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儀式屋の小間使い シリーズ2「焦がれ狸」

作者: モモスケ

今日は日曜日で学校が休みだ。

 おかげで遅くまで寝ていられる。

 寝返りをうつと手に何やら柔らかいモノが当たった。

 擬音で表すならムニュとかプニュって感じの感触・・・抱き枕?

 いやいや、僕は抱き枕なんて持ってないぞ。

 それにこの感触、以前にも触ったことがある気がするのだけれど、一体何だっけ?

 ムニュっと柔らかいこの感触・・・ああ!そうだ、思い出した。

 これは人間だ、人間の女の子の感触だ。

 昔、妹と一緒に寝ていた時の感じだ。

 どうやら、いつの間にか僕のベッドに潜り込んで来たらしい。

 ベッドの中に潜り込んでいるから顔は見えないが妹に違いない。

 とはいえ、最近じゃ、思春期真っ只中のせいか妹とは昔ほど話したり一緒に出かけたりはしなくなっている訳で、ましてや一緒に寝るだなんて妹が中学生になってからは一度もない。

 一体どういう風の吹き回しなんだか。

 余程怖いホラー映画でも観たのかもしれない。

 それにしてもこいつ・・・いつの間にこんなナイスバディになったんだ?

 それにこいつ・・・裸だ。

 というか何で裸なんだ?

 そういうお年頃なのか?

 裸で寝ている妹の体を触る兄・・・これだけだとシスコンの変態に思われるかもしれないが、それは違うのだ。

決してイヤラシイ意味ではなく、妹の成長を確かめるための行為だ。

 その時、部屋のドアが開き、誰かが僕の部屋に入って来た。

 やべぇ!母親が入って来たのか?と思った瞬間、意外な人物の声が聞こえた。

 「お兄ちゃん、日曜日だからって何時まで寝てんのさ。早く起きてよ」

 そう言って仁王立ちしている人物こそ、僕の妹、はやかわだ。

 ということは僕の横で寝ている奴は誰なんだ?

 「お兄ちゃん、その不自然なベッドの膨らみは何?明らかに誰か居るよね?」

 「いや、これは・・・僕にも何が何だか・・・」

 妹じゃないなら誰なんだ?

 確かに中学生の妹にしては胸が大きいとは思ったんだよな。

 とりあえず、こいつを追っ払ってから確認しよう。

 「有希、もう僕は起きたからさ、部屋から出てってくれない?」

 「何で?っていうか誰?」とベッドの膨らみを指差し有希は言った。

 「いや、これは・・・アレだ」

 「アレ?アレって何よ?」とまるで浮気現場を押さえたかの如く迫ってくる。

 こいつ、いつからこんなドSになったんだ?

 「分かったわ。正直に言わないなら、毛布を剥いでやる!」

 「ちょ、ちょっと待て!落ち着けって!」

 「問答無用!」

 有希が毛布を剥ぎ取ろうと迫って来た瞬間、ガバッと毛布がめくれ、僕のベッドの上に素っ裸の金髪少女が現れた。

 突然のことにボー然とする僕達兄妹を尻目に金髪少女は「うるさいにゃー」と文句を言いながら、のんきに背伸びをしている。

 ホント、誰なんだこいつ、というか「にゃー」ってなんだ?

 さらに少女は素っ裸のまま「ご主人、おはようにゃ」と言って僕に抱きついてきた。

 それを見ていた妹は悲鳴を上げて、部屋を出て行った。

 「お母さん!お兄ちゃんが女の子連れ込んでるよ!どうしょう?絶対誘拐して来たんだよ!警察に通報しなきゃ!」と母親に報告している声が聞こえてくる。

 おい、誘拐ってなんだよ!お兄ちゃんは悲しいぞ。

 「相変わらず有希ちゃんは騒がしいにゃ」と金髪少女は欠伸をしながら言った。

 妹の名前も知ってるようだけど、こいつ本当に何者だ?

 「なあ、とりあえず僕から離れてくれ頼むから」

 「何でにゃ?」と言うと更にキツく抱きついてきた。

 「ちょ、ちょっと、当たってるからさ、マジで止めて!頼むから止めて」

 裸の少女に抱きつかれて、僕のささやかな理性は風前の灯だ。

 「しょうがないにゃー」とようやく離れてくれたはいいけれど、相変わらず裸は目に毒だ。

 僕は自分のジャージを引っ張り出し彼女に渡した。

 「とりあえず、これを着てくれ」

 彼女はジャージを受け取るとすぐにポイッと放り投げて言った。

 「こんなダサいの着たくないにゃー」

 「着たくないにゃーって、裸でいる気かよ!」

 そんなことされたら、色々な意味で困るんですけど。

 「えー、裸は嫌いかにゃ?」

 「いや、嫌いじゃないけど、というかむしろ好きだけど色々と不都合があるのですよ」

 「注文が多いご主人だにゃ」と言うと彼女は立ち上がった。

 その瞬間、素っ裸だった彼女が一瞬にして黒いゴスロリ姿になった。

 魔法少女よろしく一瞬で変身するなんて・・・こいつ何者だ?というか人間か?

 そして、なぜ黒ゴスをチョイスしたんだ?趣味なのか?

 「お前、誰だ?何でそんなことが出来る?」

 僕の質問に膨れっ面をして彼女は言った。

 「今更何を言ってるのにゃ?あたしはいつもご主人の側にいるにゃ」

 いつも側にいる?こいつ何を言ってるんだ?

 そういえば、いつも僕の側に引っ付いている化け猫の姿が見えないけど・・・。

 「お前、もしかしてクロか?」

 「はいにゃ!」と金髪乙女改め化け猫娘クロは元気良く返事をした。


           *********************


 ドタドタドタと勢いよく家の階段を上がって来る足音が聞こえてきたかと思うと妹が部屋に入って来た。

 しかも、母さんを連れて。

 「ほら見てよ!金髪の女の子が・・・あれ?」

 有希は僕の部屋をキョロキョロと見回し言った。

 「お兄ちゃん、彼女をどこに隠したの?」

 「彼女?隠す?何のこと言ってんだ?有希、お前寝ボケてんのか?」

 「寝ボケてなんかないわよ!ねえ、お母さん、ホントに金髪の女の子がいたのよ!」

 必死に説明する妹に母さんはタメ息混じりに言った。

 「誰も居ないじゃないの。バカなこと言ってないで、早く朝ごはん食べちゃってよ」

 「ホントにいたんだもん!きっと、どこかに隠したのよ」

 そう言うと有希は家捜しを始めた。

 「ちょっと待て!人の部屋を漁るな!」

 「やましいことが何もないならいいじゃない!」

 そう言いながら、愚かにもベッドの下を探ろうとしているではないか!

 そこはヤバイ!女の子はいないが極秘の書籍が保管してあるのだ!

 「ちょと待ってくれ!そこは止めて!マジで止めて!」

 「いいじゃないの!減るモンじゃないでしょ?」

 バカなやりとりをしながら押し問答している僕達を見て母はタメ息をついて言った。

 「二人とも朝っぱらからバカなことしてんじゃないわよ。そもそも、薫に女の子を連れ込むような度胸も甲斐性もないわよ」

 そう言うと母はゲラゲラ笑い出した。

 まったく、なんて母親だ!

