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 耳につく甲高い声が聞こえ振り向くと、リカが二人を指さしていた。


「リカ、もうオカしくなっちゃったぁ。ユウくんが二人に見えるー。きゃははぁ」


 智大の空いている、もう片方の腕にしがみついたリカは、大胆にも背伸びをし顔を近づけた。

 その瞬間、智大の表情が変わる。思いっきり腕を振りはらい、彼女を突き飛ばした。彼のすっと細められた瞳に、裕介にはない冷酷さを感じ背中がぞくりとする。

 しかしそれすら面白くて、腹を震わせて笑った。ふしぎと勝ち誇った気分になって、リカを見下ろす。彼女は床に転がりながら笑っていた。

 掴まれたままの腕をひっぱられる。智大は早足に店を出ようとしていた。


「なにすんだよっ、これからがいいところなんだよ!」


 足を踏ん張ろうとしても、腕を振りほどこうとしても、彼の力が強くて思い通りにならない。


「俺はずっと待ってたんだ。逃がさないよ」


 相手は前方を見据えたままで言う。渡り廊下でのことだろう。彼のことだから、図書館が閉館しても門の前で待っていたに違いない。

音楽で声は届かないはずなのに、智大の声だけは浮き出たように聞こえる。それだけではなく、周囲の囁き声も聞き分けられた。

 そのことが怖くなった。自覚がなかっただけで、はた目から見たらヤク中に見えてしまうのかもしれない。異端として軽蔑の目で見られるのだけは嫌だった。

 クラブを出ると、智大が周囲を見回した。誰かを探しているような動作に、窺うような視線を向ける。相手はなにも答えずに、すぐそばを通ろうとしたタクシーを止めて、裕介を押しこんだ。もう抵抗はしなかった。

 タクシーの中でも家に着いてからも、智大は口を開かない。

いつしか興奮はさめ、身体が重くなっていた。吐き気はするのに、実際にえづくこともしない。どうしようもない不快感が身体全体をめぐっていた。

 負担が大きいのか、足をひきずるようにして歩いてしまう。動くことがしんどかった。


「座ってて。水持ってくるから」


 家のリビングに移動すると、ここまで支えていた智大はキッチンへ向かった。言われるがままダイニングテーブルの椅子に腰かける。

 ドラッグの種類はわからないが、短時間の効き目のようである。もう興奮とは程遠いところまできていた。色んなことが一気に押し寄せてきて、気分は落ちこんでいく一方だ。

 顔をあげるのも嫌でうつ伏せていると、テーブルから振動が伝わってきた。


「少しは楽になるだろうから、飲んで」


 智大はいたわるような声音で囁いて促す。

いらない、と置かれたペットボトルを押しやるも、その手を止められた。


「飲もうとしないなら、飲ませるよ」


 眠ってしまったら楽なような気がする。そんなことを考えていて、近づく影に気がつかなかった。

 相手に髪を鷲づかみにされ頭を持ち上げられる。急なことにうめき声をあげる。薄目を開けた視界の中に、水を口に含んでいる相手がいた。

 毒づこうにも気力はなく、髪を離され顎を掴まれるまで抵抗らしい抵抗はしなかった。

 智大の顔にあてた焦点がぼやけたとき、頭の中の危険信号が点滅しはじめる。逃げなければいけないと思えば思うほど、身体は強張って動かなくなっていった。

 柔らかな感触が唇に押しつけられる。強引に割って入ってきた舌が、生温かい水を喉へと押し込んでいった。お互いの顎を伝ってこぼれおちる水が、裕介のシャツの胸をぬらす。

 逃げようともがくけれど、相手は離してくれない。どうにかしようと立ち上がろうとするが、体重をかけられて椅子ごと床に転がった。

 それでも離れてくれず相手の歯があたり、いやな味が口に広がる。それを舐めとるような智大の舌の動きは、口移し以上のものが含まれていた。

 唇の角度を変えるその瞬間を狙って突き飛ばす。


「やっ……め、ろっ!」


 どこもかしこも熱くほてり、荒くなった息は止められない。

 突き飛ばされた智大は血の滲んだ唇を拭った指先を見つめ、ぼんやりと呟いた。


「裕介にはわからないだろうな。中原さんから電話もらったときの気持ち」

「……中原?」


 中原の名前が彼の口から出て、さっきまでの憤りが遠のいた。意識が彼女のほうへ逸れそうになると、智大は自らの携帯電話を床に叩きつける。まるで、中原からかかってきた携帯電話を忌み嫌っているように。


「俺のほうが裕介の近くにいるのに、なにも知らないってことは、すごく屈辱だった」


 どこか陶酔している声に、わけもなく不安をかきたてられる。彼がふわりと場違いな微笑みを浮かべたとき、気味が悪くて鳥肌がたった。


「なぁ、裕介。どうして俺を避けるの? 昔はいつも一緒だったのに」


 ゆっくりとした口調に合わせてじりじりと寄ってくる。


「近づくなよ……、鏡を向けるなっ、顔なんか見たくないんだ!」


 ひどく焦っていて、自分でもなにを口走っているのかわからない。ただ、近づかれるのが嫌で尻をついたまま後ずさりした。

 智大は無感動な瞳で見つめてくる。

覚えのある視線から、裕介は立ち上がり、逃げることしかできなかった。







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