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ドラッグの描写がありますが、推奨する意図はございませんのでご了承ください。なお、ドラッグの名称や使用方法につきましては創造の産物です。ダメ。ゼッタイ。
気分が悪くなるほど人はたくさんいるのに、自分は一人になってしまった。見捨てられることはないと思っていた中原に置いていかれ、裕介の中にあった枷が外れる。
もう、どうにでもなってしまえ。
「ユウくん到着ぅ」
リカがクラブに一つしかない個室の扉を開ける。中にいたのは男女合わせて六人。いつもとかわりばえしないメンバーだった。
個室とはいってもガラス張りだ。中でしていることは外の人間にわかる。ただ、踊ったりナンパに必死になっていて、誰一人として気にかけないだろうが。赤いローテーブルが中央にあり、革のソファが壁沿いに置かれていた。
「おい、ユウ。早く座れよ。パーティーはじめんぞ」
ずり落ちそうなジーンズをはいた男が手招きする。男とは距離をとって入り口付近に座ると、間にリカが入ってきた。彼女は持っていたバックから、白い陶器のアロマポットを取りだす。
「見て見てー。使おうと思って持ってきたんだぁ」
「なにお前、いつもはこんな上品なもん使ってやってんの?」
「だって可愛いじゃん。それにバレるとヤバイでしょー?」
テーブルにアロマポットやキャンドルを置いているのを、背もたれに身体を預けながら見ていた。
考えていることは、ドラッグのことではない。中原に言われたことだった。
あまりにも自分の気持ちの裏側を突いていて、言い返せなかった。彼女が自分のことを追いかけて授業をさぼるたびに、嬉しくなっていたのは事実である。
汚い自分を眼前につきつけられて、意地でもこっちに残ってやろうと思った。
追いかけるのは、かっこわるい。脳裏によぎったのはこの言葉だった。
考え事をやめると、甘ったるい香水の匂いを驚くほど身近に感じた。裕介の肩に頬を乗せたリカが、さっきと同じように結晶の入った袋を揺らしている。
「このクスリ、アップルっていうのぉ。可愛くない?」
なにが可愛いのかわからなかったが、そうだな、と適当にあいづちをうっておく。みえみえの媚びが面倒くさかった。
そっけない態度の裕介に愛想つかしたのか、リカは早々に離れて、アロマポットの皿に結晶を入れはじめる。
このメンバーは常習なのか、待ち遠しげにリカの手元を眺めるだけで、不安に駆られているというものはいなかった。
ライターでキャンドルに火がつけられると、みんなが一斉に裕介を見る。
「ユウ。お前はじめてだろ? 一番はじめにやらせてやるよ」
リーダー格のタクが、ごちゃごちゃと指輪をはめた指でアロマポットをさした。
ぎらついた目が自分に集中して、もう引けないところまで来てしまっていることを自覚した。それでもなかなか近づけないでいると、リカを挟んで隣の男が裕介の頭を掴んだ。
「さっさとしろよ!」
掴まれたままの頭を、アロマポットに寄せられる。結晶は半分以上溶けてしまっており、気体となってゆらゆらと立ち昇っていた。
のけ反らせたのどが苦しくて、何度も深く吸いこんでしまう。その瞬間に、不安や怖いという感情はなかった。
ようやく解放されテーブルから離れると、待っていた連中がアロマポットに群がった。犬猫が餌を食べている様子に似ている。
喉を押さえながら、自分の身体に変化がないことに安心した。鼻をすするような音を聞きながら、座っていた場所に腰をおろす。
目の裏側が熱く、涙がいつもより多く膜を張っていた。視界がぼやけて見えるのはそのせいである。
拍子抜けした。あまりに怖がっていた自分がおかしくて、笑いがこみ上げてくる。クラブの連中も、ドラッグという言葉に酔っていただけなんじゃないか、そんな風に思えた。
リカがニヤついた顔で、見つめてくる。その視線で、自分が声をあげて笑っているのに気づいた。
妙に楽しい。子供のころに感じていたワクワクした気持ちに似ていた。目につくもの全てが気になって、小さな音でも反応してしまう。
すると、とつぜん個室の扉が開いた。
感覚の鋭くなった頭は、足元を見ただけで誰かわかってしまう。制服姿のままの智大である。彼は片手に携帯電話を持っており、通話口に向かって礼を言って切った。
「裕介、帰るよ」
蔑むような目で見下ろされながら、彼は裕介の腕を掴む。クラブ内の音楽がさっきよりもひどく鼓膜を揺さぶっても、智大の声だけははっきりと伝わった。どうしてここにいるのか考えている暇もなく立たされる。いつか感じた力強さだった。