 「そっか、そうだよね。お兄ちゃんにそんな度胸ある訳ないよねぇ。というか、お兄ちゃんに連れ込まれるようなマヌケな子、いる訳ないよね」

 有希は母の言葉にビックリするほどあっさりと納得した。

 それで納得されるのも悲しいものがあるが、否定出来ないところがまた悲しい。

 「薫、さっさとごはん食べてよね」と言うと、母は部屋を出て行き、妹もそれに続いた。

 騒がしい親娘が去ると、僕は部屋の鍵を閉めた。

 「いいぞ、大丈夫だ」

 僕がそう言うと、クロは化け猫モードから黒ゴス人間モードに変化した。

 妹が言うところの金髪の女の子、つまりクロが消えたのは、さっきまで化け猫モードになっていたからだ。

 見鬼体質ではない二人には化け猫モードのクロは見えないのだ。

 「ご主人は甲斐性なしにゃ?それじゃ、あたし苦労しそうにゃ」

 なぜか黒ゴス姿の金髪少女はそう言いながらタメ息をついている。

 タメ息をつきたいのは僕の方だよ。

 はあ、こいつ・・・どうしょう?


              *******************


 突如人間に化けれるようになったクロの扱いに困った僕はオカルトの専門家、儀式屋であり現役女子高生(怪我で入院中)の宵山小夜のもとを訪ねた。

 病室に入って来た僕とクロを見て彼女は言った。

 「早河君って、黒ゴスが好きだったのね」

 「いや、別に好きじゃないんですけど」

 「それなら何でクロちゃんにそんな格好をさせてるの?」

 人間に化けているクロの正体に一発で気付くとは、さすが宵山さんだ。

 「いや、この格好はこいつが勝手にやってるだけだ」

 僕の言葉にクロが反論の声を上げる。

 「ひどいにゃ、ご主人の趣味に合わせたのにゃ!」

 「僕にそんな趣味はない!」

 「あれれ?おかしいのにゃー、ご主人のベッドの下にゴスロリメイドが何やらイヤラシイことをしたり、されたりしてる本があったのにゃ」

 なっ、何ィ!このバカ猫娘め、いつの間に見やがったんだ?

 クロの言葉に宵山さんは冷ややかな視線を僕に向ける。

 「ふーん。早河君って、そういうのが好きなんだ」

 「いや、誤解だ!それは僕の趣味じゃない!友達がくれたんだ!」

 「友達?友達って柳田君ことかしら?」

 「えっ?何で柳田のことを知っているんだ?」

 「だって有名じゃないの。あなた達二人共ね」

 「僕達が有名?聞いたことないぞ?どんな風に有名なんだよ?」

 「そうね、地味で有名なのよ。通称ジミーズって言われてるわね」

 地味で有名ってなんだよ!というか有名な時点で、もはや地味じゃないだろ!

 それにジミーズってダサ過ぎだろ! 

 「そんなあだ名は気に入らないって顔ね、早河君。それなら私が新たなあだ名を付けてあげるわ。そうね、エローズってのはどう?」

 「絶対嫌だ!」

 「エロいご主人にはピッタリにゃ」

 「どこがだ!僕のどこがエロいってんだ?」

 まったく、清廉潔白の清い心を持つ僕に対して、なんて失礼な使い魔だ。

 「朝、ベッドであたしの体をまさぐったにゃ」

 「へぇー、早河君そんなことしたんだ?」

 「いや、違う!それは妹と間違えて・・・」

 「妹と間違えて?それはつまり本来なら妹にそういうことをしようとしてたってことかしらね」

 彼女は突き刺し切り刻むような、それでいて哀れむような視線を僕に浴びせる。

 痛い!視線が痛い!

 さすがの僕も女の子にそんな目で見られたら、かなりショックだ。

 へこんでいる僕にクロは言った。

 「まあまあ、ご主人、元気出すのにゃ」と言いながらポンポンと僕の肩を叩いた。

 まったく、もとはといえばお前のせいだろが・・・。

 だいたい、何で突然人間に変化出来るようになったんだ?

 というか、それを聞きに彼女の所へ来たんだった。

 「なあ、こいつ何で急に変化出来るようになったんだ?」

 「・・・・・さあ?何でかしらね」

 冷たっ!視線が冷たいッス!

 何だか病室の温度が下がったように感じるのは気のせいか?

 「冷たいよ!宵山先生」

 「しようがないわね、惨めで愚かで哀れな早河君に教えてあげるわ。狐者異<こわい>の魂をクロちゃんに食べさせたでしょ?あれでレベルアップしたのよ」

 そういえば、モンスター育成ゲームのシステムみたいなこと言ってたっけ。

 「レベルアップって本当にそんなんで成長すんのか?」

 「するわよ。ただし自分より強い魂じゃなきゃ急激に成長しないけどね。あの狐者異は結構強い妖怪だったから、クロちゃんも大幅にレベルアップしたって訳ね。まあ、結構強いと言ってもマタイチの敵じゃなかったけど」

 宵山さんがそう言った途端、後ろから渋くカッコイイ声が聞こえた。

 「おや、早河の旦那、いらしてたんですかい?気付きませんで失礼しやした」

 その声の主は宵山小夜の使い魔、白き化け猫マタイチだった。

 「相変わらず、いい声してるね」

 「お褒めにあずかり光栄でさぁ」

 噂をすれば影・・・いや、噂をすれば化け猫か。

 色々な妖怪から命を狙われている宵山小夜を常を護衛しているマタイチが僕らの到着に気付いていないはずはないのだけれど、マタイチは必ずそう言うのだ。

 マタイチの登場にクロは「はにゃ!]と声を上げるとマタイチに頭を下げて言った。

 「マタイチ様!ご機嫌麗しゅうですのにゃ!」と言いながら恭しくお辞儀をしている。

 喋れるようになる前、マタイチに会った時にやたらとニャーニャー鳴いていたけど、その時もこんなことを言っていたのかもしれない。

 化け猫界のヒラエルキーからすればクロは底辺で、かつては化け猫の王とまで呼ばれたマタイチとは圧倒的に大きな差があるから、クロが恭しく礼儀正しく挨拶するのは当然と言えるだろうけど、その少しでいいから一応は主である僕にも敬意を払って欲しいね。

 恭しく頭を下げるクロにマタイチは言った。

 「お嬢ちゃん、前にも言ったが、様は止してくだせぇ。あっしはただの使い魔、化け猫マタイチでさぁ」

 「失礼しましたにゃ、以後気をつけますにゃ」

 「いやいや、分かって頂ければいいんでさぁ。それじゃ、あっしは散歩に行ってきやす」

 そう言うとマタイチは前足を上手に使いドアを開けて病室から出て行こうとした瞬間、思い出したように言った。

 「おっと、そういや新しい客人がおいでになったようですぜ、お嬢」

 そう言うとマタイチは病室を後にした。

 「そうだったわ。今日、新しい依頼人が来るんだったわね。すっかり忘れてたわ」

 新しい依頼人・・・ということは、このまま居たら再び儀式屋代理として動くことにらることは間違いないのだけれど・・・それは嫌だ!今日はせっかくの日曜日なのだ!

 ここはひとつ退散しよう。

 「そっ、そうか、邪魔したら悪いし、僕はそろそろ失礼しようかな。クロ、帰るぞ」と病室を出ようとドアに向かうと突然後ろから羽交い絞めにされた。

 僕を羽交い絞めにしたのは使い魔のクロだった。

 「なにすんだよ、クロ」

 「ご主人逃げる気にゃ?」

 「あら、そうなの?逃げる気だったの?」

 「いっいや、その、大事な用事を思い出したんだよ」

 「ふーん、大事な用事ねぇ・・・」と宵山さんは明らかに信じてない目で僕を見る。

 「嘘にゃ、どうせイヤラシイDVD観るか有希ちゃんの入浴シーンを覗くか、どっちかなのにゃ!」

 「どちらでもねぇよ!いい加減放せ、バカ猫」

 「バカ猫とは失礼にゃ!」

 クロともみ合いになり後ろ向きに倒れ、クロが僕の下敷きなってしまった。

 倒れた瞬間、頭を床に打ったクロは「うーん、痛いにゃ~」と頭を擦っている。

 「悪い、大丈夫か?」

 「大丈夫じゃないにゃ~、急に押し倒さないでほしいのにゃ。あたしの可愛さにムラムラしたのにゃ?」

 「してねぇよ!まったく、心配して損したよ」

 はあ~っとタメ息をついたその時、病室のドアが開いた。

 ドアの方を振り向くと、見覚えのある女の子が一人立っていた。

 「あっ、あの、ごめんなさい!」

 頭を下げると彼女は開けたばかりのドアを閉めてしまった。

 「あの子、どうしたんだ?」

 病室を間違えたのか?

