一章 元オッサン異世界で夢を見る 1
オヤジ様が今日旅立つ。
実際にはダンジョンの最寄りの町まで1週間、ダンジョンの攻略で3週間、この町に戻ってくるのに1週間の5週間の予定のようだ。
オヤジ様が見送る俺の頭をその職人の持つ大きな力強い手で優しく撫でる。
「必ず戻る。留守番を頼むぞジュエル。」
「はい!とと様。」
「大丈夫だよ、ジュエルちゃん。僕達もいるし雇う手筈の冒険者も手練れを雇えたんだから」
エメリッヒがそう言いジャンも頷く。
「師匠は必ずつれて戻る大丈夫だ。」
短くジャンも答える。
いつも思うのだがオヤジ様より喋らないなジャンは。
オヤジ様とセリーヌさんが真剣な顔で
「気を付けてね、ダグラス...。無事に帰ってくるのよ。」
「ああ。すまないが俺がいない間ジュエルの事を頼む。」
「大丈夫!ジュエルちゃんは私がキッチリ守るからダグラスは自分の仕事をしっかりやって来なさい!....無事に戻ってきてね。」
オヤジ様がセリーヌさんの言葉に頷く
「では行ってくる!」
残される俺とセリーヌさん、オヤジ様の弟子3人の5人で旅立つオヤジ様達を見送る。
俺は泣かないと決めてた筈なのに手を振りながらボロボロ涙が出る。
今生の俺、マジで乙女になってるやんけ。涙が止まらね~。
セリーヌさんが抱き寄せてくれるが涙が止まらね~、俺の涙が止まらないものだからセリーヌさんももらい泣きをしたようで少し涙目になりながら、「ジュエルちゃん、そんなに泣くと干からびちゃうよ」と若干の鼻声で言われようやく俺の涙は止まってきた。
うーん、やっぱりオッサン時代の記憶があるだけで完全に女の子だな俺。
オヤジ様達を送り出した俺はリーザと共に家の中の掃除をしていた。
掃除と言ってもオヤジ様も俺もあまり散らかさないし毎日掃除をしているから汚れてはいないけどな。
風呂場の掃除も終わったし、どうするかな?
書斎にでも引きこもるか。
「リーザ、書斎に行きませんか?」
と俺が言うと、足元に居るリーザが(ああ、我も書斎の出窓で日光浴をしよう。)と念話で答えてくる。
また寝るんだなリーザ...。完璧に猫の習性が染み付いたようだ。
俺が書斎に向かうために廊下を歩き出そうとするとリーザが俺の足に軽く体当たりをして先になって歩く。
書斎のドアを開けるとリーザは直ぐに出窓に行きお気に入りの座布団の上で毛繕いを始めた。
俺も本を読むか。本棚に行きこれから読む本を物色する。
おっ、この本面白そうだな!
魔導具の参考書を手に取ると椅子に戻ろうとするがその途中で本棚に羽根が何本か入っているガラス瓶があることに気付く。
オヤジ様が本を読むときに羽根をしおりがわりに使っていた事を思い出し俺もその中にある一本の青い羽根を取り出す。
机に戻り本を読み出すが窓から差し込む木漏れ日が気持ちよく途中でうつらうつらとしてきた。
強く揺さぶられる感覚がし、俺を呼ぶ声が聞こえる。
「起きろ、そろそろ追っ手が追い付いてきそうだ!」
目覚めると深い森の中で腰に2本の剣を下げた若い黒髪の冒険者風の男とまだ少し幼さの残る金髪の女が立っていた。
俺は周囲を見渡そうとするが出来ない、しかも喋っていないはずなのに「承知。」と低い声で目の前の2人に返事をした。
何が起こっているかはよく分からないが俺の意識だけこの低い声の持ち主の中にいるようだ。
「....来るぞ!」
若い冒険者が静かにそう言うと剣や斧など様々な武器を持った盗賊や山賊の格好をした奴等が10人位暗闇から襲い掛かって来る。
若い冒険者は手に握っている剣を振り、一人また一人と倒していく。
女の方も細みの剣を握っているがなにやら魔法の詠唱のような言葉を言いながらもう片方の手を突きだし火炎の玉を出現させ襲いかかる盗賊風の男を火だるまにしている。
俺と言えば青い鱗が見えるトカゲのような短い手で目の前の山賊みたいなやつを爪で引き裂いたりブレスを吐いて焼いたりしている。
俺の意志で体を動かしている訳では無いのでどうしようも出来ないが人間を殺すなんて元平和ボケ日本人にはスプラッターな状況だぜ。
どうやら俺達はこの盗賊みたいなやつらから襲われている様子だから相手に同情の余地もないが俺にとっては今の状況を見ていることすら拷問だぞ。
叫びたくても何が出来るわけでもないから大人しく考察でもしておくか....
今俺が入っているやつはチラリと視界に入ってくる腕の様子からトカゲ、もしくはドラゴンっぽいな。
サイズは視点の位置からそんなに大きくは無い。
せいぜい1メートル位だろう。
考察している間に残り3人になったが、周囲から木々から人の気配が増加する。
「不味いな、増援が追い付いて来たようだ!」
そう声が聞こえた瞬間、前の暗い木々の間から矢がこちらめがけて飛んでくる。
俺の入っているらしき生物が周囲に風を起こし矢を防ぎ吹き飛ばす。
暗い木々の間からかなりの人数が出現する。
皆鎧を装備していてどこかの騎士のような格好だ。
その騎士の中で一際立派な鎧と剣を下げている男が声を上げる。
「流石は、疾風の剣聖だ!殺すには惜しすぎる。俺に下るのならばお前の連れの女とブルーフェザードラゴンは見逃してやる!俺に下り部下になれ!」
「断る!」
若い冒険者が短く言い放つと同時に何かを投げる。
途端に眩しい光が発生し周囲の人間の視野を潰す。
ざわめく周囲の中、手を捕まれ[こっちだ!]と誘導される。
2人と1匹は暗い森を駆けていく。
「この近くにあるあのダンジョンに逃げよう!あのダンジョンを抜ければ隣の国に抜けられる!」
若い冒険者がそう冷静に言うと若い金髪女が声を荒げる。
「ダンジョン!?ダグラス、あなた正気なの!?」
「ああ、セリーヌ。奴等を撒くにはそれしかない!」
うん!?、ダグラスにセリーヌだと!?
若い時のオヤジ様とセリーヌさんか?
「ダグ、お前がそれしかないと言うのならば従う。」
俺の宿主が低くそう言う。
「ヴァルダー、すまない。頼むぞ!」
若きオヤジ様らしき人物が覚悟を決めているように言うと、若いセリーヌさんらしい人も諦めた様に
「あぁ~、もう!ダグラスもヴァルダーも勝手に決めて!...私も覚悟を決める!!」
そう叫ぶ若いセリーヌさんに若きオヤジ様は少し微笑み、手を取ると再び走り出す。