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1話

 

 惑星イリア、そこはかつて精霊と人間が互いに手を取り合い、大きく栄えた土地が広がっていた。

 しかし時と共に人間達の欲望は膨れ上がり、平和な世界は瞬く間に戦火に包まれていく。

 戦争は何十年も続き、大地は汚染されイリアに住む生物達はその数を大きく減らしていった。

 そして戦争末期、生き残った人間達は三体の強大な力を持った精霊の元に集まる。

 

 残った人間と精霊全ての共存を叫んだレイ。

 

 互いに不干渉を貫きお互いに自分たちだけの力で生き残っていく事を望んだシャロン。

 

 そして全ての土地を手に入れ、自分に従うものだけが生き残る世界を作ろうとしたメア。

 

 後に三大神と呼ばれるその精霊達とともに、三つの巨大な勢力に別れた人間と精霊達は生きていく場所を求めて最後の戦いを始める。

 不干渉を望んだシャロンは自分たちの領土を守り、残った土地を巡って戦いは次第にレイとメアの全面戦争となっていった。

 だが、泥沼状態の戦いは唐突に終わりを告げる。

 メアがレイに一騎打ちをしかけ、三日に渡る死闘の末レイがメアを打ち倒した事のだ。


 しかし戦争が終わった時には、既に疲弊しきった世界はとても人が住めるような状態ではなくなっていた。

 そのため残った人間と精霊はレイの元に集い、シャロンの協力を得て空へと生きる場所を移すことにした。

 

 そして戦争から三百年後、生き残った者達とその子孫は空中浮遊大陸ベールで平和に暮らしている。

 レイは空を飛ぶ大陸を支えるための動力源として眠りにつき、シャロンは人と精霊にいくつかの技術を残し姿を消した。

 残された人々はかつての三柱を神として崇め、滅びの歴史を繰り返さないよう子孫に伝えている。世界にとどめをさしたメアのような存在が二度と生まれないように。

 



 とある町中を一人の少年が慌ただしく駆け抜けていく。

 少年はベール最大の教育機関であるニーグル学院の制服に身を包んでいた。

 

 「今日から新学期だって言っただろ!なんで起こしてくれなかったんだよメア!」

 

 少年は自分と契約している精霊に涙ながらに叫ぶ。


 『だって起こしてくれって頼まれなかったし。それより急がないと本当に遅刻するわよ』

 

 可愛らしい黒のドレスを着た精霊が、気だるそうに返す。

 

 「わかってるよちくしょう!」

 

 泣き言を言っても無駄だだとわかった少年はさらに速度を上げて学院に向かった。

 

 

 授業開始数分前にぜいぜいと肩で息をしながら教室にたどり着く。

 ぐったりとしながら少年が自分の席に着くと、周りの席に座っている生徒から嘲笑を浴びせられる。

 

 「よう、無能。新学期早々こんな時間に登校とはいいご身分じゃねぇか」

 

 大柄な生徒が少年の目の前に立って威圧的な言葉を投げかける。

 

 「寝坊したんだよ、遅刻しなかったんだから文句言うな」

 

 そんな言葉にも怯む事なく少年は睨み返す。

 

 「はっ!落ちこぼれのくせに偉そうな口聞きやがって。俺が一から教育しなおしてやろうか?」

 

 売り言葉に買い言葉といった感じで朝から教室に険悪なムードが流れ始める。


 「やめなさいグリュー。カイも無駄に事を荒立てないで」

 

