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#1 眠らない夜1

 都会の喧騒。煌々と輝くLEDの光。星がその輝きに気後れしているのか、星は一切輝いていない。

 真っ黒な空と薄墨色の雲。月だけが空に爛々と輝いている。


 その黒い空気は冷たくて、意外にも澄み切っていた。

 白い吐息を吐き、肺いっぱいにその空気を満たす。肺の隅々まで行き渡る冷たい空気は彼の鼓動を早めさせ、血の流れを感じさせた。


 電気の消えた高層ビル。その頂上に青年は独り、立っていた。

 

 風に僅かに揺れる、黒いベリーショートの髪。黒い戦闘服らしき服装に身を包み、いくつもの装備を付けている、背の高い青年。

 しかし、それより何より目を惹くのが、青年の鋭いその眼だった。まるでその空に輝いている月のように、金色の瞳を湛えたその眼差しは、何もかもを見通すような鋭い眼光を帯びていた。


 遠く遠くに見える、小さな米粒のような人々の姿。きらきらと輝く街灯。ビルの明かり。それらを網膜に焼き付け、彼が深い笑みを浮かべた時。


「セイ。作戦開始まであと僅かだ」

 耳にしたインカム型の無線から聞こえてきたその声に、セイと呼ばれた青年はゴーグルを掛けた。



 西暦、2108年。エネルギー問題、地球温暖化問題等の数々の問題を、科学の進歩により克服した人類たちの住まう地球。疫病、不治の病さえもをほとんど克服する一方で、その貧富の格差は広がるばかりであった。

 ある経済評論家は『パイを分配するには人が多すぎる』と言った。またある政治家は『パイが分け与えられないのは、富裕層がそれを分け与えないせいだ』と言った。


 しかし、何であろうとこの極東屈指の都市区である東京に、貧困のせいで犯罪者が溢れかえっていることに間違いはないのだ。


 青年――黒上くろがみ せいは、この都市を守る仕事をしている。今日の仕事は違法ドラッグ密売メンバーの身柄の確保だ。

「メンバーの連中は絶対に逃げ出す。君にはそいつらを一人も残さず捕まえてほしい」

 作戦の打ち合わせ中、相棒が言った言葉。それを思い出し、深く息を吐いた。


「カスミの奴、相変わらず無茶を言う……」


 確かに無茶であるが、あの男――カスミのことだ。出来ないことはこちらには要求しない。

 そもそもそれぐらいの意識で挑まなければ、この作戦は水の泡だ。


 晟が独りごちるその言葉は、白い息と共に闇の中へと掻き消えていった。


 今日は殊更冷え込む日だ。いくら科学が発展しようとも人が気象を操作する技術を会得しないのは、屋根を作ったほうが早いからだと聞いたことがある。しかし、こうも寒いと天候操作ぐらい出来ないかなと思ってしまうのが人情だ。


「ご苦労さん」

 覆面車両から降り、近くにいた部下にねぎらいの言葉を掛け、男は寒さでコートの襟を立てた。

 東洋人特有の真っ黒な髪と真っ黒な瞳。そして凹凸の少ない顔。

 だが何より特徴的なのが、その眠たげな眼。その眼は、優しい笑顔を常に湛えているようにも見える。

 しかし、その真っ黒な瞳の奥には、常に何かを諦めているような、酷く冷めたものがあった。

 身長170cmにも満たないその小柄な男は、インカムを付けると空を仰ぎ、とあるビルの屋上を見た。

 遠い遠いビルのてっぺん。そこに黒い人影――もっと詳しく言うとよく見知った青年がいることが、男にはよく分かった。

「セイ。作戦開始まであと僅かだ」


 男はインカムに向けて口を開く。その言葉に、ビルの屋上にいる青年がゴーグルを着けたのが見えた。


 一応すべての逃走経路は封じてある。

 この現場にいるグループの人数は12人。そのうち能力者は3人。それも分かっている。

 対して、動員しているこちらの人数はそれを遥かに上回っている。奇襲を掛けて包囲すれば、捕まえられない人数ではない。

 "能力者"への対策も行った。突入を行う隊員の所持する銃は、能力もろとも被疑者を無力化する電撃銃だ。いざという場合に備えて、非能力者の隊員の防護服も頑強に作ってある。


