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#2 白の少女と黒の青年1

「はぁ、はぁ、はぁ」

 青年は、階段を駈け上っていた。息を切らしながら、大量の汗を流しながら。


 青年は、探していた。今の今まで、"彼"の存在を。


 今ならまだ間に合う。いや、いつだって間に合うのだ。自分が手を伸ばしさえすれば、"彼"は救える。そう思っていた。


 "彼"は、単なる被害者だったのだ。いつもいつも虐げられて、苦しんでいた。泣いていた。青年はそれをよく知っていた。


 ――だから。


 勢いよく屋上への扉を開け、青年は"彼"の名前を叫んだ。

「アキ!!」

 青年にそう呼ばれた"彼"――アキは、うっすらとその口元に笑みを浮かべて、その屋上の柵に身を預けていた。



 そして。

「もう、遅いんだ」

 アキは青年にそう言い放つと、柵の上に立ち、そして飛び降りていって。


 数秒後、"何か"が地面に勢いよく叩き付けられる音だけが、虚しく響いた。

 


「次のニュースです。サルピリア病の……」

 風が、寒い。夏澄かすみはテレビから聞こえる音に耳を傾けながら、何の気なしに庁舎の窓から顔だけを出し、ぼうっとしていた。

 晴れ晴れとした、関東特有の寒空だ。真っ青に晴れた空にはかすれた雲がいくつかある程度。そんな空模様を、夏澄はぼんやりと眺めていたのだ。


 だが、直後、

「おい。寒いのに窓なんざ開けるな!」

 案の定同僚から怒鳴られて、彼は仕方なく窓を閉めることにした。


 "大捕り物"があってから丸一日。夏澄は例の被疑者達の送検手続きに追われていた。それが今し方ようやく終わった所で、いつものようにぼんやりしていた訳なのだが、同僚にはそれが寒かったらしい。仕方ない。


 あれから一日経つ訳だが、あの能力者達は三人とも、一切何も喋ろうとしていなかった。

 夏澄も彼等の取り調べには立ち会ったが、どうやら親元の組織に相当な忠義がある様子だ。


 だが、彼等自身の容疑についてはもう固めるところまでは固めたので、起訴されるのは間違いないだろうし、あの検事達からそれで嫌味を言われることもないだろう。


 溜息一つ。ふと、時計を見てみれば、時間はもう昼の十二時を過ぎていた。こんなところでぼんやりしていても仕方ない。そう思った彼は、自分の机の隣に座っているせいの肩を叩いて口を開いた。

「……晟。ご飯食べに行かない?」

 晟は夏澄に無言で頷きを返し、席を立つ。いつも通りの態度に、夏澄は小さく笑ってから同僚達に声を掛けた。

「じゃ、昼休みいってきまーす」




 西暦2108年。少子化対策として移民受け入れ態勢が整った日本。それ故、都市圏の人口も大幅に増えることとなった。

 結果、各都市圏に東京都特別区と同様の特別区が設置されることとなり、結果"都"が全部で8つになった。それに伴って各都にある道府県警も警視庁に格上げされたのだ。


 その中でも東京警視庁は、それら8つ存在する警視庁のうち、最も歴史が長く、最も規模の大きい警視庁だ。

 そんな大規模な東京警視庁の中でも、彼等――阿久津夏澄と黒上晟の名を知っている人は、少なくはない。

 何故ならば、彼等は絵に描いたような好対照な二人であり、いい意味でも悪い意味でも目立つ人間だからだ。


 黒上晟は若手の多いPCDでも、25歳とかなり若い青年だ。しかし、その落ち着き払った態度と元々の顔立ちのせいで、とてもではないが25には見えないともっぱら評判だ。

 そんな彼はPCDの中でも屈指の能力者だと言われている。おまけにその精悍な顔立ちとすらりとした四肢が目を惹いて、彼に惹かれる女子警官もある程度はいる。


 差別や偏見の付き纏いがちな能力者も男前に生まれれば活路があるという現実は、やはり非情である。


 しかし、当の晟本人はといえば、そんな女子の視線を鬱陶しく思っているようだ。いや、晟が同性愛者とか、そういう事情は一切ない。

 ただ、彼は極めて寡黙でつっけんどんで朴念仁ぼくねんじんであるが故に、群れて長々と会話を楽しむような女性を一切理解できないし、他のある事情から避けがちなのだ。

 そんな事情を知らず彼に興味を示してアタックした女子警官達は涙を呑む結果と相成っていて、そろそろ女日照りの同僚達から夜道で攻撃されないかと夏澄は懸念している。



 そんな晟とコンビを組んでいるのが、この阿久津夏澄だ。35歳の彼は、晟と共にPCDの第6課に所属し、そこで主任を務めている。

 夏澄の性質は、晟とは極めて対照的だ。

 まず、身長は162cmしかない。184cmもある晟と並ぶとその身長差は歴然たるものだ。ちなみに夏澄は過去、晟に"たかいたかい"を頼んだことがあるが、代わりに念力で振り回された。

