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 ※※※



 近所づきあいが盛んな住宅街も、夜の十時になると静かなものだ。隣の家から小さく漏れているテレビの音を聞きながら、裕介は家のドアを開ける。


「気持ちわりぃ」


 すぐにでも玄関に倒れたい気持ちをおさえ、スニーカーを後ろに飛ばしながら脱いだ。ふらつく足をどうにか前へ進ませながら、リビング奥にあるキッチンへ向かう。誰もいない一階は真っ暗である。

 高校まで一度もアルコールを飲まなかったので、耐性ができていない。目は回るしまっすぐ歩けなかった。それもだいぶ治まってきたが、胃に負担のかかる不快感だけは消えない。いっそのこと胃を取りだして洗ってしまいたいと思うほどだ。

 キッチンで水を飲むと少しだけ頭がさえてくる。シンクに腕をつき深呼吸を繰り返した。

 クラブに行ったのはいいものの、勧められるままに酒を飲んでしまった。中原は頑として飲まず、雰囲気が悪くなりそうだったのを裕介がカバーしたのだ。酒代は連中の一人に金持ちがいるらしく、そいつのおごりだった。

 もうすぐ飲食店を経営している両親も帰ってくるころである。アルコール臭い衣服を脱いで、早くベッドで寝なければならなかった。

 壁に手をつきつつ、キッチンを出ようとしたとき。


「どこに行ってた」


 急にリビングの明かりがつき、自分とよく似ている声が飛んでくる。重たい頭を声のしたほうへ向けると、出入り口に智大が寄りかかるようにして立っていた。

 乾ききっていない前髪をかきあげ、眉をひそめている。パジャマに包まれた腕を組んでいる姿は、心配そうというより怒っている意思表示にもみえた。しかし、声は柔らかいままで瞳には気遣わしげな色が宿っている。


「別に、どこだっていいだろ」

「最近いつも遅いよね」


 遅く帰るたびに智大は小言をいってくる。待ち構えたようにして立っているのだ。

 今はわずらわしい説教を聞きたくなかった。全身がだるくて、まともに取り合っていることさえしんどい。

 弱々しい腕で相手をどけるようにしてリビングを出る。すれ違いざまに鼻をならした智大が、鋭い声で呟いた。


「酒臭いよ、それに」


 リビングを出て急いで階段に足をかけようとしたとき、後ろから腕を引かれた。アルコールに酔っている身体は、いとも簡単に智大の腕に包まれる。体重も身長もそう変わらないはずなのに、裕介を力強く受け止めた身体は、とてもたくましく感じられた。わきの下から差し入れられた腕は腰をしっかりとつかみ、背中越しに相手の鼓動が聞こえてくる。自分とは違う落ち着いた心音だった。

 智大の鼻先が肩をくすぐる。


「香水の匂いがする」


 まるで、いやらしいことでもしてきたのか? と問うように言う相手に、顔が熱くなる。

 耳元をくすぐる声はわずかに語尾が掠れていて、まるで彼の方が情事のあとのようだ。手は遊ぶようにシャツをたぐり寄せている。その動きが愛撫を思い起こさせ、下腹が妙にひくついた。アルコールが急に回ったみたいに、体温が上昇する。


「うるせぇ! 双子だからっていつも一緒にいなきゃいけねぇのかよ! 俺は俺だっ、お前とは違う! 関係ねぇだろーが!」


 声を荒げると、相手の拘束から逃れて階段を駆けのぼり部屋に入った。足の勢いはそのままでベッドへと寝転がる。

 さっきまではすぐにでも寝てしまいそうなほど疲れていたのに、今では眠気は遠ざかっている。智大のことが気になっているからだ。

 ひどいことを言ってしまった自覚はある。たとえ裕介が相手のことを快く思っていないとしても、血の繋がった家族なのだ。関係ないわけがない。心配から声をかけてくれたのに、突き放してしまった。

 怒鳴ったあと、あと味が悪くて彼の顔を見ることができなかった。智大に対して冷たくなりきれないのも、裕介の曖昧なラインである。

 階段をのぼる音が聞こえてきた。その落ち着いた足音は裕介の部屋の前で止まる。長いこと音はせず、しばらくすると足音は隣の部屋へ消えていった。

 裕介は一人、なぜこんなにも智大のことが嫌いになったのか、ぼんやりと考えていた。

 成績や人望だけではない、なにかがある。

 けれども答えは出ず、意識はゆっくりと波にさらわれていった。







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