 "能力者"。半世紀程前から確認されるようになった、『人間には及ばない力』を持つ者のことである。

 要するに『超能力』と俗に呼ばれている物を持つ人間たちのことであり、彼等は能力を持つ以外は普通の人間と変わらないのだ。

 しかし、能力者第一号が発見された状況や、その能力の異様さから未だに差別や偏見が付き纏っているのが現状だ。


 それ故、中には仕事につけなかったり、結婚できなかったり、謂れのない差別を受けたりする人も少なくはない。最終的には働き先を求めて、裏社会の住人になる者もいる。

 そして、遂に警察が対策に乗り出した。


 警視庁刑事部 超能力犯罪対策課。通称"PCD"。Psychic Crime Divisionの略で、能力者が被害者及び加害者の場合に動く組織だ。

 そこにこの小柄な男――阿久津あくつ 夏澄かすみと、先程の青年――黒上 晟は所属している。


 犯罪者となった能力者たちを捕まえることは、夏澄にも晟にとっても喜ばしいものではない。だが、誰かが対策を練り、検挙しないことには犯罪の温床を増やすことになる。

 そして、そういう能力者から金を巻き上げているのは全く違う組織であることが多い。そういう連中を叩く為にも、自分達が動かねばならないのだ。


 夏澄もコートを脱ぎ、防弾チョッキと拳銃を装備することになった。彼は隊員達の状況把握と現場指揮の為に、近くから眺めていることになったが、『念のため』と言われて持ったらしい。


 彼は近くにあった携帯用のパイプ椅子を広げ、それに腰を下ろすと傍に居た指揮官であるPCDの課長に話しかけた。

「全員配置についたようです」

 課長は頷きを返すと、モニターに映る隊員たちの動向を再び見ていた。どうやら彼が『突撃』の合図を出すらしい。夏澄は何か他のことを考えているような雰囲気で、それをぼうっと見つめていた。


 被疑者たちが根城にしているのは、古い倉庫だった。湾岸地域にあるもので、中は開けている。恐らく奇襲を掛けて電撃銃さえ突き付けられれば、抵抗せず逮捕される人間は少なからずいる筈だ。


「突撃!!」

 指揮官の声が聞こえてきたことで、モニターに映る隊員たちが一斉に犯人のアジトへと乗り込んでいく。

 蹴破られるドアの音。ばたばたと慌てる犯人グループの足音。どうやら奇襲そのものには成功したようだ。

「警察だ!」

「被疑者確保!!」

「こちらも確保!!」


 次から次へと上がる『被疑者確保』の声。

「今のところ12人中9人、か……」

 緊張の汗まみれでモニターを凝視する課長の後ろで、夏澄はぼそりと呟いた。

 これでは晟が出るまでもない。取り越し苦労だったのか。これは順調、というべきか。それとも出来過ぎというべきか。

 夏澄がその行方を案じていたその時のこと。


 何かがごうと燃える音が、置いてあったスピーカーから聞こえたのだ。

「うわぁっ!!」

「貴様! 抵抗はよせ!!」

 隊員の悲鳴。怒号。何があったのかは、すぐに予測が付いた。


発火能力パイロキネシスか……!」

 夏澄はすぐさま課長からスタンド式のマイクをひったくり、驚く課長の代わりに出た。

「怪我人は?」

「今のところ確認中ですが、火傷を負ったのが一人……」

「そうか。逃走したのは能力者が2人と非能力者が1人……そうだな!? 片方はパイロキネシス持ち、もう片方は恐らく獣化能力者。非能力者は手錠を付けたまま逃げた。違うか?」

「え、ええ……」

 何故、それが分かる。そう言いたげに肯定の返事をする隊員の声を聞いて、夏澄はため息を吐いた。予想通りの結果だ。

「とりあえず手当に隊員一名が付き添え。あと、今確保している被疑者を車まで。能力者は優先的に逃走犯を追え」

「はい!」


 無事だった隊員達が装備を確認し、逃走犯を追い始める音が聞こえたところで、夏澄はマイクから離れた。

「阿久津! 俺の指揮だって言ったじゃないか!」

 課長の注意に聞く耳持たず、夏澄は晟に通信をした。残念だが、今は課長の小言を聞いている場合ではないのだ。

セイ。聞こえるか?」

「俺の話を聞け!!」

 夏澄が言葉を無視したためか、怒鳴る課長。夏澄は手で『ごめんなさい』と謝りながら、晟と話を始めた。

「能力者が二人。非能力者が一人逃げた。能力者はパイロキネシスと、獣化だ。おそらく車を使って逃げるに違いない。というより、そういう風になるように僕が誘導した。……君の居る方向から北に道路がある。十中八九そこに走ってくる。……あとは、いいな?」

「了解」

 短く返す相棒の声に、夏澄は小さく笑みを浮かべた。

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