ふたりの朝食
ある朝のメルセデス号の風景です。
寝癖を直しつつ食堂のドアノブに手をかけた瞬間、廊下の角からヨイクが現れてコルガーの腕をがっちりつかんだ。
「ちょっと待った!」
ヨイクは小声で言い放ち、コルガーの手を引っぱって廊下の角を曲がる。そこには息を潜めているヒリールの姿もあった。
「……朝っぱらから二人で何やってんの」
コルガーは大あくびをしながら訊ねる。
「ふっふっふ、愛と友情の朝食大作戦よ」
「愛と友情?」
「今、中でユアンが一人で紅茶を飲んでるの」
「だから?」
「あ、来たわ!隠れて!」
「は?何うぐぐ」
ヨイクに口を塞がれたコルガーは彼女の視線の先に廊下を暢気に歩いてくるギーヴの姿を見つけた。ギーヴは眠たげに目をこすり、思わず殴りたくなるようなスローモーションで食堂に入って行った。
「ユアンと猊下が何なの?」
ヨイクが手を放したのでコルガーはすかさず訊ねた。
「あのふたり、仲悪いでしょ。まあ、何事も即断即決即行動のユアンと、あの猊下じゃ人生のテンポも違うんでしょうけど、私はもう少しあのふたりに仲良くして欲しいわけ。狭い船の中で一緒に生活しているわけだしね」
「はあ、まあ、確かに。でも、ふたりとも大人なんだし放っておけば……おい」
ヨイクとヒリールは忍び足で食堂のドアの前まで行くと、小窓に張り付いて中を覗き始める。うっかりつられてコルガーも同じ行動をとった。
「おはようございます、猊下」
ユアンは読んでいた新聞から目を上げてギーヴを見た。
「あ、リプトン君、おはよう」
ギーヴはふわふわとした声で応じてユアンの正面の席につく。
「君はいつも早いんだねえ」
「ええ、まあ」
「…………」
「…………」
「あ、そのポットの紅茶、俺にもくれるかな。君の淹れる紅茶、おいしいんだよねえ」
「どうぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのさあ、犬と猫ならどっちが好き?」
「犬です」
「そうなの?俺は断然……あ、アダムさーん、砂糖、砂糖がきれちゃったよー」
「…………」
「あれ?何の話してたかな?まあいっか、ところでリプトン君って靴はエディンバラで買うの?どこの店で……聞こえてないのかな、アダムさーーん」
「…………」
「困ったなあ。俺、砂糖がないと紅茶が飲めないんだよねえ」
「…………」
「ああああ俺は砂糖がないと生きていけな」
がたん!と音を立ててユアンが立ち上がる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………リプトン君?」
訝るギーヴにユアンは極上の笑顔をつくった。
「…………いい砂糖があるので、部屋から取って来ます」
ユアンはテーブルを離れて扉に突進した。コルガーとヨイクとヒリールは慌てて扉の前から飛び退く。
「…………」
廊下に出て勢いよく扉を閉めたユアンは三人の姿を見つけて凶悪な顔をした。
「お、おはよう、ユアン」
苦しまぎれにヨイクがにこっと笑う。ユアンは少女たちを見下ろし、目を閉じて大きなため息を吐き出した。
「……今度やったら怒るぞ」
あっという間にその場を立ち去るユアンの後ろ姿を眺め、コルガーはつぶやいた。
「ユアン・リプトン、大人だ……」
だが、ユアンが砂糖を手に食堂へ戻って来たのは一時間後であった……。
ほとんど二人きりのシーンのないギーヴとユアンの会話ってどんな感じなんだろうと書いてみました。