9話
「ねぇメアさんやカイが使ってるあの黒いもや、あれってなんなの?」
あのゲル状のモンスター以来一匹も危険な生物が出てこないため、手持ち無沙汰になったフィナが唐突に話しはじめる。
「あれはメアの技能?というか特殊な能力みたいなもんだな。魔力を分解して自分の物として吸収する事が出来るんだ」
『ここにいるモンスター達はさっきも説明した通り地上に蔓延した魔力から作られてるから、私の力を受けるとその身体ごと消えてしまうの。ちなみにこの迷宮のシステムも私の能力を元に作られてるわ』
てっきり触れた物全てを消し飛ばすとかそんなレベルの能力かと思ったがさすがにそこまで壊れた性能ではないらしい。とはいえ魔力を使う相手にとっては天敵みたいな能力だが。
「精霊術を使う私たちや魔術を使うモンスターにとっては最悪の能力ですね……」
『とはいえ欠点も多いのよ。私の許容量を超えて魔力を吸収してしまうとかなりのダメージをうけてしまうし、一気に膨大な魔力を吸収しても相当な負担がかかってしまうの』
便利な能力には違いないが制限も多いようだが、上手く使えば無限に戦い続けられそうだし三柱神の名に恥じない力である事には間違いない。
「実際破られた事ってあるんですか?メアさんほどの精霊だと許容量も大分ありそうですし」
『あるわよ。そのせいで数百年眠り込む羽目になってしまったしね』
そんな相手がいるのかとフィナが聞き返そうとしたとき、目の前で雷が落ちたような音とともに眩い光が迸る。
「……女の子?」
光が静まると、その発生源と思われる所に透き通るような金の髪をたなびかせた小柄な少女が立っていた。敵かと思って身構えていただけに少し拍子抜けしてしまう。
『……ッ!!逃げなさいフィナ!!』
だがその姿を確認したメアが叫び声をあげフィナに危険を伝える。その声をきいたカイも瞬時に臨戦態勢に入った。
「精霊顕現!メアッ!!」
カイも目の前の相手が何なのかはわからなかったが少女から放たれるかなりの圧力と、滅多に見ない取り乱したメアの様子から何があっても良いようにメアを喚びだしておく。
「久しぶりお姉ちゃん」
少女がにこりと微笑むと同時に、彼女の周りに稲妻のような電流が迸しり、眩い光が一ヶ所に集まり巨大な槍を形成した。
笑顔のまま少女が腕を振るうとカイ達めがけて高速の槍が放れる。
「食らい尽くしなさい!!」
だがカイ達に当たる前に召喚されたメアが間に割って入り、全力で光の槍を自らの能力で防ぐ。受け止められた槍は辺りに電撃をまき散らし地面をえぐり壁を崩していった。
メアは苦悶の表情を浮かべながら必死に雷を精霊術で喰っていくが、かなりの負担がかかっているようだ。
「うっ……ぐぅっ……あぁっ……!!」
うめき声をあげながらもメアは一歩も引かない。最初は二つの力が均衡していたが、徐々にメアが展開した黒い霧が光の槍を覆い尽くして行く。
「さすがだねお姉ちゃん。残念だけど私はもう行かないといけないから、後ろの二人にもプレゼントを置いて行くね」
そういってバイバイ、と手を振ると少女の姿が景色にとけ込むように消えた。
それと同時にメアの黒霧が槍を食い尽くす。だが黒霧が消えるとそのままメアも地面に倒れ込んでしまった。
「大丈夫かメア!」
急いでカイが倒れた彼女の元に駆け寄りその身体を抱え起こす。彼女の目は閉じられ、口元からは苦しそうな息づかいが聞こえてきた。
「私は……大丈夫だから……。それより、気をつけて……。まだ終わってないわ……!」
息も絶え絶えになりながら、心配そうに自分の顔を覗き込むカイに未だ危機がさっていない事を伝える。
その言葉が紡ぎ終わるかどうかと言う所でカイ達の視界が赤く染まった。咄嗟に目を覆い今度はすぐに二人とも武器を構える。
