一章 元オッサン異世界で豚の嘶きを聞く。
教会の調査が開始されたのだが調査された人の話ではとても評判が悪い。
直接教会の人間が家を回っているらしいのだがとにかく話を聞きに来た人間の態度では無いらしい。
いったい何をやっているのやら...まあ大体の想像は付くのだが...。
俺達への調査も間もなく始まる。
聖輝教会の部下を引き連れながらロバート・ジェインが我らの借りている家にやってきた。
応接室に通し俺達が揃っていることを部下に確認させるとニヤつきながら俺達の方へ顔を向け、口を開く。
「やあやあ、皆さんお揃いのようで結構な事ですな!!」
「...早く終わらせてもらおうか。」
「...ふん!まあいい。ではあの日の事を話してもらおうか!」
「ギルド長から俺の調査は聞いている筈だ。それ以上の進展は無い。」
俺の言葉を聞くと大袈裟に両手を拡げながら人を小バカにするような顔をしながら語る。
「おやおや、あのダグラスさんともあろう御方があれから全く進展がないのですか!これはいけませんねー。期待した私が馬鹿だったようだ。」
どうやら調査の進展が無いことを理由に俺を身内の前で吊し上げて馬鹿にしたいようだなこいつは...。
しかし、ジュエルの為ならば俺は何を言われても構わない。
ちらりとセリーヌの側にいる我が娘に目をやる。
この子を守れるのならば俺に対しての事はどんな事であろうと我慢できる。
更に豚は口汚く続ける。
「そちらはセリーヌと申す御方ですね。いつまでもこのような魔導具職人とか言う卑しき身分に落ちた者の元などに居ないで私と共に我が国、法国イシュタールへと参りませんか?このようなS級に成れなかったポンコツの事など忘れるほどの良い思いを私がさせてあげますよ!」
いやらしい目付きでセリーヌの全身をなめ回すように見回し、自分の上唇を舌で舐めた後ニヤつく。
「お断りよ!!!!誰があんたなんかと!!それにダグラスはS級に成れなかったんじゃ無くてS級の要請を断って引退したのよ!」
セリーヌがロバートへの不快感の為か若干震えながら言い返す。
「ほおー、なるほど。所詮こんなポンコツに引っ付く様な女は所詮、下賤な者と言う事ですかな。いや、お二方はお似合いですよ。ポンコツ男とゴミのような女、いい取り合わせですな!!!」
このクズ!俺だけならばまだしもセリーヌまでも貶めるか!!
皆がロバートに対して殺気を隠さず睨んでいると急に小さな影がロバートに走り寄った。
小さな影はロバートの足に纏わりつき、ポカポカと叩き始める。
「とと様とセリーヌさんにその様なことを言わないで下さい!!!今すぐ仰った事を撤回して...あう!?」
足に纏わり付いていたジュエルの腹にロバートが蹴りを入れその衝撃で目深に被せていたフードが外れた。
「ジュエル!!!」
直ぐ様ジュエルに駆け寄り怪我がないか確認するが大丈夫そうだ。
蹴られた腹を押さえながら小さなうめき声を出しているがロバートを睨み付ける元気はあるらしい。
この子は男の子の様に直情型の様だな...。
危なっかしくて目が離せない。
ロバートが痛みと悔しさで眼に涙を溜めながら睨み付けるジュエルを見ながら喋る。
「一体なんなのだ!このガキは!!...うん!?これは....」
「もういいだろ!!!セリーヌ、ジュエルを他の部屋へ連れて行け!!!」
「ええ!分かったわ!!ジュエルちゃん、大丈夫?」
ジュエルを抱えながらセリーヌが部屋から出て行き、ジャンとエメリッヒも直ぐに後を追い部屋を出ていく。
ジュエルが部屋から出て行くのを見届けた後、再びニヤつき始めたロバートが徐に口を開く。
「...ダグラス、お前の娘を俺に差し出せ!!そうすれば俺に対するこれ迄のお前の非礼を水に流してやる。その上、法国でのお前の地位を俺の力で...」
「それ以上喋らない方が良いぞ!」
俺がそう言うとロバートは′はっ′とした顔になり辺りを見回す。
ヴェルディットさん、ジャミル、キャロラインが剣に手を掛けてロバートを殺す覚悟を持った顔で睨んでいる。
ロバートの部下もまるで害虫を見るかような目でロバートを見ている。
