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 ※※※



「あんた、ドMなんじゃないの」


 制服姿が行きかう街の中、中原は鋭く裕介をさした。二人は私服に着替えており、クラブに向かっているところである。

 険しい顔しているのは今にはじまったことではない。クラブに行くことを決めて中原を誘ったときからこの調子だ。


「昨日あんだけ飲まされたのに、今日もまた行く気? 信じられない」

「だから無理についてこなくてもいいっていってんだろ」


 二人はなんやかんや言い合いながらも、肩を並べている。街の大通りからわき道に入ったところに来るまで口を閉じなかった中原が、とつぜん黙りこくった。

 さすがに言い過ぎたかと立ち止まると、思いつめたような表情の彼女と目が合う。


「あんたさ、あたしを……」

「中原を?」


 いつもはっきりと言い切る中原にしては、珍しく言葉をにごした。


「いや、なんでもない」


 ため息を一つ吐いてつまらなさそうに視線をそらすと、裕介を追い越していく。

 彼女の様子は気になったが、口を開くとも思えなかったので、タンクトップの背中についていった。

 人通りの少ない道の角にあるビルの一階は、黒く塗られていた。看板もなにもない店の外でも、かすかに音楽は聞こえてくる。低いベース音だけが響いてきた。

 扉を開けると突き抜けるような爆音と、階段の下からのぼってくる煙草の匂いが頭を揺らす。


「あーあ、うるさいしタバコくさい」


 文句言うな、と毎度グチる中原を睨みつける。

 先に階段を下りると、照明の光が充満した煙に受け止められ、妖しげな雰囲気になっていた。いつもと同じ光景だ。露出した腰をくねらせ踊る女に、それを端のボックス席で眺める男。あまりに単調すぎて、今では刺激が足りない。

 けれど、中原はいつまでも慣れないらしく、眉間にシワを寄せ続けていた。


「あ、ユウくんだぁ。待ってたんだよー」


 耳がマヒしかけたころ、ひときわ甲高く、間のび気味の声がはっきりと耳に届く。声のしたほうに、髪を顔の二倍ほどにふくらませた女がいた。彼女の髪型は個性的で、どんな人ごみの中でも見つけられた。

 人をかきわけて女が裕介のもとにたどり着くと、大きな胸を押しつけるようにして腕に絡みついてきた。白いベアトップがブラックライトで青白く光っている。はじめに逆ナンしてきたリカという女だ。

 まるで中原のことなど眼中にないかのように、裕介にしなだれかかってくる。テカテカと光っている唇が別の生き物に見えた。上目遣いの瞳に媚びをにじませている。


「聞いて聞いてぇ。タクがリカのために個室とってくれたんだぁー。だってね、リカ、みんなと楽しくなろうと思って、イイモノ持ってきたんだよ。じゃーん」


 そう言って凶器のような長い爪のついた指を広げる。透明な袋の中に結晶が入っていた。


「これ吸うとねぇ、チョー気持ちよくなんのぉ、ユウくんもやろ?」


 指先で袋をつまんで、裕介の目の前で揺らす。なんのことかわからずに、それを目で追っていた。

 中原はもともと鋭い瞳をさらにとがらせる。低く発した声は、音の閉じこめられた箱の中でも耳に届いた。


「ドラッグでしょ、それ。テレビで見たことある」


 彼女の一言は、裕介を現実に立ち返らせるには十分だった。

 自分のことを知らない連中といるのは、気を使わないでよかった。でも、しょせんその程度の関係である。裕介は半ば見下したように相手していた。それが、不真面目への精一杯の抵抗でもあった。ドラッグという言葉が非日常的で、改めて自分とは違う人間の集まりなのだと感じる。

 中原は険しい表情をくずさずに、リカが絡んでいるのとは反対側の腕を掴んだ。


「ユウ、帰るよ」

「コワいだけなんじゃなーいのぉー?」


 リカは中原に対して挑発したのに、裕介は身体を強張らせた。

気持ちは、中原と一緒に帰るほうに流れている。怖がっているのか。そして、逃げることになるのか。

 学校ではもう脱落者として見られているに違いない。それなのに、ここでも臆病者の烙印を捺されてしまったら、自分は一生立ち直れないような気がした。頭の悪い連中から、下に見られるのだけは嫌だった。

 一回だけなら常習性はないはずだ。一回だけなら。そう自分に言い聞かせる。


「どうせニセ物だろ。本物が手に入るわけねぇじゃん。やろうぜ」


 違法行為に片足つっこむ言葉は、案外軽いものなのだ、とひとごとみたいに考える。

 けれど身体は正直だ。笑おうとした唇はひきつり、きっと歪な形をしている。軽く握りこんで固まっている手は、緊張しているのか自分の意思で動かなかった。

 リカは嬉しそうに身体をすりよせ、中原はずっと目をそらさない。強すぎる視線は、今の裕介にとって毒でしかない。


「本気で言ってる?」

「なんで嘘つく必要があるんだよ。お前も、やるだろ?」


 まるで智大を相手にしているときのように意地を張ってしまう。それでも違うのは、最後には中原が折れてくれると思っているからだ。

 まっすぐに見つめかえせば、彼女は断れない。それを知っていて、わざと目をそらさずにいた。けれど、先に逃げたのは中原だった。

 強気だった顔は青ざめたかに見え、薄い唇を噛んでいた。


「……さっき言いかけたことだけど、あたしを道連れにしようとしてない? 一緒にサボれば成績下がるとか考えてないよね。……あたしもいろいろと頑張ってきたつもりだったけど、正直あんたには失望した。先に帰るわ」


 いつにない突き放した台詞に、頭を殴られたような気分になる。その場に足が根をはり、動けない。彼女が背を向けて歩き出すのを止められなかった。


「ばいばぁーい」


 勝ち誇った顔でゆるく手を振っているリカを中原はきつく睨みつけ、人にぶつかりながらも駆け足でクラブをあとにした。

「きゃあ、こわぁーい。ユウくん、いこぉ」

 リカに引っぱられるままクラブの奥へと移動する。






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