二章 ヴェルディットと宰相さま
「俺達の勝利に乾杯!!!」
今俺達は王都で泊まっている宿屋で勝利の祝杯をあげている。
俺はオヤジ様と一緒に祝杯を挙げバカ騒ぎしているおっさん達から少し離れた場所で夕食を食べていた。
「ジュエル、良かったな。審査に勝つことが出来て。」
「はい!しかしこれからです。自転車を一般化出来るかはこれから始まるのです!!」
:その通りだな。」
オヤジ様が優しく頭を撫でてくれる。
リーンベルのおっさん達に揉みくちゃにされていたトルステンが酔っ払い共から逃げ出すようにこちらへ来る。
「いやー、皆さんとても嬉しそうで結構なことです!」
「トルステンさん、今日はどうもありがとうございました!!」
「トルステンさん、御協力に感謝致します。」
トルステンは俺達にそう言われると照れ臭そうに頭を少しかきながら言う。
「いえ、私は自分が出来ることをしただけですよ。それにファンブル商会のやり口に今まで辛酸を舐めてきたのは確かでしたから。」
ラザエフ商会とファンブル商会は言わばライバル企業で今まで今回のような強引なやり口で何度か争い、負けていたらしい。
「これは、皆からの御礼です!!」
俺は一枚の書類をトルステンに渡す。
「こ、これはイセリア共和国でのリーンベル製の自転車の独占販売許可書類!!!...ジュエルちゃん、良いのかい!?」
「ええ、トルステンに任せて置けば大丈夫と判断しました。 それにこれは皆で決めたことですから。」
トルステンが渡した書類を大切そうに胸に抱き天を仰ぐ。
「これは皆さんの期待に応えるために頑張らないとなりませんね!」
「それとこれは私からです。」
もう一枚の書類をトルステンに渡し、トルステンが書類に目を通すと驚愕した声を出す。
「...ジュエルちゃんの作った魔導具の正式な仕入れ許可書、私に取ってはとても欲しかったものですが貰っても良いのですか?」
「良いのでしょう。ジュエルはそうしたいと申しております。それに俺にとってもあなたは信頼できる。」
オヤジ様がそうトルステンに言うとトルステンはとても感激したようで涙を見せる。
「そう言って貰えると商人冥利に尽きます....。」
「帰りにリーンベルに寄って下さい。販売の見本の自転車を何台かお渡しするので持って帰って下さいね。」
「何から何までありがとうございます!」
「よう、トルステンさん。これからの事を話ながらあっちでもっと相談しようぜ!!!」
スプロケ屋のおっさんがトルステンを酔っ払いの巣窟に引き戻しに来た。
トルステンがスプロケ屋のおっさんに引っ張られながら連れていかれる途中に振り返り言う。
「ジュエルちゃん!!今日は本当にありがとう!!私にとっても最高の日だよ!!」
オヤジ様と共に笑顔でトルステンに返す。
トルステンがおっさん達の所に戻ると酒を片手に皆が真剣な顔になりこれからの話を始めた様子だ。
...これで本当に自転車は俺の手から離れたな、皆頑張れよ!!
そう言えばヴェルディットのじじいがいないな。
「とと様、ヴェルディットさんが見当たらないのですが?」
「ああ、ヴェルディットさんは古くからの友人に呼ばれたからその人と飲んでくるって言ってたぞ。」
なるほどな。じゃあお礼は明日で良いか。
そんなことを考えながらコップに入った水を一気に飲み干すと喉に焼けるような感覚があり、鼻から刺激臭が抜け出る。
思わず一気に口に残っていた物を吹き出す。
「おい!ジュエル!!!それは酒だぞ!!!」
ヤバイ間違えて酒を飲んじまった!!
