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楽しかった授業も今では面倒くさいものに変わってしまった。
今まで楽しめていたのは、授業内容を理解しているからなのだと気づく。毎度サボってしまっている裕介にとってときおり出席する授業は、眠気を誘う呪文を唱えているようにしか聞こえなくなった。
一限目が終わって、特別棟の屋上へと向かう。
本校舎と特別棟を結ぶ渡り廊下を進んでいるときだった。地学の教科書を持った一年の集団が、前から歩いてきた。あまり見られたくなくて、うつむき気味に身体を廊下の端によせる。
こちらを向いて囁きあっている集団の中から、今一番会いたくない声がした。
「あ、裕介。ちょっと待って」
思わず顔をあげると、智大が友人たちに断りをいれながらこちらに歩いてくるところだった。
昨日の夜から顔を合わせていなかったが、彼の表情になんら変わりはない。安心するのと同時に、胃が重たくなる。二日酔いのせいだけでなく、昨夜の自分の発言によるものだ。
「なんだよ」
口調が乱暴になってしまうのは、もう癖だった。
水色の半袖のカッターシャツをきちんと留めている相手とは対照的に、裕介は二つ目まで開けて鎖骨をさらしている。彼の視線がそこを撫でたような気がして、隠すようにのどをさすった。
智大は残念そうな表情で口をひらく。
「今朝、おばあちゃんの容態が急に悪くなったみたいで、母さんたち実家に帰ったんだ」
祖母が地方に住んでいるからか、あまり会ったことがない。容態が悪いと言われても、現実味を感じないから不思議だ。
今日は両親が起きてくる前に家を出た。裕介の様子がおかしいことに両親も気づいているようだ。最近はなるべく顔を合わせないようにしていたから、家族の行動が見えていなかった。
家に智大と二人きりになるのかと思うと気が滅入る。息が詰まってしまうと思った。
本校舎のほうに、智大の友人たちがこちらをうかがっていた。二人がこうして話しているのなんて初めてだろうから、ものめずらしげに見られるのも無理はない。
「へぇ。それだけ? だったらもう行くけど」
早くここから移動したくて、相手の横を抜けようとした瞬間、昨夜と同じように腕を掴まれた。とっさに振り払うと、智大は一瞬だけ眉をひそめる。けれど、傷ついた表情が嘘のように、赤みのある唇に笑みをのせた。
「一緒に食事しないか。たまには二人で外食でも」
「約束あるからパス」
最後まで言わせる前に断り、特別棟へ歩きだす。
本当はなんにもなかった。念のため私服を持ってきているくらいで、約束なんてものはない。
「図書館で待ってるから。用事終わったら……」
離れていくにつれ、彼の声は聞こえなくなっていった。
智大はなにもわかっていない。自分がなにを悩んでいて、苦しんでいるのかも。双子なら以心伝心できるんじゃないのか、と都合のいいときばかりそんなことを考える。
日に日に嫌いになっていく。
そしてふと思った。
自分はなにを悩んでいるのだろうか。