10話
すでにセーフティエリアに逃げ込んでから半日はたっただろうか。生徒達の雰囲気は皆重苦しく,
口数も少なくなっている。
まだ未熟な彼らにとっていつくるかわからない救援を待ち続けると言うのは精神的な負担がかなり大きいのだろう。
アニウスもどうにかケアできないかと色々手を打ってはみたがあまり効果はない。特に同級生が、それもクラスのアイドル的立ち位置であるフィナが行方不明になっていることの影響も大きいようだ。
そんな八方ふさがりの状況にアニウス自身も滅入りはじめた頃、地上から朗報が入る。どうやら他のクラス全ての救援が終わり、いまから下層にいる4組の救助を開始するというものだった。
「みんなよく耐えたわね。今学院から救援が向かってきているそうよ。後少しの辛抱だから頑張って」
アニウスの言葉に皆一斉に表情が明るくなる。待ちかねた救援の報告に涙ながらに抱き合うものまででるほどだ。だが手放しで喜べない者もいる。
「先生、二人の救助は」
オリヴィアの質問にアニウスは静かに首を振る。
「すぐには迎えないでしょうね……。人数の多いこちらが優先されるでしょうし、ここより下に潜るとなるとそれなり準備もいるわ。それにいま迷宮内は異常事態、簡単には動けないでしょうね」
半ば予想していた答えとはいえ実際に宣告されると辛いものがある。あの時フィナやカイがいなければ自分たちは死んでいただろうし、彼らだけ残して自分たちだけが助かる事を喜べるほどリイナ達は大人ではなかった。
今すぐにでも助けに行きたい気持ちをどうにか押さえ込み、チームメイトの無事を祈る。それから救援がくるまでの時間をリイナ達は自分達の無力さを噛み締めることしかできなかった。
それからしばらくして学院の救援部隊がセーフティエリアに到着した。ようやく解放されたと言う安心感から一斉に気の緩んだ空気が広がる。
「よく頑張ったなお前達。いまから地上へ向けて脱出するぞ。道中には未だ強力なモンスターがかなりの数うろついている。迷宮から脱出するまでは気を抜かないように」
救助部隊を指揮しているのは迷宮に入った初日に教師のまとめ役をしていた武人風の女性だ。その口調や雰囲気から教師と言うより軍人の様な印象を与えている。
学院の教師は元々迷宮での探索者を経験していて、それから教師となる者が多いため皆戦闘能力は高い。そのため有事の時には教師が率先して動くのだ。
「ケディ、私達以外にも二人行方不明になっている子がいるの。そちらの方には手配してもらえてる?」
アニウスが指揮をとっている教師に話しかける。
「あぁそちらの方は今別部隊が向かっている。学院長が言うにはその二人は心配しなくてもいいと言っていた。あの方が考えてる事はわからないがそう言うのだから間違いは無いだろう」
ケディの言葉にアニウスも納得する。学院長が言う事は間違う事が無いと言うのは教師陣の中では有名な話しだし、救助部隊も向かっていると言う事で一応安心する根拠としては十分だった。
「だそうよみんな。少しは安心できたかしら?」
アニウスは未だに不安そうな顔をしていた一部の生徒達に声をかける。リイナ達もしっかり今の話しを聞いていたのか、少し雰囲気が和らいでいた。
「さて、それじゃあ急ごう。まだ危険は去ったわけではない。気を抜いていると命を落とす事になるぞ」
ケディがもう一度忠告をして緩んだ空気を締め直し、生徒達に指示をする。
「生徒達は一列に並べ!救援部隊は生徒達の前後に配置、なるべく直線のルートを通ってすすむぞ!」
迷宮内の通路は高さはあるが横幅はそこまで広くない。一列に組んであるけば戦闘を最後尾は危険が伴うがそれ以外はある程度安全に移動する事が出来る。
すぐに生徒達は事前にまとめてあった荷物を担いで指示通りに並びセーフティエリアから脱出する。配置が完了した後、ケディの指示に従いながら地上を目指して歩きはじめた。
道中何度かゴブリンに遭遇するが、ケディの持つ二丁拳銃により即座に頭を吹き飛ばされて行く。戦闘によって足止めされる事が無いためかなりの速度で迷宮内を進む事が出来た。
