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#1 眠らない夜3

 一度は晟の被疑者確保の知らせで沸き上がったものの、事態はそう楽観できる状況ではなかった。


 一人、能力者がドサクサに紛れて逃げたらしい。


 晟達が三人の逃走犯を連れてきた直後、一人の隊員のそんな報告に耳を傾けていた夏澄は、特に気にする気配もなく関心も抱かず、素っ気なく「ふぅん」とだけ返した。


 課長は逃走犯を見に行っていて、その場には夏澄と隊員の二人しかいなかった。

 課長不在のせいで隙だらけな夏澄の態度に呆れたのか、隊員は焦りを滲ませて口を開いた。


「『ふぅん』じゃありませんよ。課長に聞こえたらまずいじゃないですか」

「……課長に聞こえなくても、まずいことに変わりはないんじゃないかな?」

 とは言いつつも、夏澄は特に焦らず、むしろ携帯用パイプ椅子に腰かけて足をぶらんぶらんと振っていた。完全に気が抜けきっているようにさえ見える。


「まあ、周囲はまだ封鎖されているし、能力者とはいえ数には勝てないでしょ。気にする必要はないよ」

 おまけにそう言いだす始末。隊員は溜息を一つ吐いていた。


 しかししばらく経ってから、夏澄は何を思ったのか。彼はおもむろに立ち上がると、隊員の肩を叩いてから口を開いた。

「……それとも、だ」


 きょとんとした表情を浮かべる隊員。夏澄の表情が、その瞬間、にやりと笑顔で歪んだ。

「君にとっての"不都合"があるのかな?」

「……っ!!」

 隊員が焦りを表情に浮かべ、夏澄に電撃銃を向けたが、時既に遅し。


 ぐるん、と。隊員の身体が、一回転した。


 夏澄の小柄な体をうまく利用した、見事なまでの背負い投げだ。隊員の身体が勢いよく地面に叩き付けられた。

「はーい。最後の被疑者確保ー」

 朗らかな声を上げ、能力者用の手錠を取り出した夏澄は、その隊員に化けた女の両手に手錠を掛けた。


 こんな二人っきりの状況だ。この能力者は夏澄を襲って気絶させ、彼に化けて逃げるつもりだったのだろう。

 しかしそこは夏澄の方が上手うわてだった。

「いつから分かっていた……?」

 女が悔しさをにじませ、夏澄に話しかける。彼はまるで子供が勝負ごとに勝ったような、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「最初、突入した時から……って言ったらどうする?」


 夏澄には、分かっていた。能力者が何人いるかも。そして、その能力者の詳細も。

 一人は獣化。もう一人は発火能力。そして、最後の一人は変身能力。

 故に、変身能力持ちには一番気をつけるべきだとも夏澄は予測していた。恐らく突入に乗じて隊員達になりすまし、ドサクサに紛れて逃げ出すであろうことも分かっていた。

 だから、罠を打った。


 ――今のところ12人中9人、か……


 突入の際、次々と上がる報告を聞きながら夏澄が言った言葉だ。

 この『確保された9人』の中に、変身能力の彼女は含まれていなかった。むしろ、この女は身柄を確保されずに変身したのだとすぐ気づいていたのだ。

 あの現場で逃げ出し抵抗したのも、偶然にも同じく『3人』だったが、一人の非能力者は手錠を掛けられた状態で逃げ出した。

 つまり、その非能力者については『一度身柄を拘束された』と夏澄は把握していたし、夏澄は『確保されていない3人は全て能力者である』と思っていた。

 晟からの報告を聞いたときも、全員捕まえたなどとは夏澄は微塵も思っていなかったのだ。

 周囲は封鎖されている以上、彼女は逃げはしていない。どこかに必ず潜んでいる。夏澄はそう警戒していた。


 そこに、この隊員に紛れた女が来たわけだ。課長が人質にされるとまずいため、彼には表に出て行ってもらって、自分が女と二人っきりで対応することにした。

 恐らく自分を始末し、自分に化けてこの女は逃げるだろう。その確証もあったし、取り押さえる自信もあった。


 夏澄は倒れた女を立たせると、彼女を車へと乗せるため、その腕を掴んで背を押した。

「貴方、一体何者なの……?」

 女の問いに、夏澄は何処かしらばっくれたように肩を竦めてから、一言。


「僕? ……しがない一介の警察官だよ」

 そう語る彼の顔は、悪戯の好きな子供の表情だった。



 その後、更に本庁から刑事がぞろぞろとやってきて、現場の捜索を行っていた。どうやら現場の確認と、証拠品の押収にやって来たらしい。

 夏澄もそれに加わろうかと思ったが、『お前がやるとヤクをぶちまけそうで怖い』と同僚に言われて止められた。


 それで、夏澄は現在、不服の表情を浮かべて押収現場を見物している状態である。

 しかもさっき薬物の入った大きな袋を持って『末端価格いくらぐらいするのかな』などと呟いていたら、他の刑事から突然拳骨を食らった。

 おまけに、『それ売り飛ばしたらタダじゃすまないからな』などと言われ、夏澄は不服で不服で仕方がない。

 ちょっとぐらい自分に見せてくれたっていいのに、逮捕したのは自分なんだからそれぐらいいのにと夏澄は思う。だが、何せ『どんくさい男』扱いを受けているので肩身は猫の額よりも狭い身分だ。


 もっとも夏澄が今回課長の指揮にしゃしゃり出た罪については、最後の被疑者を確保したことで相殺されたので、それについては満足だったが。


「……何むくれてる」

 後ろから突然聞こえた声。夏澄がそれに振り向いてみれば、そこには晟がいた。夏澄はまるでいつもの遊び友達を見つけた子供のように嬉しそうに笑うと、彼に軽く手を振った。

「いや別に。ちょっとどつかれちゃっただけ」

「何してんだよ」

 夏澄はごまかすようにあははといつもの笑いを浮かべてから、さらりと話題を変えることにした。

「晟、そういえばお手柄だったね」

 晟はそれを聞いても特に気にすることは無く、むしろ一言。

「お前こそお手柄だったって聞いたぞ?」

 前もって晟をあの場所に待たせ、逃げ出した被疑者達に車を使わせ、晟が待ち伏せする場所へと誘導したのは夏澄の仕業だ。それに、最後の一人が警察に紛れていることに真っ先に気づき、捕まえたのには彼の功績が大きい。


 夏澄は晟の言葉に嬉しそうな笑いを返すと、彼の肩を叩いた。

「いやいや、君の方が凄いよ」


 いつもの夏澄らしい褒め言葉。それに、晟も小さく笑みを浮かべていた。


 これから被疑者の調書作成や、証拠の鑑定が始まる。猫の手も借りたい状況になるだろうし、恐らく夏澄もまたその手の処理で駆り出されることになるだろう。




 今夜も、彼等の夜はもう少しだけ長く続きそうだった。




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