 「どうしたんだって、早河君のせいじゃないの。自分がどういう状態か分かってないの?」

 そう言われてみると、僕が金髪の黒ゴス娘を押し倒してるような状態になっている。

 やべぇ、絶対誤解されてるぞ。

 真昼間から人の病室で、しかもよりにもよって黒ゴス姿の女の子を押し倒すって・・・どんな変態だよ!と言いたいところだけど残念なことに僕自身だ。

 慌ててクロから降りる僕に宵山さんは言った。

 「昼真っから自分の使い魔に欲情して押し倒すなんて、一体どういう神経してるのかしら?」

 「いやいや、これはアクシデントだっての!」

 「ふーん、アクシデントねぇ。おかげで依頼人が逃げちゃったじゃない」

 「えっ、さっきの彼女が新しい依頼人?」

 「そうよ。さっきの彼女、そのりんが依頼人よ」

 園華林檎・・・うちの学校の一年生で僕にとっては一年後輩に当たる。

 なぜ学年の違う園華を僕が知っているかというと、彼女は美少女ってことで有名だからだ。

 我が校の妹にしたい娘ランキング一位、学年別美少女ランキング一年では一位に輝いている。

 今どき珍しい黒い長髪をツインテールにしている彼女に妹属性の男子はメロメロらしい。

 そうらしいが、僕には妹属性がないからピンとこない。

 というか、リアル妹がいる僕がピンときては、かなりマズイ事態だ。

 宵山さんからは妹萌え疑惑がかけられているが、ここに声高に宣言しておこう。

 僕に妹属性はない!・・・たぶん。

 ちなみに宵山さんは、罵られたいランキング一位、踏まれたいランキング一位とマニアックで、ある意味不名誉な一位に輝いてるが、本人的には嬉しいらしい。

 「早河君、早く彼女を連れ戻して」と宵山さんに言われて、急いで病室の外に出ると、彼女はまだ病室のすぐ近くにいた。

 もはやトレードマークのツインテールはそのままに、ピンクの花柄のフリフリチュニックに下はスパッツをはいている。

 学校のアイドルである園華林檎の私服姿を拝めるとはラッキーだ。

 彼女は左手に紙を持ち、病室の番号と手に持った紙を交互に見ては困惑した表情を浮かべている。

 病室から外に出た僕と目が合うと、苦笑いを浮かべて彼女は後ずさった。

 やべぇ!やっぱり誤解されている・・・というか警戒されている。

 真昼間の病室で、床に女の子を押し倒してる男を見たら警戒するのは当たり前か。

 どうしよう?連れ戻せと言われたものの、何て声をかければいいのか分からない。

 どうしたらいいのか分からず、うろたえている僕に彼女の方から声をかけてきた。

 「あっ、あの、ごっ、ごめんなさい!」

 謝りながら彼女は頭を下げた。

 「えっ、ちょっ、ちょっと待って。何で君が謝るの?」

 どちらかと言えば、謝るのは僕の方だと思うのだけれど。

 「えっ、だって、それは、その・・・お取り込み中だったみたいで・・・」と彼女は顔を赤くしてモジモジしながら言った。

 やっぱり、誤解されているみたいだ。

 「いや、なんていうか、アレはただのアクシデントであって、別に君が想像してるようなイヤラシイことなんてしてないから」

 僕がそう言うと、園華は赤くなった顔を更に赤くして言った。

 「べっ、別にイヤラシイ想像なんてしてません!イヤラシイのは女の子押し倒す早河先輩の方じゃないですか!」

 「いや、だからアレは・・・」

 ん?今、早河先輩って言ったよな?

 「どうして、僕の名前知ってるんだ?」

 そう聞く僕に言い難そうにモジモジしながら言った。

 「どうしてって、その・・・」

 一年女子に知られてる理由は気になるところだけど、言い難そうにしてる時点で、ろくな理由じゃなさそうだ。

 「いや、言い辛いなら言わなくていいから。というか、言わないでくれ。それより、今日は宵山さんに相談があって来たんだよね?」

 「・・・はい、そうですけど、その早河先輩は何でここにいるんですか?」

 「えっと、なんていうか僕は宵山さんの助手みたいなことをしてるんだ」

 「助手・・・ですか?」

 「そう、助手をしているんだ。よいくちでね」

 まあ、正確には助手じゃなくて、下僕あるいはパシリというのが正解なのだけれど、自ら下僕だパシリだと名乗るのもおかしいので、こういう場合は助手と言うことにしている。

 宵口屋というのは宵山小夜の儀式屋としての屋号だ。

 その名の由来は宵の口、つまり逢魔が時に出遭ってはいけないモノに出遭ってしまった者達がやって来る店という意味らしい。

 「それじゃ、あの女の子は誰なんですか?」

 「ああ、えっと・・・あれは僕と同じく助手だよ。実はさっき抱きついていように見えていたのも仕事の一環なんだ。けしてイヤラシイことをしてた訳じゃないよ」

 我ながら無理がある説明だが、園華は「そうだったんですかぁ、誤解してましたぁ」と納得したようだ。

 「あー、よかったぁ。あの噂は嘘だったんですね」

 「あの噂?」

 「はい、早河先輩と宵山先輩が付き合っているって噂です」

 僕と宵山さんが付き合ってるだって?

 「ないない!絶対ない!ありえない!」

 付き合うというより、僕がド突かれてるだけだ。

 僕が否定すると園華は「そうですかぁ。良かった、安心しました」と嬉しそうに言った。

 「ん?なんで僕と宵山さんが付き合ってないと安心するんだ?」

 「えっ、えっと、その・・・」と再びモジモジする園華。

 しかも、なぜか顔が赤い。

 「どうした?もしかして依頼と関係あることなのか?」

 僕がそう聞くと小さく頷き、彼女は手に持っていた紙を僕に差し出した。

 「それ、ホームページを印刷したものなんです」

 ホームページ?一体何のことだ?

 彼女からそれを受け取って見ると、そこには「奇妙・不可思議な出来事、相談にのります。宵口屋」と書いてあった。

 さらには仮事務所として、この病院の名前と地図が載っている。

 どうやら、宵口屋のホームページのようだ。

 オカルトの専門家である儀式屋のホームページが存在するなんて、これも時代なのか?

