一章 元オッサン異世界で夢を見る 3
次の区画に進むと驚くほど静かで何も無く広い空間だった。
「おかしい...」
若きオヤジ様が考え込んでいる様子を見せ呟く。
「そうなの?」
「ああ、前に来た時はこんな区画にはなっていなかった...」
「じゃあ、道を間違ったの?」
不安そうに若いセリーヌさんが若きオヤジ様に一歩近づきながら訊ねる。
「いや、間違ってはいない。見ろダンジョンの出口がある。」
若きオヤジ様が指差す方向を見ると確かに出口らしきものがある。
「とにかく気を付けて進むぞ。出口はここしかない!」
2人と1匹は周囲を警戒しながら出口に進む。
「何も無さそうね...」
出口までもうすぐと言うところで周囲の雰囲気暗く澱んでいく様に不気味な様相に変わる。
「これは.....なにか来るぞ!」
若きオヤジ様が叫ぶと同時に剣を抜く。
2人と1匹が臨戦態勢を取ると同時に出口周辺の視界が歪み、禍々しい黒い円上の魔方陣が出現する。
魔方陣から山羊の頭を持ち、背中には大きな羽根、体は人間と言う異形の化け物が腕を組んだ状態で徐々に姿を表す。
「グレーターデーモンだ!まさかこんなところに召喚陣があるなんて....いや、もしかすると奴等が....」
「ダグ、考察は後だ。グレーターデーモンをどうにかするのが先だ。」
「どうやって倒すのよ...あんな化け物....」
禍々しい障気を巻き散らしながら出現したグレーターデーモンの姿を見て若いセリーヌさんが狼狽する。
「大丈夫だ。やりようはある。奴の出現した魔方陣を破壊出来れば奴の力はかなりダウンする。」
俺の宿主がセリーヌを落ち着ける為に説明を始めた。
「ヴァルダー、俺がグレーターデーモンを引き付ける。魔方陣をどうにかしてくれ。」
「承知!!」
「私はどうするの?」
恐怖のためか少し身震いさせ顔色が悪い若きセリーヌさんが剣を構えながら指示を仰いでいる。
「後方待機だ!!ヴァルダーが魔方陣を破壊する間自分が死なない動きを最優先してくれ!」
「了解!」
やっぱり若いのに歴戦なのだろうな、オヤジ様の状況判断が恐ろしく早い。
若きオヤジ様は風を纏わせた剣とこれまで抜かなかったもう1本の剣を腰から抜く。
刃がそんなに長くはない鈍い光を放つ白銀の剣だ。
両手に1本づつ握った若きオヤジ様が左足に風を纏わせグレーターデーモンに飛び込んで行く。
戦闘音が始まったのを確認した俺の宿主は視線の方向を魔方陣に変え近付くと呪文を唱えた後、力を溜め始め闘気の様なものだろうと思われる光を纏始めた。
時折飛んでくるグレーターデーモンの火炎をいなしながらセリーヌさんが喋りかけてくる。
「ねぇ、ヴァルダー。ダグラス一人で大丈夫なの?」
俺の宿主からチラリとオヤジ様の方へと視線を移しながらセリーヌさんが聞いてきた。
「ああ、問題ない。ダグはアタッカーとしては一流だが盾役をやれば超一流だ。ダグほど盾役が上手い人間はそうはいない。その証拠にグレーターデーモンが一番守らなければならない筈のこの魔方陣を守る処か放置せざるを得ない程ダグに戦闘を支配されている。」
「そう....」
不安は隠せないようだが落ち着いては来たようだ。
俺の宿主の纏っている闘気の様な光が眩く強くなる。
「そろそろ、魔方陣を破壊出来る。準備をしろ。」
そう言うと俺の宿主は爪のついた短い腕を魔方陣に勢い良く振りかぶり切り裂くような行動をした。
爪が当たった場所から黒い魔方陣にヒビが入り、最後にはパリンという鏡が砕けるような音がする。
「ダグ!魔方陣を破壊したぞ!!」
俺の宿主が低くそう叫ぶと、若きオヤジ様の動きが攻撃を受け流すような行動から鋭い斬撃を放つ動きに変わる。
セリーヌさんが魔法で火炎の塊を放つとグレーターデーモンの頭部に当たり、グレーターデーモンの態勢が一瞬崩れる。
その隙を見逃さず若きオヤジ様が鋭い突きを入れ剣が突き刺さると、もう一方の手で握っている白銀の剣でグレーターデーモンの右腕を切り落とした。
「やた!!」
少し気の緩んでしまった様子のセリーヌさんが少し前に飛び出してしまう。
それを見逃さなかったグレーターデーモンが切り落とされた筈の右腕を地面から空中に浮かしセリーヌさんに向け飛ばす。
「っく!」
グレーターデーモンの突然の行動を見た若きオヤジ様は右足に風を纏わらせ地面を蹴ろうとするがうまく跳べずに地面に滑り落ちる。
グレーターデーモンの放った切り落とされた右腕がコントロールされているかの様にセリーヌさんへと避けれないような速度で真っ直ぐに飛んでくる。
俺は思わず目を閉じてしまうが、右腕に反応して家主が急な動きを取っている。
「きゃあ!!」セリーヌさんの空気を切り裂くような悲鳴を聞き俺は恐る恐る目を開くと..グレーターデーモンの切り落とされた右腕が.....俺の宿主の腹に深々と刺さっていた....
