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#1 眠らない夜2

 風が、冷たい。地上に吹いていた風はこの屋上ではびゅうびゅうと勢いを増し、身を切る勢いだ。

 しかし、その風の冷たさが逆に心地よい気がした。

「了解」

 相棒――夏澄の説明に晟は短く返事をして、一旦通信を切ると空を仰いだ。

 今晩は、"飛ぶ"にはいい天気だ。


 晟は地面を軽く蹴り、宙へと身を投げ出した。


 氷のような風を受けて落ちる身は、重力を受けてどんどん加速していく。

 迫りくる地面が見えてきたところで、晟は手を地面に向けた。瞬間、彼の身体がふわりと浮き、彼の身体は空を舞った。


 風を受けたその身体は自在に空を飛び、滑るようになめらかに、風を纏って進んでいく。

 月の明かりが彼の背を金に照らし、風が彼に翼を与えた。


 冷たい風が、頬を切る感覚。それさえもが心地よく感じた。


「……見つけた」


 風を受けて空を飛ぶ中で見えた、一台の車。それを金の双眸そうぼうに捉え、晟は小さく微笑む。


 まずは、距離を詰めることだ。


 晟が近くに見えるビルに手を伸ばす。刹那、彼の身体はそのビルに大きく引かれ、猛スピードでビルへと突っ込んだ。

 激突しそうになる寸前に別のビルへと手を伸ばし、再びそのビルへと突っ込む。

 そして激突する寸前に、また別のビルへと手を伸ばす。念動力テレキネシスによる高速移動だ。


 ビルからビルへ、ジグザグに進みながらも晟はその眼にターゲットを捉えていた。


 車vsバーサス超能力者のチェイスは、追跡者である晟の高速移動によりあっという間に車に追いついていく。

 何度目かの高速移動の後、晟は自らの身体を念力で旋回させ、滑空での移動に切り替える。そして車の真上に来たその瞬間、彼はその手を車へと向けた。


 それと同時、車体がふわりと浮かんだ。宙に浮き、止まる車。タイヤだけが虚しく空回りするだけだ。

 それを眼で確認した晟はホルスターに差した電撃銃を抜き、ふんわりと宙がえりをすると、止まる車の前に立ちふさがるように地上へと舞い降りた。


「……抵抗しないでもらおうか?」

 車のフロントガラスに向け、銃を突き付けて低い声で言い放つ。向こうにこの声が聞こえているとは思えない。しかし、この行為に何の意味があるかは、被疑者たちも分かっている筈だ。

 車のドアが開き、ぞろぞろと三人の人物がその中から出てきた。

 一人は女。残りは男。女は小柄で20にも満たないぐらいの年齢だ。一人の男は大柄で、晟よりはるかに背が高く頑強だ。もう一人の男は小柄でやせっぽち。好対照だなと思いながらも、晟はその銃を下げることはなかった。


「動くな。……抵抗は罪を重くするだけだ」

 繰り返し、晟は警告をする。

 被疑者たちの背後からは既にけたたましいサイレンが間近に迫ってきていて、逃げようなどない。

 しかし目の前の被疑者たちは特に投降するようすもなく、こちらをじっと睨み付けていた。

 どうやら、この場所に立ちふさがっている自分を倒して突破するつもりらしい。


「警告は、したからな?」

 晟は、低い声で呟いた。


 その時、大男の身体が異様に膨れ始めた。ぼこり、ぼこりと音を立てそうな勢いで筋肉が増え、毛がぼうぼうと生え始める。どうやら、彼が夏澄の言っていた獣化能力者のようだ。