 印刷されたホームページを見ると、ご丁寧にもこの病院の地図まで(しかも仮事務所として)載っているし、キャンペーン中につき、ホームページを印刷して持って来れば依頼料20%割引なんて書いてあって、まるで飲食店のホームページのような内容だ。

 病院の一室を事務所として使っていて、クーポン券がある儀式屋は世界中探しても宵山小夜、彼女しかいないだろう。

 まあ、世界中に儀式屋が存在するのか分からないけど。

 「あの、それに書いてあるとおり、奇妙な相談にものってもらえるんですよね?」

 「ああ、そうだよ。で、どんな相談なのかな?」

 そう僕が聞くと彼女は再びモジモジし始めた。

 「あっ、ごめん。余計なことを聞いた。僕に言いたくないなら言わなくていいから、宵山さんには正直に話してほしい。そうでないと相談に乗れないからね。それじゃ、行こう」

 宵山小夜の事務所というか、病室に園華林檎を促したその時、園華さんは言った。

 「早河先輩、あの、私・・・狸になるんです」


 狸になる・・・確かに園華林檎はそう言った。

 ド素人とはいえ、見鬼体質を持ち、儀式屋の代理として働いた僕は色々な怪異を見聞きしているのだけれど、人間自身が変化する怪異は初めて聞いた。

 詳しい話を聞くと、どうやら動物園や山の中にいるような動物の狸になる訳じゃないらしい。

 体の変化としては、狸のような耳と尻尾が生え、黒髪が紅くなるぐらいだと言う。

 ぐらいだと言うのは、体の変化だけで他に異変がないということだ。

 変化したからといって、自分や他人を傷付けたりすることはなく、意識はいつもどおりあるらしい。

 怪異と言っても一見すれば、ただのコスプレに見えなくもないが、これが前触れなく自分の意識と関係なく変化してしまうのだから大変だ。

 怪異としてはショボイ気もするが、突然変化してしまうのだから、しようがない。

 もし学校で変化してしまったら、それこそ大騒ぎになるだろう。

 大騒ぎというか、多くの男子が園華林檎の狸コス姿(正確にはコスプレじゃなく変化だけど)に狂喜乱舞すること間違いない。

 一頻り彼女の話を聞いた後、宵山小夜は言った。

 「それは、焦がれ狸<こがれだぬき>ね」

 「焦がれ狸・・・ですか?」と彼女は困惑した表情を浮かべている。

 困惑した表情の彼女に宵山小夜は妖しい笑みを浮かべて言った。

 「そうよ、焦がれ狸。に魅せられ惹かれ、焦がれを引き出されし、焦がれ狸。それが名前よ」

 焦がれ狸・・・それが園華林檎の身に起った怪異の名前だった。

 怪異の名前であり、妖怪の名前でもあるらしい。

 妖怪の名前といっても、焦がれ狸が園華林檎を変化させた訳ではなく、園華林檎が変化して焦がれ狸になる。

 つまり、園華林檎こそが焦がれ狸であり、怪異を引き起こす元凶ということになる。

 そんな彼女を宵山さんはあっさりと帰してしまったのだ。

 今のところ、変化しても彼女自身の精神には変化がなく、問題行動を起こすとかはないのだそうだけれど、帰してしまって大丈夫なのか?

 「納得いかないって顔ね、早河君」

 「ああ、話だけ聞いてサッサと帰しちゃってよかったのか?彼女の意思に反して、暴走して暴れたりしないのかよ?」

 「そうね、それはないわ。自分の意思に反して行動することなんてありえない。焦がれ狸はそういうじゃない。それにあれ以上、話を聞いても仕方ないわ。彼女、ウソついてるもの」

 「ウソ?ウソってなんだよ?」

 「彼女は変化するだけって言ってたでしょ?そんなことないのよ、焦がれ狸の場合はね。だから彼女を調べる必要があるわ。という訳で早河君、クロちゃんよろしくね」

 「了解しましたにゃ!」

 「勝手に了解するなよ」

 という訳でってどういう訳か分からないが、例によって例の如く、僕が調査することになるのだけれど、生憎、僕にはどこぞの高校生探偵のようなスペックは持ち合わせていない。

 園華林檎、彼女のことを調べるといってもどうしたらいいんだ?

 「そんな考え込まなくてもいいじゃない?女の子を調べるの得意でしょ?いつもどおりストーキングすればいいのよ」

 「得意じゃねぇよ!というかストーキングなんてしたことないぞ。だいたい、彼女と知り合いなんだろ?自分は何か知らないのかよ?」

 最初に、いや正確には二度目に園華林檎が病室件儀式屋事務所に入って来た時、彼女は「この前はありがとうございます」と言って頭を下げたのだ。

 「そうね。知り合いって言えばそうだけれど、親しい訳ではないわ。彼女と初めて会ったのは今年の二月初め、彼女がうちの学校に入る前、つまり彼女が中学三年で私が高校一年の時よ。この頃はまだ早河君は存在自体してなかったわね」

 「存在してるっての!僕も同じく高校一年だった!」

 「私の中でって意味よ。存在を知らなければ、知らない者にとっては存在してないのと同じでしょ?」

 まあ、確かにそれはそうかもしれないけど、そんなことを言われたら身も蓋もない。

 「早河君のことは知らなかったけど、同じ一年の中にすごい地味な奴がいるって噂は聞いていたわ」

 一年の時から既に僕にはそんな噂があったのか。

 噂というか宵山さん自身も一年の頃から評判になっていた。

 頭脳明晰で容姿端麗、その上スポーツ万能と、まるで漫画かライトノベルに出てくるヒロインのような評判だ。

 実際、知り合ってみると、その性格までも漫画やライトノベルのキャラのようにエキセントリックだった訳だけれど。

 そんなエキセントリックな宵山小夜と純朴乙女の園華林檎がどうやって知り合ったのか気になるところだ。

 「で、結局何がきっかけで知り合ったんだ?」

 「そうね、別にたいした話じゃないのだけどね。私が学校から帰る時、彼女が困っているところを見かけて、ちょっと助けただけよ。その後、少してから彼女がわざわざ、そのお礼にってチョコレートケーキを作ってきてくれたのよ。いまどき珍しく律儀な子よね」

 彼女の手作りケーキを食べれるなんてうらやましい限りだし、彼女が律儀な性格なのは分かったけど、それじゃあ、参考にならない。

 「私が知っているのは彼女が律儀でお菓子作りが得意ってことぐらいね」

 「そうか・・・ところで彼女は何で焦がれ狸になったんだ?さっき何かに魅せられたからとか言ってたけど」

 「ああ、のことね。悪魔の魔に魅了の魅で魔魅って言うのだけれど、魔魅はあくまでもきっかけに過ぎないわ。直接とり憑くタイプじゃないのよ」

 確かにそのとおりだった。

 彼女を隅々見ても、妖怪の姿は見えなかったのだ。

 妖怪がとり憑いていれば、見鬼体質の僕なら何かしら見えるはずであり、何も見えないってことは、確かにとり憑かれてないってことになる。

 そういうことになるのだけれど・・・それじゃ、どうやって変化してるんだ?

 それに彼女は自分の意思とか関係なく変化してしまうと言っていたのだけれど、それなら誰のというか何の意思で変化しているんだ?

 宵山さんは彼女がウソをついていると言っていたけど、そのとおりなら自分の意思と無関係ではなく、自分の意思で変化するということになるのだけれど・・・。

 自分の意思と力で自在に変化出来るなら、それはもう妖怪なのではないだろうか?

 怪異を引き起こす存在こそが妖怪と定義するなら、焦がれ狸に変化出来る彼女、園華林檎は妖怪ということになってしまうんじゃないか?