だが今の迷宮は平常時とは違う。一行が三層にたどり着くまで後少しと言った所でリイナ達を苦しめたタイタンが行く手を阻んできた。
隊全体に一斉に緊張がはしるが、ただ一人落ち着いたようすでタイタンに向かってゆっくり歩いて行く者がいる。
普段通りのおっとりした雰囲気をくずさず、アニウスは腰に携えた二本の剣を鞘から引き抜いた。
「ケディにばっかりいい格好はさせられませんね。このクラスの担任は私のわけですし」
そう呟きながら速度をあげる事無く巨人へと近づいて行く。タイタンもアニウスの存在に気がつき、手にした斧を振るう。だがアニウスはそのこうげきを軽く身体を逸らすだけで避け、さらに近づいて行った。
「ただ大きいだけでは相手になりませんよ?」
そのまま軽く剣を振るうと、抵抗することも許されず斧を持った腕が斬り飛ばされた。
絶叫をあげタイタンは暴れ狂うが、相変わらず落ち着いた様子で全ての攻撃をかわし、両足を切り落とす。地面に這いつくばる巨人に軽く微笑み一瞬でとどめを刺した。
アニウスが圧倒的な強さをみせつけ巨人を制圧した頃、隊列の後方でも戦闘が勃発していた
巨大なサソリのようなモンスターが上層へ向かう隊を追い込むように攻撃してくる。
このモンスターも本来ならこんな上層にいるようなモンスターではなく、かなり手強い相手だ。
その身体は堅い甲殻に包まれており、救助隊の攻撃の大部分を防いでいる。
危険が集中する隊の前方に戦力をさいたため後方部隊の火力が不足しているのだ。
とはいえ、学院から選ばれた救援部隊だけあってやられっぱなしというわけでもない。絶えず攻撃し続ける事でモンスターの攻撃を押さえ込む事に成功していた。
しかし、やはり決定打となる火力が足りず段々とジリ貧になりだしている。
そんな硬直状態を一筋の光が打ち破った。隊員の間をすり抜けるように放たれた砲撃は正確に甲殻と甲殻の間の柔らかい肉を穿つ。着弾した足を吹き飛ばされたモンスターは大きく身体をのけぞらせその巨体を地面に打ちつけた。
驚いた隊員が発射元を見ると一人の女生徒が銃器を構えている。その隣には杖を構えた別の少女もいた。
「さすがオリヴィア、あんな狭い所よく狙えますね」
「動きも止まってるしアレくらいなら余裕」
リイナの言葉に砲撃を終えたオリヴィアが何でも無い事かのように答える。だがその表情にはうっすらと自慢げな笑みが浮かんでいた。
「それじゃあこの調子でどんどんいきましょう。サポートは任せておいてください!」
その言葉に頷くと、オリヴィアは再びモンスターに狙いを定める。それを確認したリイナは精霊術を行使し、オリヴィアが構えた銃器の先端に三重の陣が展開される。
ダメージから回復したモンスターが再び襲いかかってくるが、慌てず正確に甲殻の隙間に狙いを定め、引き金を弾く。
放たれた砲撃は展開された陣を通り抜け、その度に輝きを増していった。そして寸分違わずモンスターの急所に着弾しその身体を貫く。見事に急所を穿たれたモンスターは一気に脱力し、その命を散らした。
敵を倒した事を確認したリイナとオリヴィアはおもわずハイタッチをする。二人とも何か自分たちに何か出来る事は無いかとずっと考えていてため、苦戦していた現状に今ならば役に立てるかもしれないと戦いに参加したのだった。
救助隊の者達も若者の無謀な行動に注意すべきかと考えたが、その実力はまだ生徒であるとは言え相当なものである。
「君たち、協力には感謝するが決して無理はしないように」
結局、助けられた事もあり余り強くは言えず無理をしないよう注意をするに留まった。その後も安全地帯から援護射撃や強化の精霊術を使い救助隊の援護をする。そんな二人の様子に他の生徒も自分たちに出来る事があれば戦闘に参加して行く。
これが予想以上に効果があり、後方の戦闘状況がかなり安定した。前方でもアニウスとケディの活躍が大きく、何度か強敵にも遭遇したが誰一人として怪我人を出さずに四組全員が迷宮脱出まで後一歩と言う所までたどりついた。