて下さった人物がヴェルディッドと名乗ったのですよ!!」
私の言葉を受け宰相が仏頂面から考える様な顔になる。
「あのおっさん、そんな重要な事を俺に隠しやがって...」
ブツブツと非常に小さな声でギリギリ聞き取れる位の独り言を言っていたのだがそこまでしか聞き取れなかった。
フッ、と宰相から刺すようなオーラが消え真剣な顔で喋り出す。
「恐らくエレーゼ様をお救いしたのは私の父で間違い無いでしょう。今、父は私の屋敷に帰って来ているのですが帰って来た時期がエレーゼ様と同じ位の筈なので。」
....こんなに近くにジャエルへの鍵になりそうなヴェルディッドの身内が居るとは....。
これはチャンスですね!!!
「私はお助け頂いたヴェルディッド様へ御礼がしたいのです!!!晩餐会へ及び出来ないでしょうか!?」
「.....判りました。父がどう判断をするかは私にはお答え出来かねますが、父に晩餐会の事を伝えておきましょう。」
それからも晩餐会の話は続き、細かい話はまた後日と言うことで部屋を後にしようとすると宰相から呼び止められる。
「私はこれから退城するのですが私の乗り物に御興味が御有りならば乗り物を拝見しますか。」
振り返るととても良い笑顔の宰相が帰る準備をしている。
ここは宰相の御機嫌取りをしておきましょうか。
「そうですね、興味があります。拝見しましょう!!」
宰相と付き人、私と執事で官僚用の馬車置き場へ行くと見た事のある物がそこにはあった。
「これですよ、これ!!!私の愛車です!!」
「こ、これは魔導車!!何故これがここに...」
そこまで言って思い至る。
宰相はヴェルディッドを自分の父親だと言い、今帰ってきていると言っていた。
ではヴェルディッドと一緒に居たジャエル達は今何処に?
目の前には魔導車がある。
答えは1つしか無い。
「コルトレツィス卿!!!ジャエル、ルリシス、シルビアと言う名に聞き覚えは無いですか!!!」
私の突然の剣幕に宰相が驚いている顔になる。
ふっふっふ、みーつけた。