 「彼女は妖怪なのか?」

 「そうね、半分ってトコかしらね」

 「半分?」

 「そうよ、半分。半分人間で半分妖怪、つまり焦がれ狸は半妖なの。魔魅に引き出されられて生まれる半妖って訳。半分人間だから見鬼体質じゃなくても普通の人間にも見るこが出来るわ」

 「その魔魅ってのはどんな妖怪なんだ?それに魔魅に引き出されるって何が引き出されるって何だよ?」

 「そうね、魔魅っていうのは化け狸の一種で、人間が普段隠しているいる焦がれ、つまり願望を引き出すのだけれど・・・その普段隠している焦がれが厄介なのよね。普段隠しているのは当然、隠す必要があるような願望だからなのだけれど、それが解放されてしまうのよ。しかも、最悪の方法で叶えようとする。つまり、力で、この場合は妖力で解決って訳よ」

 隠している焦がれ、願望を叶える・・・それが変化する理由らしい。

 つまり、彼女は自らの願望を叶えるために変化しているってことだ。

 それなのに自分の意思に関係なく変化してしまうと言ったのは何でなんだ?

 いや、自分の隠したい願望であり意思だからこそ言えなかったのか。

 そりゃ、普段隠しているような憚れるような願望なら人に言いたくないのは分かるのだけれど・・・けど、それなら何で相談に来たんだ?自分で望んでやっているのなら、わざわざ勝手に変化してしまうなんてウソをついて、相談しに来る意味がない。

 僕が考えていると、宵山さんは言った。

 「どうしたの?珍しく考え込んじゃって」

 「いや、彼女は何でここに相談に来たんだろうと思ってさ」

 自分の願望通り、意思通りに行動しているなら、わざわざ嘘をついて相談に来る必要なんてないように思える。

 「そんなの決まっているでしょう」

 宵山さんは黒く艶のある髪を指でクルクルと弄りながら言った。

 「会いに来たのよ」

 「会いに来たって誰に?」

 例によって例の如く妖しい笑みを浮かべて宵山さんは言った。

 「誰って、焦がれる者に会いに来たに決まってるでしょ?」

 焦がれる者?

 この中に園華の焦がれている者がいるのか・・・。

 そうだったのか・・・だから僕と宵山さんが付き合っているか気にしていたのか。

 つまり、園華は僕のことが好きってことか・・・?

 えっ、えっーーーーーーー!マジか?マジですか?

 ヨッシャ!学年別美少女ランキング一年の部第一位に輝く園華に好かれるなんて、それはもう超ウレシイ!・・・はずなのだけれど、素直に喜べない。

 焦がれ狸に焦がれられた僕はどうなるんだ?

 焦がれ狸に変化した園華は何をするんだ?

 「なあ、焦がれ狸は変化してどんな行動をするんだ?」

 「そうね、焦がれる対象によって変わるのだけれど、対象が人間の場合、対象になった  

 人にとって都合の悪い人間を襲ったり、恋敵を襲ったりするわ。場合によっては本人を襲って拉致したりするわね」

 何か襲ってばっかりじゃねぇか・・・というか、こえぇ!怖すぎる!

 焦がれ狸なんて弱そうな名前の割りにかなり凶暴で凶悪じゃねぇかよ。

 「これから、どうするんだ?」

 「どうするって何が?」

 「だって、焦がれ狸になることを彼女は望んでいるんだろ?変化するのを止めてほしいっていう依頼はウソだったってことだ」

 「そうね。けど、ウソだろうとなんだろうと依頼を受けた以上仕事はやるわよ。それにこのままじゃ、危険だもの」

 「危険?人を襲うからか?」

 「そうね、もちろんそれもあるわね。けど、一番危険なのは彼女自身よ。彼女が変化して、その能力を使えば使うほど彼女自身の生体エネルギーを消費していくわ」

 「つまり、そのまま変化を続けたら、命に係わるってことか?」

 「そうよ。そうならない為にも彼女が変化してやったことを調べてほしいのよ。変化を止めるには必要なのよね」

  調べるっていってもどうすりゃいいんだ?

 まさか本当に彼女の後を付回す訳にもいかないよなぁ。

 そんなことをすれば、それこそ本当のストーカーだ。

 「そんな、困った顔しないで大丈夫よ。彼女がしでかしていることを調べて、追及すればいいだけ。焦がれ狸は半妖だから普通の人間にも見えるわ。だから誰か目撃者がいるはずよ。簡単でしょ?」

 「簡単でしょ?ってどこがだよ」

 「いいから、さっさと、剥いでらっしゃい」

 「剥ぐ?剥ぐって何を?」と言う僕に宵山さんは妖しい笑みを浮かべて言った。

 「そんなの決まってるでしょ?焦がれ狸の化けの皮よ。あと、くれぐれも彼女には余計なことは言わないようにね」


               *******************


 次の日、宵山さんから園華が焦がれ狸に変化して、しでかしていることを調べるようにと言われていたのだけれど、思ったよりも早く、というか呆気なく彼女がしでかしたことが分かったのだ。

 それは確かな証拠がある訳ではなくて状況証拠にしか過ぎないのだけれど、追及するには十分だと思ったのだ。

 話の出所はクラスメイトで新聞部と写真部を掛け持ちしている自称情報通の柳田だ。

 普段の僕ならくだらない噂話として聞き流すとこなのだけれど、この時ばかりはそうじゃなかった。

 柳田曰く、最近この町で、自らをスターパンサーと名乗る不良グループ(本人達的にはカッコいい名前のつもりなのだろうけど、僕的にはダサいと思う名前だ)が何者かによって連続で襲われているという。

 そして、彼らを襲っている何者かっていうのが、コスプレ少女だという話なのだ。

 コスプレ少女がたった一人で彼らを襲い、しかもボコボコにするなんて、信じられないというか信用出来ない話ではあるのだけれど、一番問題なのは彼女の格好だ。

 そのコスプレってのが、狸のような耳と尻尾を着け、赤く長い髪をしているというのだ。

 その姿は焦がれ狸、園華林檎そのものだ。

 もちろん、偶然の一致という可能性がない訳ではないのだけれど、狸の格好をして不良をボコボコにする力を持つ少女となると、半妖である園華林檎以外、考え難い。

 とはいえ、彼女がスターパンサーの連中を襲ったとして、その動機が分からない。

 焦がれ狸が襲うとしたら、焦がれる者に仇名す者ってことになるのだけれど、仇名すどころか、僕は彼らと全く面識すらないのだ。

 園華がスターパンサーを襲った理由が分からない。

 まあ、分からないからこそ追及し、彼女の口から直接語らせる必要があるらしい。

 放課後になり、さっそく宵山さんにスターパンサーの件を報告に行こうとした矢先、園華が僕のクラスにやって来たのだ。

 上級生のクラスに来たせいか少しオドオドしているが、そこがまた可愛い。

 こんな彼女を見てると変化して不良をボコボコにしてるとは思えない。

 「あの、先輩。少し時間いいですか?話したいことがあるんです」

 「話したいこと?話したいことって何かな?」

 「あの、それはここじゃ、ちょっと・・・」と言うと周りをキョロキョロと気にしている。

 人に聞かれちゃマズイ話・・・ということは焦がれ狸に係わることか。

 もしかして正直に全てを話す気になったのか?