 その様子を見かねた一人の少女が二人に声をかける。

 凛とした声で注意され、少年に食って掛かっていたグリューと呼ばれた生徒がしぶしぶ自分の席に着く。

 少年、カイもそれ以上口を開かず黙って授業の準備を始め、今しがた自分たちを注意した女生徒の方を見る。 

 透き通るような金色の髪を持つ少女は、周りの生徒達とは一風変わった雰囲気を持っていた。


 ニーグル学院はとある問題への対策として作られた教育機関で、主に生徒の戦闘能力を高める事を目的としている。

 その中でも群を抜いて戦闘能力が高く、将来を非常に有望視されてるのがこの少女、フィナだ。

 彼女自身の優れた容姿も相まって学院の生徒ほぼすべてから羨望の眼差しを集めている。


 授業開始の鐘がなったため、カイはフィナから視線をそらした。

 時間通りに教室の扉が開き、おっとりとした雰囲気をもつ女教師が入ってくる。

 

 「皆さんお早うございます。長期休暇があけてまた無事にこうして出会えたことを嬉しく思います」

 

 このクラスの担当教師であるアニウスは、のんびりとした口調で生徒達に挨拶をする。

 

 「さてもうわかっていると思いますが、五年生である皆さんはこの学期から最高学年になる準備として迷宮に潜り実践的な戦い方を学んでもらう事になります」

 

 迷宮、それこそが学院が作られる事になった理由であり、この限られた大地で生活して行ける理由でもあった。

 ダンジョンともよばれるそれは、ベールに突如として出現した危険地帯のことを指す。

 この迷宮の内部ではモンスターが発生するため、ある程度数を減らさなければ人間の居住区にまでモンスターの被害が及んでしまう。

 しかし悪い事ばかりではなく、迷宮の中には様々な資源も同時に生成される事がわかっている。

 そのため人々は迷宮を管理し、精霊の力を借りて迷宮内意を探索する事で生活の糧としていた。

 ニーグル学院はこの迷宮を探索する者達を育てる事を目的として作られている。

 

 「明日から一週間、最も居住区に近い迷宮に泊まり込みで入り実地授業を開始します。クラス単位で行動するので、協力しながら迷宮を攻略してください」

 

 「先生、ちょっといいですか」

 

 アニウスが言い終わると同時に一人の生徒が手を挙げる。

 

 「なんですかグリュー君」

 

 それは朝カイに喧嘩を売っていたグリューだった。

 

 「こいつも一緒に迷宮にはいるんですよね?はっきり言って命の危険があるのにこんな足手まといを連れて行くのは嫌なんですけど。ましてや協力なんて出来るとは到底思えないんですが」

 

 そう言ってカイを指差す。

 その目には明らかに侮蔑の視線が混じっていた。

 

 そんなグリューの態度に、カイは静かにため息をつく。

 だがグリューの言う事が間違っていない事も理解していた。

 命の危険を伴う迷宮探索、ましてや初陣ともなれば万全の状態で挑みたいと思うのは普通の事であろう。

 精霊と契約する事が出来ないという事になっているカイを連れて行きたくないと思うのは自然な反応だ。


 「カイ君は学園長と話し合いましたが、今回は連れて行くと言う事になりました。私がサポートするということになっていますので安心してください」

 

 アニウスの説明に舌打ちをし、再びグリューが席に着く。

 

 「けっ五年にもなって先生の保護つきかよ。これだから無能は……」

 

 グリューの悪態と共に周りの生徒からも軽蔑の眼差しを向けられる。

 だが言い返す事も出来ないのでカイはひたすら無視する事にした。

 

 「それでは明日に備えて最後の座学を始めます」

 

 クラスの雰囲気に一瞬アニウスが悲しそうな顔をするがすぐに切り替えて授業を始める。

 結果的にそれで皆の注意がそれたのでその時はそこで事なきを得た。

 

 

 放課後、カイは一人で学院からの帰路についていた。

 

 「明日からついに迷宮探索か……。さすがに少し緊張するな」

 

 『……』

 

 となりに寄り添うメアに話しかけるが、メアから反応がない。

 

 「どうかしたか?」

 

 黙り込んでいるメアの様子を伺うがどうも表情が暗かった。

 

 『いや、私のせいで肩身の狭い思いをさせてしまってるなって』

 

 どうやら今朝の出来事を気にしているようだ。

  

 「気にすんなよ、俺は別に何とも思ってないから」

 