「ふ、ふん!!今日はこれぐらいで勘弁してやる!!!」
捨て台詞を吐き、悪態をつきながら文字通り逃げ帰る様に家から出ていく。
そんな様子を蔑んで見ている俺達にロバートの部下が済まなそうに喋り掛けてきた。
「本日は誠に申し訳御座いませんでした!!奴は此方でどうにかします。どのみちアイツは長くはありません。その為に私が張り付いているので。娘さんにも私が聖輝教会を代表して謝っていたとお伝え下さい!」
それだけ言い頭を下げるとロバートを追いかけるように足早に去っていった。
「アイツは救いようの無いクズだが部下はまともだな...。」
ジャミルが狐に摘ままれた様な顔をしながら言い、その返答に皆が「「「確かに...」」」と言う言葉が同時に重ねられた。
俺が回復魔法を使ってから約1ヶ月ほど経った。
ギルドと教会の発表が間もなく始まり、アルセンスの封鎖も終わるらしい。
これだけ時間が掛かった理由はギルドと教会で意見の相違があったようだ。
教会側の意見は自分達が信仰する神による奇跡だと言うのだ。
ギルド側はこれに反対した。
奇跡以外に説明のしようが無いのは間違いないが聖輝教会の信仰する神とは限らないし根拠も無いと言うのがギルド側の意見だった。
意見の対立で発表内容を決める会議は紛糾を極めたそうだが、教会がギルド側に圧力を掛けた上に恫喝し無理矢理に押し通したらしい。
この話はオヤジ様から教えてもらったのだが、どうやら元々冒険者ギルドと聖輝教会は仲が悪かったらしいのだがこの事件が決定的な亀裂になるかも知れないとも言っていた。
.....なんと言うか俺のせいですんません.....。
ギルドと聖輝教会の発表が教会の広場で行われるとの事で俺達も今、広場にいる。
アルセンスに居る人間は全て強制参加だそうだ。
名簿まで用意してあるそうで避けられそうに無いためにみんなで参加している。
おっ、豚が出てきた。
丸々と肥えた豚がアルセンスのお偉いさんらしき面々を引き連れ気分の良さそうな顔をしている。
今の俺が前世の俺じゃなくて良かったな豚よ。前世の俺ならてめえのケツに1インチのインパクトレンチを突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやった所だぞ。
豚に喧嘩を売って返り討ちにあったあの後、みんなから見事に怒られた...。
オヤジ様とセリーヌさんからは「俺達の為に怒ってくれたのはとても嬉しいのだが危険な事は辞めなさい!!」とステレオで怒られた後、更に追い討ちでお叱りの5.1chサラウンドをみんなから怒濤のごとく浴びせられ、おっさん涙目になったぜ...。
豚がなんか喋るらしい。
話を聞くだけ無駄な上、豚を見つめるみんなの視線が恐すぎるから早く帰りたい...。
「アルセンスの民よ、私は法国イシュタールの治療師で司祭のロバート・ジェインである!今回のアルセンスが光に包まれた事の調査の結果を発表したい。」
周囲のアルセンスの人々は一言も喋らずにロバートを睨んでいる。
俺がロバートの位置にいたら絶対に泣いてるわ...
「アルセンスの民の皆様からお聞きした事を纏めるとある者は怪我が治り、ある者は抜けていた筈の歯が抜け落ちる前に戻った。そしてほぼ全員の意見は力が湧いてくるような感覚があったと言う。そうこれはこの地に起きた奇跡である!我が聖輝教会はここに宣言する!!今回アルセンスで起きた事は我らが主神、ダルスの起こされた我らの敬虔なる信仰に対する祝福であると!!!」
豚が自分に酔いしれている様な顔で語っているが何か腹立つな。
殴りて~。
アルセンスの人々はロバートの宣言に一言も声を発さず一斉に帰ろうとする。
うわー、この街の人達大人だな~。つうか酷い、俺がロバートなら家に引きこもるね!!
「...おい!こら!!お前達聞いているのか!!ちょ、止まれ!!帰ってんじゃねえよーーーー!!!!」
豚の悲痛な叫び声が響く中、みんな帰って行く。
アルセンスのお偉いさんやギルド長、ロバートの部下さえも...
うん、人間をやめた方がいいな奴は。