 もしそうなら、話が早くて簡単なのだけれど。

 「それじゃあ、これから宵山さんの所に行こう」と僕が歩き出すと彼女が言った。

 「あっ、あの・・・待って下さい。その、早河先輩と二人っきりで話しがしたいんです」

 「分かった。じゃあ、どこで話す?」

 「それじゃ、忍公園はどうですか?」

 忍公園か・・・公園と言っても錆びた鉄棒と小さい砂場、ペンキの剥げたベンチが一つあるだけで、その上周りを雑木林で囲まれているから昼間でも薄暗く不気味で子供達も遊ばないような場所だ。

 だから、人に聞かれたくない話をするには打って付けの場所でもある。

 「分かった、忍公園にしよう」

 「私、少し用があるので先に行っててもらえますか?用が済んだら、すぐ行きますから」

 「了解、また後でな」

 園華と一旦別れて僕は忍公園に向かった。


              *****************


 公園に着くと案の定、誰も居らず、まだ日は落ちていないのに雑木林で囲まれた園内はは暗く、外灯の明かりが頼りだ。

 「ご主人どうする気にゃ?」と化猫モードのクロが僕の足元で囁く。

 「どうするって何がだよ?」

 「暗い公園で女の子と二人っきりにゃ。イヤラシイことでもする気なのにゃ?」

 「そんな気はねぇよ!ただ話しをするだけだっての。お前だってずっと近くに居たんだから分かってるだろ?」

 僕の使い魔であるクロは常に僕の近くにいるのだ。

 学校では化猫モードにさせているので学生や教師に見えることはないし、声も聞こえることはない。

 もちろん、半妖である焦がれ狸ならクロの姿を見ることが出来るが、変化前の園華にはその姿や声を見聞きすることは出来ないのだ。

 「しかし、園華は遅いな」

 用が済んだらすぐ来ると言ってたんだけどなぁ。用事が長引いてるのか?

 「きっと、ご主人と二人っきりになるのが嫌になったのにゃ」

 「嫌なこと言うな!」

 もしそのとおりなら嫌過ぎる、というか悲しすぎる。

 そんなことは考えたくないのだけれど、こう遅いと心配になる。

 何かあったのか?

 探しに行った方が良くないか?

 そう考えていた時、公園に園華がやって来た。

 ここまで走って来たのか、息を切らし、頬が微かに上気し赤みを帯びている。

 「大丈夫か?」

 「はっ、はい。大丈夫です。遅くなって、ごめんなさい。ちょっと道に迷っちゃって。先輩、よかったらコレどうぞ」

 そう言うと園華は鞄からペットボトルのお茶を二本取り出し、一本を僕に差し出した。

 「ああ、ありがとう」

 僕がお茶の代金を渡そうとすると園華はそれを断り言った。

 「あっ、いいですよ。気にしないで下さい。それより聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 「聞きたいこと?」

 「はい、いつから宵山先輩の仕事を手伝ってるんですか?」

 「えっと、それは・・・今年の四月、二年になって間もない頃だよ・・・」

 そう僕が宵山さんの仕事、儀式屋の手伝いをすることになったのは二年に進級して間もない頃のことだ。

 この時アレに巻き込まれていなければ・・・いや、今から思えば巻き込まれたのではなく、僕が巻き込んだというのが正しいのかもしれない。

 僕があんなことをしなければ、彼女が怪我を負うことはなかったし入院したり松葉杖をついて生活することもなかったのだ。

 「それじゃあ、宵山先輩が怪我して入院した頃なんですね」

 「ああ、そうだけど・・・それがどうしたんだ?」

 「あの、宵山先輩が大怪我した理由知ってますか?」

 宵山さんが大怪我した理由・・・それは僕だ。

 僕のせいで彼女が怪我を負ってしまったのだ。

 「なあ、園華。何でそれを知りたいんだ?」

 「えっと、宵山先輩には前に助けられたことがあって、それで気になったっていうか」

 宵山さんに助けられた・・・そういえば宵山さんは前に困っている彼女を助けたことがあると言っていたよな。

 「助けられたって、何があったんだ?」

 「あの、私が男の人に絡まれてるところを宵山先輩が助けてくれたんです。しかも、宵山先輩たった一人で彼らを倒しちゃって、とっても格好よかったんですよ。あんなに綺麗なのに、あんなに強くて・・・まるで天使のようでした」

 宙を見上げ、うっとりした表情を浮かべながら彼女は言った。

 天使ねぇ・・・僕にとっては天使というより悪魔と言った方がしっくりする気がするのだけれど。

 宵山さんの武勇伝の一つである悪さをする不良達を屠っているという話はあながち間違ってなかったって訳だ。

 「あんな素敵な先輩が、何で入院しなきゃいけなくなったのか知りたいんです。早河先輩、何か知っているなら教えて下さい」

 「そっか・・・分かった。教えるよ・・・僕だ」

 「えっ?」

 「宵山さんが怪我をしたのは僕のせいなんだ・・・僕が悪いんだ」

 僕がそう言った瞬間、パンッ!と破裂音が聞こえた。

 園華が片手に持っていたペットボトルを握り潰したのだ。

 握りつぶされたペットボトルからはお茶がダラダラと垂れている。

 低い声で唸るように彼女は言った。

 「あんたか・・・あんただったのね!あんたのせいで、お姉様が・・・」

 お姉様?お姉様っていうのは宵山さんのことか?

 園華の黒髪はツインテールが解けて赤く輝き、まるで炎のようにユラユラ揺らめき、その赤く輝く髪の間からは黒い耳が生え、腰には灰褐色に黒縞が入った太い尻尾が生えている。

 これが、園華林檎・・・焦がれ狸の本性。

 素人の僕にも感じる、とういうか否応なしに感じてしまう程の強い妖気が渦巻いている。

 半妖なんて呼ばれてるくせに、これじゃ生半可な妖怪より強いんじゃないか?と思うほどの圧力がある。

 「お姉様に怪我をさせたのは、先輩だったのね。どおりで、あの連中が知らなかった訳だわ」

 「ちょっ、ちょっとまて、園華。落ち着けよ。どうしたんだ?あの連中ってのは何だよ?」

 「私に絡んできたスターパンサーとかいうバカな男達よ。お姉様にボコボコにされて、その逆恨みで連中の誰かが、お姉様を襲ったのかと思ってたわ。どいつもこいつも、知らないの一点張りだったけど本当だったのね」

 やっぱり、スターパンサーの連中を襲ったのは、焦がれ狸に変化した園華だったのか。

 確かに宵山さんが入院した後、色々な噂が飛び交ったのは事実だった。

 宵山さんのクラスの担任が「怪我で入院した」としか言わなかったせいで、憶測が飛び交ってしまったのだ。

 担任も怪我で入院としか聞いてなかったのだから仕方ないのだけれど。

 宵山さんが怪我をしたのは彼女に恨みを持つ人間の仕業だなんて噂が流れていたのは事実だ。

 「あんただけは許さない!覚悟しなさい!」

 そう言うと、園華が消えた。

 いや、消えたんじゃない、僕の目の前に移動しただけ、速すぎて僕の目がついていけなかっただけだ。

 僕の目の前に現れた園華は右の拳を握り振り上げている。

 ヤバイ、あれをくらったら、間違いなく死ぬ。

 そう思った次の瞬間、僕の体が横に吹っ飛ばされ、目の前が一瞬暗くなる。

 なっ、何だ?

