6話
にっこりと精霊の少女に微笑まれつい身体が硬直してしまう。
見た目は自分と同じくらいの年の少女にみえるが、自分の予想が正しければ恐ろしい力を持つ精霊だ。
向こうに敵対心が無い事はわかっていも、つい緊張してしまう。
「それにしてもさすがにこれは異常ね」
メアが自分の背後で倒れている巨人二体に目をやる。
「まるで何かの意図があるかのように迷宮全体に変化が起こった、本来こんな事はあり得ないはずなのだけど」
少女の目が鋭く細められ、その表情は険しい物になった。
「確かに気になるが今はそれよりも上に戻る事を優先しようぜ」
戦闘を終えたカイがメアとフィナの元に戻ってくる。
結局、三体ものタイタン相手に五分とかからずケリがついてしまったようだ。
「その前に色々説明して欲しいんだけど……」
こめかみを抑えながらフィナが勝手に話を進めていく二人に文句を言う。
はっきりいって目の前で起こっている事が完全にフィナの理解の範疇を超えていた。
「あぁ、今は周りにモンスターもいないみたいだし先に話しておくか。少し長くなるぞ」
フィナの承諾をとってカイが話しはじめる。
「俺が契約している精霊はメア。フィナも知ってると思うがメアはベールの中では災厄の象徴とされている精霊だ」
「やっぱりメアさんってあの伝承の……?」
ベールに古くから伝わるかつての戦争の話しが脳裏によぎる。
あの伝承の通りなら最悪ベールが滅ぶ可能性もあるのだ。
「メアでいいわよ。えぇ、地上世界にとどめをさしたのは私、ということになるのでしょうね。もっとも今はあなた達を滅ぼしたりする気なんてさらさらないから安心して」
フィナの呟きにメアが答える。
「まぁそういうわけだ。ただ、さすがにメアの存在がベールの人達にばれるといらない混乱を招く。だから俺たちはメアの存在をひた隠しにしてきたんだ」
「それでずっと精霊と契約できないなんて言い続けてたわけね……」
「メアの存在がばれるよりはましだと思ってな。今回は非常事態だから仕方なくメアの力を借りてるけどこの事は他言無用で頼むぞ」
精霊と契約が出来ないんておかしな話しだとは思っていたが、話のスケールの大きさに思わずフィナはため息をつく。
「わかってるわよ。大体こんな話したって誰も信じてなんてくれないわ」
そもそもメア含めかつての三柱神はすでに姿を消したとされている。
今更その精霊が現代に残っていてしかも人と契約を交わしてるなんて事誰も信じないだろう。
「ちなみに、他の三柱神も誰かと契約してたりするんですか?」
いろいろフィナのいままでの価値観にヒビが入りかけているが、念のためメアに聞いてみる。
「いえ、人と契約してるのは私だけよ。シャロンは今も昔の役目を果たしてるし、あの子……レイは眠ったままだしね」
どうやら人の世に直接関係しているのはメアだけのようだ。
これで他の三柱神まで身近にいたとなったら卒倒ものだった。
「ま、そういうわけだから上に戻るまでの間は俺も全力で行く。ただ迷宮自体がいまおかしな状況になってるから気は抜くなよ」
「メアさんほどの精霊がいれば安心だと思うけど確かに変だものね。はぁまったく、この私が守られる側になるなんて人生何が起こるかわかったもんじゃないわね」
もういちど深々とフィナがため息をつき、よいしょとかけ声をあげて立ち上がる。
「さていきましょうか。私も守られるだけってのは性にあわないしね」
「その様子なら大丈夫そうだな。それじゃあ行くか」
カイも現状にフィナの心が折れていない事に安心しつつ迷宮脱出へ向けてフィナと共に先へと歩き出した。
「状況の説明をお願いできる?」
聞く物に安心感を与えるような穏やかな声が室内に響き渡る。
すでに暗くなった部屋の中には美しい女性が一人と、彼女の右腕たる凛とした雰囲気を持つ女教師が佇んでいた。
「上層部で研修を行っていた二クラスの地上への避難は既に済んでいます。三組も順調に避難を終えていますが、整備されている最下層で戦っていた四組のみいまだ取り残されているようです」
その報告にすこし考え込むようなそぶりをこの部屋の主たる女性、学園長がみせる。
「モンスターの発生状況はどうなってるの?」
「各層にタイタンが数体出現、何体かは生徒や引率教師の手によって倒されたようですが未だかなりの数が徘徊している模様です」
「あの階層にボスクラスが出現するのは普通ありえないのよね。生徒達の被害は?」
学園長が髪をいじりながら応答する。穏やかな声色に反してその目つきはとても鋭い。
「現在はセーフティエリアへの避難を完了しているようですが、二名の生徒が行方不明になっているという報告が来ています」
「……それはフィナとカイかしら?」
女教師が報告の前に学園長が両名の名を当てたことに少し驚いた顔をする。
「はい、同グループのメンバーによると床に突如穴が空いて二人が落ちたとい話しているらしいです。……何故ご存知で?」
「まぁ恐らく狙いは彼女でしょうしね。こんな回りくどい事をしそうなのに心当たりなんて一つしか無いですし大体の予想はつきます」
「つまり学園長はこれが人為的に起こされたことだと?」
自分の右腕たる彼女の疑問に、意味ありげな笑みを浮かべて返す。
「さてどうでしょうね?まぁカイがついてるなら彼女の方は大丈夫でしょう」
学園長の言葉に再び疑問がつのる。少なくとも女教師の記憶が正しければカイと言う少年は学園の中でも落ちこぼれとして有名な生徒だったはずだ。
とはいえ聞いても答えてはくれないであろう事は長い付き合いからわかっていたので無駄な追求はしない。
「まずは残った生徒の保護を最優先。そのあと教師と上級生を集めてタイタンの掃討を」
「了解しました。もし迷宮内で更なる問題が起こった場合は?」
「一応そうなった場合も考えてます。とはいえ今あの迷宮の中には心強い味方もいますし、よほどのことがないかぎり大丈夫でしょう」
そう言うと学園長は話を締め、女教師は部屋を後にする。
「さて、これはいよいよ時間がないかもしれませんね。もう一度あの悲劇が繰り返されるかどうかはあなた次第ですよメア」
ひとり部屋に残された学園長は窓の外を眺めながら悠然と呟いた。