頭がクラクラしてきた。
「せかいがまわってますー」
困った顔をしたオヤジ様が三人に分身して見える。
「仕方がない。暫くしたらベットに連れていくからそれまで寝ていなさい。」
フラフラしながら俺は「わかりましたー、おやすみなさいですー。」と言いオヤジ様の膝の上に倒れ込むように意識を失った。
「こちらで旦那様がお待ちになられています。」
初老の執事に案内され旧友が居ると言う部屋の前に案内される。
俺は今旧友の家に呼び出され会いに来ているのだ。
初老の執事がドアをノックし「お連れしました。」と言い、短く「入れ。」と言う声が聞こえる。
ドアを開くと数時間前に会っていた友人が椅子に腰掛けこちらを見つめている姿があった。
「ヴェルディットさん、どうぞこちらへ要らして下さい!」
「なんだ、さん付けなんぞ要らんぞ!それに今はお前の方が身分は上だろうが。」
そう、言いながら向かい合わせに置いてある椅子に座る。
「ヴェルディットさんがそう言うのならさん付けはやめましょう。どうぞ酒を飲みながら話をしましょうか。」
目の前の男が俺の目の前のグラスに酒をそそいで来る。
「ほほう、一国の宰相、自らの酌かありがたや、ありがたや。」
「それこそそう言う事を言うのは辞めてくださいよ!ヴェルディットに言われると自分が物凄く偉い人間と錯覚しそうになってしまう。」
俺は笑いながら酒を注ぎ返す。
「事実偉いだろうが、オスヴァルト!!」
「もう!勘弁してくださいよ!!」
お互いに笑いながら酒の入ったグラスを軽くぶつけ飲む。
「...しかし今日は驚きました。まさかあなたが私に会いに来てあの書類を渡してくるなんて。」
俺は中身が減ったオスヴァルトのグラスに酒を注ぐ。
「これで俺への借りは無くなっただろう?」
「いえ、寧ろあなたへの借りが増えましたよ。前々から内偵していた調査の決定的な証拠をヴェルディットが持って来てくれたのですから!」
苦笑しながらオスヴァルトが俺の空いたグラスに酒を継いで来る。
オスヴァルトに渡した書類はリーンベルの領主の不正の証拠とファンブル商会の繋がりを示す物だった。
ジュエルお嬢ちゃんが何処からか見付けてきたらしいのだが、何処からか入手したか問い詰めるとバカ息子が落として行ったっと苦しい言い訳をしていた。
あのお嬢ちゃん、解りやす過ぎる。
アルセンスでの事と言いあの子は...
俺が無言になりお嬢ちゃんの事を考えていると、オスヴァルトが急に無言になった俺が心配になったのであろう、声を掛けてきた。
「ヴェルディット?どうかしたのですか?」
「いや、礼ならばあのお嬢ちゃんに言え。俺はお前に書類を渡しただけだからな。」
俺に言われ初めは狐に摘ままれたような顔をしていたオスヴァルトが思考している顔に変わる。
「お嬢ちゃんと言えばあの審査の場にいたフードをかぶった子の事です?」
「ああ、その子だ。その子はダグラス君の子なのだが、実はな...」
俺はオスヴァルトにアルセンスの事での出来事、自転車の制作者も実はあの子だと言うことを伝えた。
無論オスヴァルトにあの子の事を伝えるのはダグラス君からの許可を貰っている。
万が一にでもあの子の事が聖輝教会にバレた時の事を考えてこの国の後ろ楯が欲しかったからだ。
「アルセンス商業都市での事は聞いています。まさかその様なことが...」
「内緒だぞ!」
「当たり前ですよ!!聖輝教会にその子が拐われればどの様な目に合うか考えただけでも...」
聖輝教会の数々の悪事を思い出したのであろうオスヴァルトが身震いしている。
「しかし、ヴェルディットが直接見たのならば信じるしか無いですねその話を。」
「見たどころかどうやら俺の為にやってしまったことだからなアルセンスの件は。」
そう言いながら治ってしまって何の異常もない右腕を見せる。
「...直接その子に会いたいですね...。」
「じゃあ行くか!酔い醒ましに外を歩くのも良いだろう?」
少し考える様子を見せた後にオスヴァルトが頷く。
:ですね!それにヴェルディットが一緒なら護衛も必要無い!!」
俺はニヤリと笑い「俺が暗殺者だったらどうするのだ?」と言うと「あなたが暗殺者だったら既に私はこの世に居ませんよ...。」と半笑いでオスヴァルトが返す。
「では行くか。早めに行かないとあのお嬢ちゃんが寝てしまいそうだ。」
オスヴァルトを連れお嬢ちゃん達が泊まっている宿屋に移動を始めた。
月明かりに照らされる街道を歩き宿屋へと到着する。
宿屋の食道の中に入るが居るはずのダグラス君とお嬢ちゃんが見当たらない。
まだ眠る様な時間じゃなさそうなのだが...
