一章 元オッサン異世界で熊(人間)に頭を撫でられる。
次の日、殆ど出発への準備を終えて俺はリーザと書斎にいた。
「リーザは一緒に行きますか?」
「いや、我は行かなくても大丈夫だろう。セリーヌは人間の中ではなかなかの手練れだ。それに危険な状態になればお前が我を呼べばいい。まあ、その心配も無いとは思うがな。我が主神が色々やり過ぎている様だからな...」
なんだそりゃ、やり過ぎてるって??
「やり過ぎてるって言うのはどういう事ですか?」
リーザに聞いてみるとリーザがゆっくりと頭を振りながら「まだ魔法を発現させただけで魔法の使用はまださせてないが、おそらく初級の魔法でもマズイ威力があるはずだ。それこそ初級で上級魔法に匹敵するくらいのな...前に言っただろう?ジュエル、我よりもお前の方が強いと...」そう遠い目をしながら語るアメショー。
そう言えばそんな事を言っていたな。まじだったのか...あの時言ってたことは。
俺って完全に歩く危険物じゃねえのか?
「...聞かなかったことにしておきます.....。」
リーザと同じく遠い目をしながら小さくそう呟くとリーザのため息が聞こえた。
「...そうか...。まあ危なくなったら我を呼べ。直ぐに馳せ参じよう。」
「その時はよろしくお願いします。」
話は纏まった。よし!俺は何も聞いてないぞ!
リーザとの会議が終わりリビングに向かう途中、セリーヌさんがルナリスさんとルリシスちゃん、そして茶髪の背の高いゴツイオッサンを玄関で迎え入れているところだった。
挨拶をしなきゃいけねえな。
玄関に近付くと俺に気づいたセリーヌさんが振り返り口を開く。
「あっ、ジュエルちゃん。ちょうどよかった、ルナリス達が見えたわよ。」
セリーヌさんがそう言うと同時にゴツイオッサンが俺の頭をそのゴツイ熊のような手で力強くガシガシと撫で始める。
いっ、痛い!力が強すぎだ!!ヤバい首が折れそう!!!
「おうおう、ジュエルちゃん。久し振りだな!もう5年ぶり位か、大きくなったな!俺の事は覚えてるか?」
俺の頭が盛大にブンブンとあらゆる方向に揺れている様子を見て悲鳴を上げながらセリーヌさんがオッサンから俺を引き離す。
「ぃ、いえ覚えて無いです。申し訳ありません。」
俺は涙目で力強く撫でられ痛くなった頭頂部をさすりながら答える。
「グルン、ジュエルちゃんが覚えてる訳ないでしょ!まだ小さかった上にジュエルちゃんが眠ってた時に会ったって言ってたじゃない!後、女の子を撫でるときは手加減をしなさい。嫌われるわよ!」
ルナリスさんがグルンと呼んだオッサンを叱っている。
オッサンはルナリスさんに完全に尻に敷かれているようで怒られてしゅんとしている。
そうですか...ルナリスさんの調教済ですか...このオッサンは。
「この人はグルン。私の旦那でルリシスの父親よ。」
そうルナリスさんが言うと「宜しくな!」とグルンが俺の首をへし折ろうとしていたのを忘れ去ったかのようにニカッと笑う。
「ジュエルちゃん、お父さんがごめんなさい!私も時々されるけどあれ痛いよね...」
ルリシスちゃんが申し訳なさそうに俺の頭をさすってくれる。
やっぱり時々ルリシスちゃんもあれをやられてるのか...
なんだかルリシスちゃんが気の毒になってきたぞ。
「まったくこれだからグルンは...だからダグラスからもあれ以来ジュエルちゃんに会わせてもらえなかったのよ!...まぁ、こうなりそうだったから私も会わせないようにしてたんだけど...」
セリーヌさんがグルンに小言を言っているがあれ以来って一体俺が小さい時に何をやったんだこのオッサン?