「グアアアアアアアアアアッ!!」


 耳をつんざくほどの咆哮ほうこうと共に、男の上半身は獅子となっていた。

 両手からは鋭く黒い爪が見え、口からは白い牙がちらちらと見える。見るからに強そうだ。


 しかし晟はといえば、特にそれを気にする様子もなかった。むしろ嫌そうに溜息を一つ吐く。


 そんな中、晟の頬真横を拳銃の弾が通り過ぎた。

 見れば小柄な男が拳銃を構え、撃とうとしていたのだ。どうやら僅かに焦っているようで、晟には弾が当たらず逸れたらしい。


「………………」


 警告は、した。計三回した。にもかかわらず、連中は文字通り牙を剥き、自分達に襲い掛かろうとしている。

「俺達の邪魔をするなあああああっ!!」

 獣の男が吠えながら、その鋭い爪を晟に向け、飛び掛かる。


 しかし晟は呆れを滲ませた表情を浮かべ、空いている左手の関節をぱきぱきと鳴らしてから、その手を獣の男に翳した。


 ぴたり、と。飛び掛かった瞬間の姿のまま、宙に浮いたままで停止する、獣の男の身体。

 これには獣の男も心底驚いたようで、じたばたと宙でもがこうとするが、それさえ敵わない。若い女も、小柄な男も、その光景には驚きを隠せていなかった。


 その状態で晟はインカムを左手で口元に寄せると、ぼそりと一言つぶやくように、夏澄に話しかけたのだ。


「もう暴れてもいいよな? 夏澄カスミ


「……始末書書かされない程度にね?」

 インカム越しに聞こえた夏澄の声に、晟は小さく笑みを浮かべると、そのまま左手の人差し指をすっと左へと動かす。


 それと同時に、男の身体が弧を描くように左へと吹き飛んだ。まるで、晟の左手の動きがそのまま獅子の男に伝わっているように。

 どん、と重い音と共に、地面に勢いよく叩き付けられる獅子の男の身体。地面はアスファルトだ。ダメージは大きいに違いないが、まだ気は失っていない様子だ。

 晟はその左手の指を、小柄な男へと向ける。今度は、獅子の男の身体が物凄い勢いで小柄な男の方へと飛んで行った訳で。


「ちょ、おい! 来るな!!」

 小柄な男の悲鳴。男は仲間目掛けて拳銃を撃つわけにもいかず、容易く獅子の男の下敷きになってしまった。


 これで、二人無力化した。獅子の男は完全に伸びているようだし、小柄な男は彼の下敷きになって動けそうにない。

 残すはあと一人。


「……最終通告だ。抵抗はやめろ」

 晟は電撃銃を右手に構えながら、最後に残った少女へとじりじりと近寄って行った。

 少女はため息を一つ。諦めを含ませて静かに両手を挙げる。


 だが、彼女のその眼だけが異様なまでの"敵意"を含んでいることに、晟は気が付いていた。

「……なーんて」

 ぼそりと一言、目の前の少女が呟いたその瞬間、晟の目の前が橙色に輝いた。

 至近距離で大きく爆ぜ、燃え上がる炎。嫌な予感を感じていた晟は咄嗟に自らの身体を吹き飛ばし、距離を取らざるを得なかった。


 ――熱い。少女の周りに燃え上がる炎が、晟の行く手を大きく阻んだ。炎のせいでじりじりと周りは酷く熱く、地面の舗装さえもが融け始めていた。それに、炎から発する輻射熱のせいで、彼女に近づけそうにさえない。

 念動力で身体を浮かせ、上から近づくという手もあるだろう。しかし、炎は基本的に上へ上へと燃え上がるものだ。上を飛べば自らの身体が消し炭になってしまう。


 その上、目の前の少女は一切容赦をするつもりはなかったらしい。


 チリ、と。突如後ろから感じた異様な気配に晟が伏せたその瞬間。

 鼓膜を底から震わすような轟音と共に、彼の真上で炎が燃え盛った。


「クッソ……!」

 あとコンマ数秒遅かったら、それこそ頭をまっ黒こげにされていた。何とか立ち上がり、逃げ出す少女を追いかけようとした矢先。

「アハハハハ!! 焼けちゃえ!!」

 ぼん、と音を立てて、彼のすぐ数メートル隣に火柱が立った。今回も何とかすぐに回避したから火傷も何もなかったものの――ハッキリ言って始末に負えない。

 念動力で吹き飛ばされて伸びた男とそれに下敷きにされた男の確保はやって来た同僚達に任せ、晟は少女を追いかけた。



 ――このガキ。手こずらせやがって。


 晟が心の中で悪態を吐いたその時のこと。

「晟! 炎には無重力だ!!」

 夏澄の声が、インカムから聞こえた。晟は、一瞬意味を飲み込むのにとまどったものの、その後すぐに真意を理解して、思わず微笑む。


「……分かった」

 逃げ出す少女を追いかける為に晟が地面を蹴ったその刹那。再び狙ったように炎が、上がる……


 ……筈だった。


「……へ?」

 目の前の少女は、気の抜けたような声を上げて驚いていた。


 当然だ。橙色に燃え上がる炎が、ぼんやりとした青色の丸い球となり、消えてしまったからだ。

「ちょっと待て! どういうこと!!」


 慌て、叫ぶ少女。まさかこんなことに遭遇するとも思わず、その表情には焦りが浮いていた。

 だが、それを見逃してくれる晟ではない。すぐさま彼は左手を動かし、少女の腕を念動力で拘束する。

「……!!」

 ようやく事態を飲み込み始めた少女が、次の炎を燃え上がらせようとしたその瞬間を狙って、晟は彼女の足元を指さした。

「しまっ……!」

 少女が声を上げたその時には、既に遅すぎた。まるで重力を失ったように彼女の身体は派手に浮き上がる。その隙を狙い、晟は右手に持った電撃銃を撃ち放った。


 バチィ、と大きな音を立てて、少女の身体に走る電流。仕組み自体は詳しく解明されていないが、一定の電撃により能力者は超能力を一定時間行使することが不可能になるのだ。


 感電して落ちてきた少女の身体をそっと受け止め、晟は溜息一つ。


 ――晟! 炎には無重力だ!!

 あの言葉が無かったら、埒が明かなかった。晟はそれをひしひしと感じていた。


 力は、加速度を与えるものだ。古典物理ではそう定義される。重力も加速度であり、それ故重力と逆方向の力が加わると人為的に無重力の状態を作ることができる。

 古いエレベーターに乗り、目的の階に着く直前になるとふわりと浮く感覚がある。あれも"慣性力"という力が上向きに働くために、重力をいくらか打ち消すためなのだ。


 そして無重力の状態では、炎というのは丸く青く燃えるのである。

 炎が燃えると上昇気流が発生するために炎の下部から酸素が供給され、上向きに燃え上がる。しかし、無重力状態になるとこの上昇気流が発生しなくなるため、酸素の供給速度が一気に下がり、丸くなって炎の温度も下がる。そして、炎の色も薄暗い青色になってしまうのだそうだ。

つまり晟は念動力で力を上向きに与えることで、人為的に無重力状態を作り出し、炎の威力を弱めたのだ。

 条件さえ良ければ無重力状態でも炎は燃え続けるが、今回は偶然にも消えてしまったようだ。

「全く、助かった……」


 少女の身柄を確保したことで、緊張の糸が切れそうになったが、まだ仕事は終わっていない。少女の両腕に手錠を掛けると、晟はインカムに向かって口を開いた。


「逃走中の被疑者、三名全員確保しました」


 その報告が、どうやら皆に聞こえたらしい。インカムの向こう側から、どっと歓声が沸き上がった。

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