リーンベルの人達とラザエフ商会のボスが何やら商売の事を真剣に話している最中らしいが声を掛ける。
「おーい。ダグラス君達はどこ行ったかの?」
アラン坊やが俺に気づき返してくる。
「あ、ヴェルディットさん!ダグラスおじさんとジュエルなら部屋に帰りましたよ。何でもジュエルが間違って酒を飲んで潰れちゃった言ってました!」
お嬢ちゃん...なにやってるんだ一体...あのお嬢ちゃんは賢いのに何処か抜けてるな。
「分かった。ありがとう。」
手をひらひらし礼を言いながらフードを深くかぶって顔を見えなくしているオスヴァルトを連れダグラス君達の部屋へと行く。
部屋の前に着きドアをノックし「ヴェルディットだ。今少しいいかの?」と言うと「...どうぞ。」との返答があったのでドアを開けて部屋へと入る。
部屋の中に入るとベットの上で赤い顔をしながら少し苦しそうな寝息を立てているお嬢ちゃんとベットの側の椅子に腰掛けている少し心配そうなダグラス君が居た。
「アレン坊やに聞いたのだがお嬢ちゃんが酒を飲んで潰れたらしいな。」
「ええ、困った物ですよ。...ヴェルディットさん、そちらの方は?」
ダグラス君がフードをかぶったオスヴァルトに少し鋭い視線で見る。
オスヴァルトがフードを脱ぎながら「私ですよ、ダグラス。オスヴァルトです。」と名のる。
オスヴァルトを見たダグラス君が少しびっくりしたような表情をした後、懐かしい友人に会った様な顔になる。
「オスヴァルトさんか!今日はありがとう。」
「いえ、礼を言われる迄の事は...それに本来なら私が最初から最後迄やらなければ行けなかった事ですから。」
頭を下げているダグラス君に飛んでもないことだと言わんばかりにオスヴァルトがブンブンと手を振っている。
「....この子が。子細はヴェルディットに聞きました。」
「俺へ借りと感じているのならそれをこの子に返してやってはくれないだろうか。」
俺がオスヴァルトにそう言うとオスヴァルトはお嬢ちゃんの寝顔を見ながら言う。
「はい。私に出来ることがあれば何時でも言って来てください。この子はこの国に取って、いやもしかすると世界に取っての光になるかもしれない。」
俺とオスヴァルトの会話を聞いていたダグラス君が再び口を開く。
「ありがとう、二人共。」
無言で頭を下げているダグラス君の頭を上げさせ言う。
「礼はいい、ダグラス君。俺は残りの人生をこのお嬢ちゃんを守る為に使うと決めたんだ。使えるものは使うだけさ。」
「ヴェルディットの言う通りだ。私も出来る限りの事はします!」
それから軽く話をした後、あまり遅くならない様にオスヴァルトを舘まで送る。
「しかし驚きました。あのような美しい人間がこの世に存在したのですね。」
「ああ、だがどうやらお嬢ちゃんは自分が醜女と勘違いしているらしい。何故かは分からないがな。」
少し考えてオスヴァルトが言う。
「...そちらの方が悪い虫がつかないで都合が良いかもしれませんね。話に聞く限り心も美しい娘の様ですし、このまま曲がらずに育つ事を祈りましょう。」
「ああ、あのお嬢ちゃんの心が汚れてしまわないように俺たちが頑張るよ。」
ニヤリと笑いオスヴァルトが[このまま育ってくれれば我が一番下の息子の嫁に...]ととんでもないことを言い出し始めた。
「何を言うか!!お嬢ちゃんは俺の孫の....」
この後、オスヴァルトとお嬢ちゃん争奪戦を繰り広げながら帰った。