 カイが周りから無能と蔑まれている理由、それは契約している精霊であるメアに原因があった。

 かつて最強にして最悪の精霊と呼ばれたメア。

 地上世界を滅ぼしたとされている彼女と契約している事が知られると、恐らく今以上に周りから弾圧されることになるだろう。

 そのため、カイは自分は精霊と契約していないということにして周りからひた隠しにしていた。

 本来なら他の精霊に感知されてしまってそんな事は出来ないのだが、メアの精霊としての能力は破格のため今の所は完全に隠蔽できている。

 

 『……ま、私がいないとカイは何も出来ないしね』

 

 メアがいつも通りの人をおちょくるような口調で言う。

 

 「いやいや、俺の腕だって中々のものだぞ。ま、明日からよろしく頼むよ」

 

 破壊神として恐れられているメアだが、彼女が優しい性格をしているのはカイが一番良くわかっていた。

 なんだかんだと言って自分の事を気にかけてくれているメアには常々感謝している。

 

 『えぇ、任せときなさい。私がいる限りあなたには絶対危険は及ばせないから』

 

 相棒の頼もしい言葉につい笑みがこぼれる。

 

 「おう、頼りにしてるよメア。さて、早く帰って明日の用意をしようか」

 

 明日から一週間迷宮に潜り込むのだ。精霊の能力を使う事が出来ない以上、他の事でクラスの皆に迷惑をかけるわけにはいかない。

 いつもより入念に準備をしようと自宅への足を早めた。

  


 迷宮へ行く前夜、フィナは一人自宅裏で愛剣を振るっていた。

 学園最高の戦力を誇るフィナだが、その向上心は未だに衰えることなく鍛錬は毎日欠かしていない。

 元々勤勉な性格をしている彼女であったが、ある事実が最近さらに鍛錬に熱を入れる原因になっていた。

 無能と蔑まれるカイとの模擬戦での敗北。

 それが彼女の自尊心を大きく傷つけていたのだった。

 

 汗が顔を伝うのも気にせず、フィナは剣を振るい続ける。

 脳裏に浮かぶのは彼に負けた試合。

 人生で初めて敗北の二文字を刻まれた記憶だった。

 

 それは五年生になってすぐの頃。

 クラス毎に戦闘能力を測るテストを行ったときの事だ。

 カイの存在は学院でも有名で、探索者を要請する教育機関でありながら探索において必須能力とも言える精霊の力を一切使えないとフィナは聞いていた。

 実際、テストの時も噂に違わず精霊の力を使う事を前提とした項目ではことごとく最低点をとっていた。

 

 そのテストの中でただ一つ、精霊の力を使わず本人のみの力をはかる試験が二人一組で行う模擬線だったのだ。

 単純な武術のみが試される試合において、フィナとカイが模擬線を行う事になった。

 フィナは近接戦闘の腕も相当な者で教師相手にも遅れを取る事は滅多に無い。そのため落ちこぼれであるカイなど相手にもならないと高をくくっていた。


 だが結果は惨敗、彼の槍術の前に一撃も攻撃を当てる事が出来なかった。


 精霊の力を使えないという点のみが一人歩きし、誰もがカイの優れた力を見ようとしなかったためその尋常でない近接能力が結果的に隠されていたのだ。

 

 そしてそれは未だに続いている。

 カイとの戦闘は実際に戦った自分と担当していた教員しかしらないし、フィナ本人としても自分が負けた事をわざわざ言いふらす事ほど酔狂ではない。

 そのためこの事は他のクラスメイトには伝わっていないかった。

 だからこそ未だに他の者達はカイを無能として軽蔑しているのだ。

 

 「……次は絶対に勝つ」

 

 明日から始まる迷宮探索を思い、一振り一振りに熱が入る。

 これはカイを見返すチャンスだと言い聞かせ、夜がふけるまで彼女はひたすら剣を降り続けた。

 

 

 

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