「酷いなセリーヌ。まるで極悪人扱いじゃないか!俺は優しい男だぞ!」
「「力加減を覚えなさい!!!」」
あっ、セリーヌさんとルナリスさんから同時に同じことを言われグルンがへこんだ。
へこんだグルンをルリシスちゃんが慰めている、成る程こうやってルリシスちゃんの優しさが育っているのか...
ある意味グルンのオッサンのおかげだなルリシスちゃんが良い子に育ってるのは。
「グルンがやらかして以来、ダグラスさんのガードが固くて私がジュエルちゃんに会えたのはこの前の浴場が初めてだったのよね。」
リビングで皆がゆったりと椅子に座っているのだがルナリスさんがチクチクとグルンを冷たく口撃している。
ルナリスさん、もうそれくらいで勘弁してやってくださいグルンのLPは0に近そうです。
熊みたいな巨体を小さくしてへこんでいるグルンを見ていると流石に気の毒になってくる、そろそろ話題を変えてもらう方向でいこう。
「セリーヌさん、私たちはいつぐらいに出発するのですか?」
「そうね、今日馬車をルナリスに借りたから今から荷物を馬車に積み込んで明日の早朝に出発かなぁ。」
「グルン、汚名返上のチャンス!荷物を馬車に積み込んで役に立つ男の姿を女性陣見せつけるのよ!」
ルナリスさんがそう調教済のグルンのオッサンに命令を下すと「いいですとも!」と言いながら落ち込んでいる状態から復活し元気よくリビングから飛び出していく。
「...これで私たちの出発の準備は終わったわね。」
セリーヌさんがそう呟くと、ルナリスさんが「じゃあ、後はあの人に全部任せて私達はお茶会をしますか。」等と言っている。
...グルン、頑張れよ。
マジでグルン抜きのお茶会が始まり、皆で会話をしながらゆったりしている最中にふと気付いた。
「そう言えば、リーザはどうしましょうか?工房に居る方に預かってもらいますか?」
「あぁ、良ければウチで預かるわよ~。ルリシスもジュエルちゃんが居ない間寂しいがりそうだし。」
ルナリスさんがお茶をすすりながらそう言うとルリシスちゃんが目を輝かせながら「私もジュエルちゃんが良ければリーザちゃんを預かりたいです!」と言っている。
ルリシスちゃんにそんなに目を輝かせながらそう言われると断れねえぜ。まあ、断る理由もないけどね。
「ご迷惑で無いのならば此方こそ御願いしたいです!」
「じゃあ明日から預かるわね。しっかりと世話をするから心配しないでね。」
「はい!お世話、頑張ります!」
うーん、ルリシスちゃんが嬉しそうだな~。
「リーザの預かり先も決まったし、後はグルンの荷物の積込が終われば準備完了ね!」
セリーヌさんがそう言った少し後にグルンが訝しげな顔をしながら片手に剣を持ちリビングに戻ってきた。
「荷物の積込が終わったぞ。ところでシルバーソーンまで持ち出すみたいだが一体何と戦うつもりなんだ?俺も手伝うぞ。」
「別に戦わないわよ。ダグラスの所に行くだけだし、一応念のために持っていくだけよ。」
そう言うセリーヌさんにグルンは一瞬ポカーンとした後、少し笑いながら片手に握っている剣をセリーヌさんに手渡す。
「なんだ、本当に迎えに行くだけなんだな。シルバーソーンを見たときに本当は強敵と戦うのが目的なんじゃ無いかと思ったぜ。」
「ジュエルちゃんも一緒に行くのに危険な所に行く訳ないでしょ!」
若干飽きれ気味にセリーヌさんが言うと「はは、違いねえや。」とグルンが笑いながら返した。
「シルバーソーンてその剣ですよね?何か特別な物なのですか?」
俺は昨日から気になっていたシルバーソーンの事をセリーヌさん達に聞いたが3人とも少し吃りながら返してきた答えはオヤジ様が使っていた剣としか言わなかった。
なんか隠してるな大人共...、まあいいか後々オヤジ様から教えてもらうか。