 その容姿も極めて平凡だ。いや、不細工ではないが美形とはとても言い難い。本人が『Z座標系が設定されていない』と評している程に、顔の凹凸が少ない。おまけにその眼つきは常に眠そうで、『寝不足ですか』と心配された話題には事欠かかない。


 そんな5段階評価で2から3の評価を貰いそうな容姿の夏澄であるが、その性質及び周囲から彼への評価は真っ二つに分かれる。

 一応、普段の彼は極めて"昼行燈ひるあんどん"という言葉がふさわしい人物であることに間違いはない。


 夏澄はマイペースで穏やか、そして誰に対してもフランクで優しい人物だ。

 だが、彼は基本的にどん臭く、ぼんやりした男だ。事実、先程も暖房の効いている部屋の窓を開けて同僚から怒鳴られていたぐらいだ。

 おまけにその好奇心だけは旺盛で、それ故に事態を深刻化させる事も多い。

 更にその浮世離れしていて飄々とした性格のせいで、周囲の神経を逆なでることもままある。


 ――阿久津"カスミ"とはよく言ったもので、かすみの如く掴みどころのないぼんやりした男だ。

 それが普段の彼に対する評価である。


 だが、彼が6課の問題主任かと問われれば、そうとは一概に言えないのが現状だ。

 事実、彼が携わって解決した事件は無数にある。

 その洞察力で、本質を突くどころか抉るような極めて鋭い一言を言い放つことも多い。

 頭脳だけではなく、その身体能力も決して劣るものではない。先日の事件でも、変身能力を持った能力者を難なく取り押さえた。


 東京警視庁屈指の問題児か、はたまた史上最強の切り札か。その答えは霞の如く、掴みようがない。



 冷静沈着なサイキッカ―、黒上晟。そして名の通り霞のような警官、阿久津夏澄。見た目も容姿も正反対だが、何故か気が合う二人だ。


 夏澄はぼんやりと空を眺めながら、気の抜けた口調で晟に問いかけた。

「お昼、何食べようか? ラーメンでいい? 寒いしさ」

「構わない」

「やっぱり冬は味噌だよね」

「塩の方が美味いだろ」

 そういえばこいつは塩派だったか。その事実に夏澄は思わず眉根を寄せた。いくら気が合っても、ラーメンの好みは合わないようだった。


 夏澄はふと、近くの景色に視線をやった。


 警視庁のある霞が関の辺りには緑が多い。近くには公園もあるし、街路樹もかなり植わっている。

 人工光合成が成功し、光合成のエネルギー効率を遥かに上回る技術を手に入れた人類であっても、やはり木々を見ると癒される。

 道路には車も走っているが、ほとんどが液化天然ガスや水素電池を利用し、フィルタも高性能なもので、二酸化炭素や酸化硫黄、酸化窒素の心配をする必要は皆無だ。

 更に車は大抵人工知能による自動制御で走っているため、自動車事故もほとんど起きない。


 これだけ聞けばまさに理想郷。人類の英知が自然環境に勝利した結果だ。

 しかし、何年経とうと人間は人間であって、だからこそ、夏澄達には仕事が存在しているのも事実だ。


「……ん?」

 夏澄がそんなことに想いを馳せている時のこと。彼は自分の携帯通信機器が反応していることに気が付いた。

 前をスタスタと歩く晟には申し訳ないが、一旦立ち止まってそれを見てみれば。

「あ。有紀ゆきからだ」

「……何だ?」

 夏澄の言葉に、晟も反応を示した。

 有紀ゆき。夏澄の恋人の名前で、晟とも面識のある人物だ。

 かれこれ長いこと付き合っているが、お互いの仕事の都合上、どうも同居にも入籍にも踏み切れていない。だが、夏澄は彼女のことは常に想い続けているし、彼女も自分を想ってくれていると考えている。


 久々の彼女からのメッセージに、夏澄の心臓が嬉しさで僅かに跳ねた。

 中身をすぐに確認してみれば、今夜の食事のお誘いだ。

 幸いにも明日は非番で、今日も大きな仕事が一つ片付いたので五時には帰れそうだし、安心して彼女と会えそうだ。久々にのんびり話も出来るだろう。

 夏澄は、嬉しさを隠せなかった。即座にメッセージに返信し、ガッツポーズ一つ。


「いよっし!!」

「……いいニュースみたいだな」

 そんな様子を見ていたのか、晟は小さく肩を竦めてから、夏澄に笑いかけた。

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