2話
迷宮入り当日、居住区のはずれに総勢百五十名、四クラス分の生徒達が集まっていた。
整列した生徒達の前に、一人の女性が立つ。
生糸のような美しい緑の髪をたなびかせ、悠然と佇むその姿はまるで女神のようだ。
「生徒の皆さん、今日からついに実戦となります。この四年間学んできた事を精一杯生かして戦ってください。緊張している人もいるとは思いますが、引率の先生方を信頼して自分の持ちうる限りの力を出しましょう。皆さんの健闘を祈っています」
緑髪の女性、このニーグル学園の学園長が生徒達への激励を終え、いよいよ迷宮への攻略が開始される。
現在確認されている迷宮は全部で八つ、その中でも最も居住区に近く安全であるとされている場所が今回立ち入る所だ。
「それでは生徒諸君、各クラスを引率する先生に従って迷宮の攻略を開始してくれ」
武人風の女性教員が声を掛けると同時に、四クラス全てが行動を開始した。
迷宮の入り口は砦がたてられており、迷宮からモンスターが出てきた時に備えて警備兵がつめている。
各クラスが順番に砦を通り抜け、迷宮内に足を踏み入れていく。
迷宮の中は地下に向かって複雑に道がわかれているが、ある程度の深度までは探索者達が入りやすいように整備されていた。
今回の探索はこの整備されている場所を四つの区画にわけ、各クラスが混じらず行動できるようにしてある。
カイ達四組の生徒はその中でも最も下の層が担当の地域であり、他の場所よりも少し危険度が高い。
これにはフィナの存在が大きく、他のクラスに比べて四組は危険に対応する力があると教員達に認められている証拠でもあった。
最下層近辺の一室、探索者用にもうけられたセーフティスペースに四組の面々は集まっていた。
「皆さん、今日から一週間の間はここに寝泊まりします。早速実地授業を開始しますので、荷解きが終わり次第戦闘準備をしてください」
アニウスの指示に従い、生徒達が自分の荷物を置いて各々の武器を用意する。
基本的に迷宮の中では武術と精霊術を組み合わせて探索をするのがセオリーだ。そのため学院の生徒は自分専用の武器を皆持っている。
フィナの愛剣やカイが使う武器である槍も個人用に調整されている物だ。
この武器にはかつてシャロンが姿をくらます前、人間達に残した技術がふんだんに使われている。
それらを用い、人間と精霊側はモンスター相手に有利に戦う事が出来ていた。
全員が武器を装備し終わり、探索しにいく準備が整う。
「準備ができたみたいですね。それではこれから七人で五つのチームにわかれて攻略を開始してもらいます。今日の目標は基本的なモンスターであるゴブリンを各チーム毎に十体倒すことですので、終わり次第休憩に入ってください。何かあったら念話機能を使って私に連絡をするように。それではチーム分けをします」
アニウスが事前に決めてあったチーム割りを発表する。
その結果、カイとフィナは同じ班となった。
フィナは対抗心を燃やしているためちいさくガッツポーズをし、カイは彼女の思惑に気がついているため、はぁとため息をつく。
「カイ君は私がサポートすることになっていますが、他の生徒の面倒を見る必要もあるので原則的には他パーティと同じく行動してもらいます。何かあった場合は優先的に保護しに向かうので無理せず連絡するように」
アニウスからの指示に頷き、カイも了承する。
カイとしても教師に補佐されるというのはやりづらかったのでこの提案はありがたかった。
「さて、それでは各グループ戦闘を開始してください」
先生のかけ声と共に生徒達が迷宮内に散らばる。
本格的な実地訓練がここに開始された。
カイ達の班もセーフティスペースから離れ、ゴブリンを探し始める。
「よーカイ、同じ班になるとは先生も気が利くよなー。今回はよろしく頼むぜ」
しばらくした所で大槌を背負った少年が班の最後尾を歩くカイに声をかけた。
「おう、頼りにしてるぜウッド」
にこやかに笑う彼にカイも返事をする。
ウッドと呼ばれた少年はクラスの中でも珍しく、カイと分け隔てなく接してくれる数少ない友人だ。
「まぁ、私たちの足は引っ張らないでくださいね。サポートはしますけど私にもカバーしきれない事はありますから」
杖を持った小柄な少女がカイにきつい言葉をかける。
とはいえその眼差しは他のクラスメイトに比べれば優しく、しっかりとカイのこともパーティメンバーとして見てくれているらしい。
「そんなこと言ったら悪いよリイナちゃん。改めてよろしくねカイ君、みんな」
杖の少女、リイナのことを軽くたしなめたのはミリアという名の弓使いの少女だ。
穏やかな性格が雰囲気にもにじみ出ている子で、カイからみても非常に好感が持てる子だった。
「僕は君が無能だろうがなんだろうが気にしないけど、やる事はしっかりやってくれよ」
「相変わらずヒューズはドライだなー。もっと楽しそうに行こうぜ」