視界が晴れてくると先ほどまで少女がいた所に炎をまとった巨大な蝶が舞っていた。
「全く迷惑なプレゼントを置いて行ってくれたわね……」
フィナが燃え盛る蝶を睨みながら剣を構える。先ほど少女が現れた時には遅れをとってしまったが今度はそうはいかないと気合いを入れ直した。
「ここは俺たちに任せてメアは少し休んでろ」
カイの言葉に頷くと、メアはその姿を消し休息に入る。それを見届けると槍を構えて悠然と宙を舞う蝶に向かい合った。
「カイ、あなた精霊術は使えるの?」
メアがダウンしてしまったため、精霊の力による補佐が届いていないのではないかと心配して確認をとる。
「なんとか使えそうだ。だがこの調子だと大技は使えて一回だな。フィナの方は戦える程度には回復したのか?」
今日はすでに二度も大技を使っているフィナだ。精霊術は精霊の魔力と共に使用者の精神力も使用するためかなりの疲労がたまる。休憩を挟んでいたとはいえ万全の状態とは言えないだろう。
「私もそんなに無理はできなさそうね。これは辛い戦いになりそうだわ」
目の前の敵の力は未知数だが、あのメアを一撃でダウンさせるほどの使い手が置いて行ったモンスターだ。そう簡単には倒させてくれないだろう。どうした物かと思い悩んでいると先に向こうから行動を起こしてきた。
火の粉のように漂う蝶の鱗粉を翅で巻き起こした風にのせて辺りにまき散らす。フィナ達のいる場所まで行き渡たると、鱗粉一つ一つが輝きだし急激に熱を発しはじめた。
悪寒を感じたカイが、咄嗟にフィナの近くによって自分たちを包むように黒霧で覆う。
その直後、巨大な爆発音と共に膨大な熱量が周辺に壊滅的なダメージを与えた。どうやらあの鱗粉一つ一つが小型の爆弾のようになっており、それを一斉に爆発させたようだ。
黒霧の盾から抜け出すと壁や床には無数のひびが入っており、そこら中から焦げ臭い匂いがただよってきている。
「ありがとうカイ、助かったわ。それにしてもなんて破壊力なの……」
予想通りやはり相手はかなりの強敵のようだ。自分一人だったらいまの一撃でやられていてもおかしくはなかったとフィナの背筋に寒い物が走る。
「気を抜いてる暇はないぞ、どうやら次がくるみたいだ!」
カイの声にはっとして蝶の方をみると頭から伸びる二本の触覚が光輝いている。蝶が大きく羽を広げると無数の光球が翅の周りに漂い始める。
そして次の瞬間、幾筋もの熱線が二人に降り注いだ。カイとフィナは精霊術での身体強化をフルに行使して熱線をかいくぐる。なんとか直撃は避けたが蝶からかなり距離を話されてしまった。
近づいて攻撃しようにも今のように熱線を雨のようにうたれると近づいた瞬間蜂の巣だし、遠距離から攻撃しようとしてもあの鱗粉の爆発に邪魔されてしまう。
「どうしろって言うのよこんな敵……!」
もしオリヴィアのように超遠距離から攻撃を決められる仲間がいればいくらかやりようもあるのだが生憎ここにいる二人は近接戦闘に特化されている。
フィナに力が残っていれば遠距離から強力な一撃を放つ事も出来たが、疲労のたまっている現状ではそれも難しいだろう。
「あの爆発も魔力でおこしてるみたいだし能力で喰うことはできそうだが、メアの様子を考えるとあまり負荷をかけられないのがな……」
カイもこの状況に苦い顔をしている。メアの能力をつかって自分身を守るたびに、彼女にダメージを与える事になると考えるとうかつに使用する事も出来ない。
「ほんと参ったわね……」
上の層までは後少しだがこの強敵を倒さなければ先には進めない。良い手は思い浮かばないが相手がそれをまってくれるわけもなく、再び二人に向かって熱線が放たれた。