セリーヌさんを確認するとどうやら宿主に突き飛ばされて怪我は負ってはいないようだ。
よかった....
「ヴァルダー!!!!」
若きオヤジ様と俺の宿主に突き飛ばされ地面に座り込んでいる若いセリーヌさんの慟哭が同時にダンジョン内に木霊する。
「....ダグ、その右足では最早グレーターデーモンには勝てないだろう。.....俺がグレーターデーモンを滅す。」
「ヴァルダー!やめろ!!前に言っていた真の姿って奴に成る気だろ!お前、自分で言ってたじゃないか真の姿になると自らの身体を焼き尽くすって!!!!!」
....マジか!!じゃあこの宿主は死ぬ気なのか?
「......すまん、ダグ。だが俺はお前に死んでほしくは無い。」
そう言い俺の宿主は光に包まれ激しい熱が体の中で暴れ回っている感覚が俺にまで走る。
その感覚が治まると俺の宿主は身長も巨大化し美しく光輝く白銀の鱗を持つドラゴンになっていた。
腕を再生するために動きを止めていたグレーターデーモンが自分の右腕の再生を止め俺の宿主に襲い掛かって来る。
右腕でグレーターデーモンをなぎ払うと、ダンジョンの壁にグレーターデーモンが激突し体が半分ほど吹き飛んでしまった。それをゆっくりと確認したあとに魔力を口先に集中させると小さく火が迸る口を大きく開き巨大なブレスでグレーターデーモンを焼き付くす。
俺の宿主が巨大化してから殆んど一瞬の出来事だった。
....圧倒的な力だな....
そう俺が思っていた時、不意に力が抜け始めてきたらしくサイズが元に戻り始め宿主であるドラゴンが力無く地面に倒れこむ。
「「ヴァルダー!」」
2人が駆け寄って来る声と気配を感じるがそちらを向く体力も無いらしい。
この感覚は二度目だな....もうこの宿主であるドラゴンは死を迎え始めている。
「馬鹿野郎!!、俺はまだお前になにも返せていないのに....先に逝くな!」
ドラゴンを抱え抱きながら涙を流し続ける若きオヤジ様。
若いセリーヌさんはオヤジ様とドラゴンを見ながら声を出さず只泣き崩れているばかりだった。
「泣くな。俺はグレーターデーモンの右腕の一撃を受けた時、既に致命傷だった...それ以前にそろそろアイツがオレとの遥か遠い昔の約束を果たすために迎えに来る時期が近づいていたのだ。ならば同じ死を待つのなら俺を仲間と呼んでくれたダグやセリーヌの為に死にたい....。この俺の飾り羽根を持っていけ...、きっと役立つはずだ....」
頭に着いている飾り羽根を最後の力を振り絞り自分でむしると握られた飾り羽根を若きオヤジに手渡す。
ドラゴンの短く小さな手をオヤジ様が頭を振り涙を流しながら握り締め、今にも命が燃え尽きてしまいそうなドラゴンに言葉をかけた。
「俺はお前に恩を返せていない!俺はどうすれば...」
その先が言葉にならない若きオヤジ様にドラゴンが最後の言葉を言う。
「仲間の為に死ねる。これ以上の誉れ等無い。....お前たちの短き人生の旅に幸せなる最後を俺は願う..........そして、願えるのならば俺はお前たちの.................」