本を抱えて眼鏡をかけた少年が興味無さげにそう呟く。そんな様子にウッドが苦笑してつっこみをいれる。
「……私もがんばる」
ヒューズの隣を歩く大きな銃を肩から下げた少女もぼそりと声を発する。
彼女はオリヴィア、腕の立つ狙撃手として有名なのだが無口な性格から掴みづらい子だとクラスの中では評判だった。
「心配しなくても大丈夫よ。私がいる限り危険なんてありえないから」
そう自信にあふれた言葉を発するのは愛剣を携えたフィナだ。
確かに彼女がいるこのパーティは今ここにいる全てのパーティの中で一番安全だろう。
この七人がカイと行動を共にするパーティメンバーだ。
どうやらアニウスがクラスの中でも比較的カイに対して風当たりが強くない者達をメンバーとして選んでくれたようだった。
「あぁ、俺も全力を尽くすからこれからよろしく頼むみんな」
カイも誠意をこめて挨拶を返す。
その様子に皆笑顔で返してくれた事に少し安心する。
どうやら思っていたよりも楽しい訓練になりそうだった。
しばらく歩くと、先頭を歩いていたフィナの探知術に複数のモンスターの反応が引っかかる。
どうやらゴブリンが四体ほどいるようで全員が一斉に戦闘態勢に入った。
ゴブリンにも何体か種類がいて、ある程度作戦立てた行動をする。
今回は前衛となるゴブリンウォーリアが二体、後ろから魔術攻撃を放ってくるゴブリンソーサラと、回復魔術を使うゴブリンプリースが一体ずついるようだ。
「私、カイ、ウッドが前衛を引きつける。リイナはウッドとカイのサポート、ヒューズとミリアは術式用意。オリヴィアは敵のサポート役を潰して」
敵の編成を確認したフィナが即座にパーティに指示を飛ばす。
メンバー達もよどみなくフィナの指示通りの配置についた。
フィナ達を目視したゴブリンウォーリアが一斉に攻撃を仕掛けてくが、それをフィナとカイが同時にいなす。
「思ったよりやるんですねカイ君。この調子なら私のサポートはそんなにいらなさそうですか」
後ろからカイのサポートを命じられていたリイナが賞賛の言葉をかける。口ではそう言いながらもしっかり身体強化の精霊術をかけてくれたようで、カイは一気に身体が軽くなるのを感じた。
「ありがとうリイナ」
ウォーリアに向きあいながらカイは後ろのリイナに礼を言う。
地面に転ばされたウォーリアが再び立ち上がろうとするが、そこをめがけてウッドが全力で手に持ったハンマーを振り下ろした。
間一髪でウォーリアが回避するが、完全には避けきれなかったようで左腕が消し飛んだ。
それをみたプリーストが慌ててウォーリアを回復しようとするが、術を行使する前に頭が弾け飛んでその命を落とす。
戦闘開始時から狙っていたオリヴィアが正確無比にその頭部を打ち抜いたのだ。
「ひゅーやるー!ナイスオリヴィア!」
身体強化の力を使いハンマーを軽々と振り回すウッドがオリヴィアにむけて親指を立てる。それをみた彼女も無言で親指をたてて返した。
と、その時ウォーリアの後ろで魔術を用意していたソーサラーが攻撃を仕掛けてくる。
だが、それを見越していたヒューズがパーティ全体に防壁を張り見事に防いだ。
「これくらいの攻撃じゃ僕の盾は崩せないよ。ミリア、とどめを」
隣で弓を構えるミリアが頷き、精霊術でかたどられた矢を放つ。それは空中で何本にも分散し、二体のソーサラーの身体を串刺しにした。
「思ったよりやるじゃない皆。それじゃあ私も行こうかしら」
フィナがそう宣言し、一歩前へ踏み込む。
目の前では先ほどいなして転ばしたウォーリアが立ち上がって再びこちらへ襲いかかろうとしいた。
だがそんな事は気にも留めず、ウォーリアが構えた剣ごと、精霊術で鋭さを跳ね上げた愛剣で叩き切った。
首を飛ばされたウォーリアの身体が脱力したように静かに崩れ落ちる。
最後に残った腕を吹き飛ばされたウォーリアは、格の違いを見せつけられ慌てて逃走しようとしたがカイがそれを許さない。
一瞬で距離をつめたカイは手に持った槍で性格に急所を突き刺す。
そして最後のゴブリンは身体を何度か痙攣させたあとその生命活動を止めた。
「この調子なら全然余裕ね。皆お疲れさま」
剣をしまったフィナがメンバーを労う。
「精霊術が使えないって聞いてたからどうなるかと思ったけど、その体術はかなりの物ですね。これは心配損だったかもしれません」
リイナが先ほどとは打って変わってカイを認めたような発言をする。どうやら彼女は先入観よりも自分の目で見た事を事実として受け止められる性格のようだ。
「みんなすごいね。これなら私も安心して戦えるよ」
ミリアも皆を褒め、オリヴィアもそれに頷く。
ヒューズも気難しい性格のように思えたがミリアの言葉に少し照れたような表情をしているし、ウッドもそれを見て苦笑を浮かべていた。
パーティの雰囲気は初戦闘後にしては大分良く、そのあともゴブリンの小隊を確固撃破していく事ですぐにノルマを達成した。