召喚された熊ライダー
煉瓦積みで造られた館の一室、円状に複雑に描かれた文字が一つ一つ光りだす。
それらは鈍く暗く光り、さながら蛍の様に常闇の部屋に照らし出す。
その円状の前に膝を付いて座るのは、白鳥の衣を模した衣類を着込んだ少女。
生糸の様に細く、金の様に美しく輝く金髪をなびかせて、祈りを掲げる様に両手を絡ませる。
少女が小さく呟く言葉は、まるで呪文の様に、決められた法則に当て嵌める様に発する。
その言葉は、東洋の言葉や西洋の言葉ではない、それはまるで原初に存在した様なモノ、人間が存在する前に作られた神代の時代に使われていた言葉の起源。
その言葉を区切るたび、円状に描かれた文字が一つまた光りだした。
一つ一つの言葉を口にする事、実に二十五回、円状の文字は全て埋まり鈍く光っていた光が雷光の如く光り出し、地面に描かれた文字が螺旋を描くように回り始める。
「―――来て、戦死者」
最後に、少女は誰にでも理解出来るような言葉を言い放ち、円状の文字は二次元から三次元に介入してくる。
浮き出てきた文字は、乱雑に並びつつ、それで居て円の辺りに保つ。
少女は祈りを続ける、その文字が一つ消える度に、また少女は言葉の詠唱を行う。
一つ。一つ。一つ。
まるで言葉が力を持つかの様に、文字から紅い鱗分が舞い上がる。
その鱗分は大きく舞い上がり、空間に存在しない何も無い所に付着する。
鱗分の粉の量は、文字から出てきた面積よりも多く、質量も明らかに超えている。
一つ舞い上がる度にその空間から輪郭が出現する。
それは顔、人間として仮定したのならば、鱗分が張り付いた頂点が頭部と言えるだろう。
そして次々に文字から生まれた鱗分が付着していき、やがてそれは人の形を模してくる。
紅い鱗分はやがて肌色に変わり、黒色に変わり、臙脂色に変わり、銀色に変わり、様々な色へと変化していく。
そして映し出されていくのは一人の人間。
服装は焦げた色をした鉄の様な板を体に巻きつけ、腰には定規の様に長く細い棒、肩に担ぐのは自分の体格よりも一回り大きい鉄切れ。
それらは様々な名前を持つが、格好からして言えば、兵士、として見えるだろう。
実際は甲冑、日本刀、鉞と呼ぶ戦の為の武具だが、未だ祈り続けている少女には知る由も無いだろう。
「―――何処だ、ここは」
低い声色。
中性的な顔立ちで分からなかったが、声からして性別はどうやら男らしい。
長い髪を縄で一つに縛り、華奢な体の為か女性として判断してしまいそうな程の妖艶さだ。
青年は辺りを見回し、目の前に祈りを捧げる少女を見つける。
祈りを捧げている姿は、さながら自分が仏に成ったかの様と思い込んでしまう程だ。
しかし、青年はその少女の祈りを妨げるように声を掛けた。
「娘、此処は何処で、娘は誰ぞ?」
少女は目を開き、円状の真ん中に立つ人間を見入る。
何処かおっとりとした雰囲気で、にっこりと笑った。
「始めまして、戦死者さん」
少女は立ち上がると、その青年の手を取ってぶんぶんと振った。
少女は握手のつもりだろうが、青年は殺気を漏らしながら、片手に持つ鉞を少女に向けて構える。
「言え、此処は何処だ、俺はどうして此処に居る? 源殿は? 酒呑み童子は?」
青年は、この少女が自身の知りたい事を知っているかどうかは知らないが、聞かずには居られなかった。
一刻も早く、あの地に帰り、戦を、討伐をしなくては、と青年に焦りが見える。
「まあ、まあ、落ち着いて、まずは自己紹介をしましょう」
「私はロスヴァイセっていいます、戦女神と言う、戦で死んだ人を神の国に連れて行く仕事をしています」
少女の自己紹介と呼べる説明に、そんな馬鹿なと青年は言った。
「俺はまだ生きとる、酒呑みの、鬼の首を刎ねようして………そんで―――」
そこで青年は、忘れていた物を思い出すように悟る。
呆気の表情は、次第に伏し目になり、握り拳を固める。
「―――あぁ、糞ッ、糞ッ、そうか、俺はやられたんか、酒呑み童子にッ!! 肉体に穴を開けられて、死んだんか、俺は!!」
膝を付き、その拳を何度も地面に叩きつく。
一つ叩き付く度に煉瓦の床は割れ、崩れていく。
怒りの赴くまま、自らの肉体を傷つける行為は収まらない。
爪が掌の肉に食い込み、裂ける。
赤い血が滴り、振り上げるたびに部屋に飛び散る。
暴鬼となった青年の自傷を止めたのは、ロスヴァイセと言う、可憐な少女。
振り上げた拳を、両手で受け止めて優しい言葉で諭す。
「駄目です、貴方は、貴方自身に傷つけられてはいけません、痛いと拳が泣いてますよ」
堅く握り締められた拳を広げて、掌に付着した血を自分の裾で拭い、腰に巻いた布を包帯として青年の掌に巻いた。
「―――俺は、死んだのか」
青年の問いに、小さな少女は大きな青年にこう答えた。
「えぇ、貴方は死にました、もう、あの世界の役目を終えたのです」
きゅっと拳に巻きつけた布を固く縛り、少年は少しばかりの苦顔を見せる。
人間らしい、と少女は笑って青年の目を見た。
深い水の底の様に澄んでいる、何もかも正直で真っ直ぐな人間だと、目を見るだけで理解出来た。
だからこそ、この人が必要だ、と少女は確信した。
「名前、まだ教えて貰ってません、貴方の、名前」
これから呼ぶであろう名前を、少女―――いや、ロスヴァイセは教えてくれとせがむ。
青年は、見つめてくるロスヴァイセの瞳を見た。
その瞳は蒼い、ただ純粋に蒼くて、その奥に何かを秘めている様な可能性を感じる。
青年の生まれながらの直感からして、ロスヴァイセに付けば、退屈はしないであろうと予測する。
諦めた様に青年は重い口をゆっくりと開き、掠れた声で自らの名前を呟いた。
「俺の名前は―――――」
その名前は、かつて童謡として人々に知られた名前。
東洋の人間ならば、誰もが一度は耳にした事がある人物。
山姥と雷神の間の子供であり、竜から地に降ろされたと言われる、伝説上の人物。
「―――――坂田、金時」
源義経に選ばれた四天王の一角、坂田金時その人物であった。
おまけ『金太郎を調べて』
ロスヴァイセ「鬼と神の間から生まれてさらに竜の血が流れてるとか主人公補正あり過ぎだろいいかげんにしろ」
金時「お、おう如何した急に?」
ロスヴァイセ「しかも源義経に気に入られて一気に四天王入りとか王道漫画の展開でワロエナイ」
金時「い、いやそれは………と言うか口調変わっとらんか?」
ロスヴァイセ「でもお母さん大好き過ぎて山から呼んで都に住ませるとかマザコンじゃないですかやだー」
金時「」
童謡『金太郎』は大体こんな話(だった筈)。