 急いで体を起こすと、仁王立ちしている園華と人型に変化したクロがうずくまっている。

 そうか、僕が攻撃を受ける瞬間、クロが僕を飛ばして助けてくれたのか。

 「おい!クロ、大丈夫か!」

 「だっ、大丈夫にゃ・・・」と言いながらもクロはお腹を押さえて苦しげな表情を浮かべている。

 「大丈夫って、お前・・・」

 全然大丈夫じゃないじゃねぇか・・・。

 まだ未熟とはいえクロは完全な妖怪なんだ。そのクロを一撃であんなふうにするなんて・・・。

 どうやら半妖って言っても、その能力が妖怪に劣る訳ではないらしい。

 うずくまっているクロの髪を掴み園華は言った。

 「さっきから妙な気配がすると思ったら、あんただったのね。邪魔するなら、ただじゃおかないわよ」

 そう言うと、園華は再び拳を振り上げた。

 「やめろ、園華!お前の狙いは僕だろ?ホラ、僕はここだ。襲うなら僕だけにしろ」

 そう言う僕を見て笑いながら園華は言った。

 「へぇ、逃げないのは褒めてあげる。けど・・・脚が震えてるわよ?」

 確かに園華の言うとおりだ。襲うなら僕だけにしろ!なんて言ったものの、そう言う声は震えてるし同じく足も震えている。

 まったく、我ながら格好悪いったら、ありゃしない。

 「ふーん、ビビッてるくせに逃げないなんて余程こいつが大事みたいね。こいつ、どうしよっかなぁ?ねぇ、先輩?」

 そう言うと、ぐったりしているクロの髪を掴んだまま片手で持ち上げ、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 こいつ、さっきまでとは別人じゃねぇか。

 焦がれ狸に変化して姿が変わっただけじゃなく、喋り方や表情、性格そのものが変わってしまったみたいだ。

 いや、性格が変わった訳じゃない。これが園華林檎の本性・・・。

 「なあ、園華、お前は僕が宵山さんに怪我を負わせたから許せないんだろ?」

 園華は僕を鋭く睨みつけ言った。

 「ええ、そうよ!でも、正確に言うと少し違うわ。許せないんじゃない、許さないのよ!」

 そうか・・・そういうことだったんだ。

 ちょっと考えれば分かることなのに、園華が僕に焦がれてるんじゃないか?なんて、勘違いも甚だしい。というか、痛々しい勘違いをしていたんだ。

 焦がれ狸は焦がれている人、想い人に仇名す者を襲う。

 つまり、園華の想い人は宵山小夜だったのだ。

 想い焦がれる宵山さんに怪我を負わせた僕こそが仇名す者、焦がれ狸である園華林檎の敵って訳だ。

 「園華、お前が焦がれる人は宵山さんだったんだな」

 それが園華林檎の密かな焦がれ、押さえ込んでいた焦がれる気持ちだったんだ。

 園華は吼えるように言った。

 「そうよ!悪い?可笑しい?笑いたければ笑えばいいわ!」

 そう言うと彼女は自傷するように笑った。

 「・・・別に可笑しくなんかないさ」

 純粋な焦がれる気持ちに良いも悪いもない。

 純粋に焦がれる気持ちが可笑しいはずもない。

 けど・・・。

 「これは間違ってるよ。こんなこと間違ってる。なあ、園華。お前だってホントはそう思ってるんだろ?」

 「うるさい!」

 叫ぶようにそう言うと、次の瞬間、園華はクロを軽々と僕に向かって投げ飛ばした。

 クロを受け止めようとしたが、受け止めきれずに吹っ飛ばされた。

 うっ、痛ってぇ・・・。

 全身が痛み上手く呼吸が出来ない。

 「クロ、大丈夫か?」

 ダメだ、呼びかけても擦っても動かない。

 園華が僕達に向かって歩いてくる。

 「痛そうね、先輩。ホント、可哀想。けど、お姉様を傷付けたのだから当然の報いね」

 園華はうずくまる僕の目の前に立つと、左足を振り上げて止めた。

 「かかと落としって知ってます?あれって痛いんですかねぇ?」

 「やっ・・・やめっ・・ろ・・・」

 痛みのせいで上手く声が出せない。

 「声がちっちゃくて、何言ってんのか分からないですよ、先輩。それじゃ、さよならです」

 もうダメか・・・。

 そう覚悟した次の瞬間、公園のあちこちから動物の声が聞こえてきた。

 これは・・・この鳴き声は猫?

 しかも数匹ではなく、何十匹と居るようだ。

 地面に横たわるクロと僕、それに園華を取り囲むように猫達は集まり、天高く鳴いている。

 まるで、誰かに何かを伝えるように。

 僕らの周りを取り囲み鳴く猫達を見て、園華は攻撃態勢を解除し言った。

 「先輩、何をしたの?」

 違う、僕じゃない。

 僕にはこんなことは出来ない。

 一体誰がこんなことを・・・?

 突然、合唱するかのように鳴いていた野良猫達がピタリと鳴くのを止めて静かになった。

 そして、静まり返った公園に渋い声が響く。

 「おや?誰かと思えば、旦那じゃないですかい」

 公園の外灯に照らされて、声の主の姿が露になる。

 切れ長の目に黒色の長髪、紺色の作務衣に足袋を履き、僕達の元に歩いてくる。

 その声の主はマタイチだった。

 宵山小夜の使い魔であり、かつては化け猫の王とまで呼ばれていたほどの妖怪だ。

 マタイチを警戒しているのか園華は僕達から離れて距離をとる。

 半妖となった園華にはマタイチが人間に化けていることが分かるようだ。

 「先輩、何か邪魔が入ってしまったみたいなんで、続きはまた今度しましょうね」

 笑顔でそう言うと園華は物凄いスピードで走り出した。

 すぐさま園華の後を追おうとするマタイチを僕は呼び止めた。

 「マタイチ、追うな!」

 振り向かずにマタイチは言った。

 「何故でございやすか?あのままじゃ、他の人間も襲うに違ぇねぇと思いやすぜ」

 「大丈夫だ。下手に追う方が危険だよ」

 マタイチは振り返り言った。

 「それは、どういう意味でございやしょう?」

 「マタイチなら彼女を簡単に捕まえられるかもしれないけど、園華は当然抵抗するだろうからね。そうなれば彼女自身の命が危ない。焦がれ狸の妖力の源は自身の生体エネルギーだ。マタイチほどの妖怪に対抗するために無理して妖力を上げれば、彼女の生体エネルギーを空にしかねない」

 生体エネルギーが空になれば・・・彼女は死ぬ。

 「そうでやすか・・・しかし、このままじゃ、次に誰を襲うか分かったもんじゃねぇ」

 「いや、誰を襲うかは分かってるよ。それはたった今殺しそびれた人間・・・つまり僕だ。彼女のターゲットは僕なんだ」

 「旦那が狙いってぇのは、どういうことですかい?」

 「園華が狙っているのは宵山さんに怪我をさせて入院させた人間、つまり僕なのさ。既に何人か襲っているようだけど、それはあくまでも、犯人探しのためだったらしい。犯人が僕だと分かった以上、他の人を襲うことはないはずだ」

 「それじゃ、これからどうするおつもりですかい?これからまた、旦那が襲われるってことでございましょう?」

 マタイチの言うとおり、今は何とか助かったけど、次はどうなるか分からない。

 やっぱり、園華を逃がしたのはマズかったか?

 どうしよう・・・宵山さんに相談するしかないか。

 体の痛みも少し楽になった僕は立ち上がった。

 立ち上がり周りを見回すと、僕達を囲むように集まっていた野良猫達がいつのまにか、いなくなっていた。

 「ここに集まっていた野良猫達は何だったんだ?それにマタイチはどうしてここに?」

 「あっしは旦那を捜しに来たんでやすよ。あの野良達には旦那を捜すのを手伝ってもらってたんでさぁ」

 そうか、マタイチは眷属である猫を自在に操ることが出来るんだったけ。

 「ありがとう、マタイチ。 ホント、助かったよ」

 あと少し、マタイチが来るのが遅かったらホントにヤバかった。

 「いやいや、あっしはお嬢に言われて来ただけでやすよ。お礼ならお嬢に言って下せぇ」

 「宵山さんが?」

 「へい。今日は旦那が来られるはずなのになかなか姿が見えないってんで心配いたしやしてねぇ。それで、手前に捜して来いと言われやしてね。こうして、馳せ参じたって訳でございやすよ」

 へぇ、宵山さんが僕の心配をしてくれたのか。 

 「それじゃ、宵山さんのとこへ行こう。クロ歩けるか?」

 地面に横たわっているクロに声をかける。

 「うーん、キツイにゃあ。だから、おんぶしてほしいにゃー。お姫様抱っこでもいいのにゃ。それと、超高級猫缶が食べたいにゃー」

 ・・・・・大丈夫そうだな。

 「よし、マタイチ行くぞ」

 サッサと僕とマタイチが歩き出すと、クロが言った。

 「ちょっ、ちょっと!酷すぎるにゃ!ご主人をかばった従順な使い魔に対して扱いが酷すぎるにゃ」

 従順な使い魔って・・・自分で言うなよ!

 まったく、そんだけムダ口を叩けるなら大丈夫だろう。

 「お嬢ちゃん、そんなに辛いなら手前が負ぶって行きやしょうか?」

 マタイチがそう言うと、クロは突然立ち上がり言った。

 「けっ、結構ですにゃ!マタ先輩にご迷惑はかけられないのにゃ。ご主人におんぶしてもらうから平気ですにゃ」

 「僕ならいいのかよ!」

 まったく、しょうがねぇな。

 クロをおんぶすると、僕達は病院に向かった。


           *********************


 病室に入ると、宵山さんはベッドの上で上半身だけ起こし、本を読んでいた。

 病室に入って来た僕に一瞥をくれると彼女は言った。

 「ずいぶんと遅かったわね、早河君」

 「ああ、ごめん。マタイチを寄越してくれてありがとう。マタイチが来なかったらヤバかったよ。心配かけて悪かったね」

 「別にあなたのことは心配なんてしてないから気にしないで。それより、クロちゃんは大丈夫?」

 本に視線を向けたまま、そっけなく彼女は言った。

 宵山さんがそっけないのはいつものことなのだけれど、何処となく不機嫌に見える。

 クロは僕におんぶされながら、いつの間にかスヤスヤと寝息を立てていた。

 僕はクロを病室のソファに寝かせてから言った。

 「クロは大丈夫だよ。それより、どうした?何か怒ってる?」

 「別に怒ってなんかないわ。何で私が怒らなきゃいけないの?怒ることがあるとするなら、読書を邪魔されてることかしらね」

 「そっか、読書を邪魔して悪かったけど・・・その本、上下逆さまだよ?」

 宵山さんは本を上下逆さまに持っていたのだ。

 「えっ?・・・こっ、これはアレよ。本を逆さまに読むという最先端の脳トレをしているのよ」

 そんな脳トレ方法聞いたことないぞ。というか、一瞬「えっ?」って驚いなかったか?

 ホント、どうしたんだ?

 「お嬢は旦那のことを心配してたんで・・・」と言いかけたマタイチの言葉を遮り、宵山さんは言った。

 「マタイチ、黙りなさい!」

 「へい・・・」

 宵山さんの前では化け猫の王と呼ばれていたマタイチも形無しだ。

 タメ息をつくと宵山さんは言った。

 「来るのが遅いし、まさかとは思ったのだけれど、マタイチに捜しに行かせて正解だったわね。どうせ、彼女に私が怪我したのは自分のせいだとか言ったんでしょう?制服のシャツが汚れてるわよ。シャツが汚れる程度で済んでよかったわね」

 その通りだった。お見通しか。

 いや、お見通しだからこそマタイチを寄越してくれたのか。

 「余計なことは言わないようにって言ったでしょ?」

 「ごめん、まさか園華の焦がれてる人間ってのが宵山さんだとは思わなかったんだ」

 宵山さんだとは思わなかったというか、僕だと思っていたのだ。

 「じゃあ、誰だと思ってたの?もしかして、自分だと思った?彼女が焦がれているのが早河君なら、わざわざここに来る必要ないでしょ。早河君となら学校で会えるのだから」

 確かにその通りで、僕は完全に自意識過剰な勘違いと、すべからく異性が好きだという思い込みをしていたのだ。

 「ごめん、僕の思慮が足りなかったよ」

 「まあ・・・分かれば良いわ。後でクロちゃんにお礼を言うのね」

 宵山さんはソファで寝ているクロを指差し言った。

 「化け物は通常、睡眠なんてとる必要はないわ。ああやって寝ているのはダメージを回復するためよ」

 そうだったのか・・・のんきに寝やがって、なんて思っていたのだけれどあれだけダメージを受けていたのだから当然かもしれない。

 いつものように軽口を叩いていたのは僕に気を使っていたのだろう。

 僕は彼女の焦がれる宵山さんを傷付けたのだから、恨まれても仕方ないがクロは関係ないないのだ。

 これから先、僕が狙われるってことはクロもまた危険にさらされるってことだ。

 「これから、どうしたらいいんだ?」

 「そうね、焦がれ狸を倒すには化けの皮を剥がす以外にないわ」

 化けの皮?そう言えば前にも化けの皮を剥がすとか言っていたっけ。

 化けの皮を剥がす、つまり本性をさらすってことだ。

 それなら、もうすでに園華の本性、隠していた焦がれは明らかになっている。

 「化けの皮を剥がすって、彼女の本性はすでに分かってるだろ?」

 「そう?どんな本性かしら?」

 「どんなって・・・だから・・・その、宵山さんに焦がれているってことだよ」

 「それは、本性じゃないわ。それこそが彼女の化けの皮よ」

 それこそが化けの皮?

 「どういう意味だ?」

 「そのままの意味よ。彼女は私に焦がれているから、私に仇名す者を襲っているということにしているだけよ」

 そういうことにしているだけ?

 「つまり、動機は別にあるってこと?」

 「まあ、そういうことね」

 「それじゃあ、どうやって本当の動機ってやつを暴けばいいんだ?」

 「そうね、とりあえず彼女に会うしかないわね」

 そう言うと再びタメ息をついてから、宵山さんは言った。

 「それじゃ、遊びに行きましょう」

 「遊びに行くって、どこに?」

 艶のある髪をクルクルと指に絡ませながら、宵山さんは妖しい笑みを浮かべて言った。

 「園華ちゃんの家に決まってるでしょう」


                ********************

 

 ホントに来てしまった。

 病院を出てからタクシーで三十分ほどで園華の家に着いてしまった。

 睡眠回復中のクロはそのまま寝かせ、僕と宵山さん、そして化け猫モードのマタイチの二人と一匹でやって来たのだ。

 園華の住所は依頼を受ける時点で聞いていたのだけれど、まさかこんな風に突然訪問することになるとは思わなかった。

 当の園華もターゲットである僕自身が家にやって来るなんて思いもしないだろう。

 園華の家は高層マンションの上階にあった。

 いわゆる、億ションってやつだ。

 「さてと、彼女を連れて来るからあなたはここで待ってて」

 そう言うと松葉杖を突きながらマンションに入って行く。

 そして、数分後、園華を引き連れて宵山さんが戻って来た。

 僕が来ていることを聞いてなかったのか、園華は僕を見ると驚いた表情を浮かべた。

 「何で早河先輩が居るんですか?」

 園華は僕を睨みつけてはいるが、宵山さんがいるせいか変化はしないよだ。

 「何でって、彼は助手よ。彼がいると何か困ることでもあるのかしら?」

 園華は僕と宵山さんを交互に見た。

 僕が園華に襲われたことを宵山さんに話したのかどうか、気にしているのだろう。

 「マンションの入り口で話すのもなんだから、すぐ近くに在る公園にいきましょう」

 宵山さんの言うとおり、僕たちは公園に向かった。

 このマンションの住民のためにマンションの運営団体が造った公園らしく、園内は遊具が沢山あり町が造った公園とは大違いだ。

 辺りは日が落ち、すっかり真っ暗になっているが公園内は外灯が沢山あるからか、とても明るい。

 園内に入ると宵山さんは言った。

 「さてと、ここなら静かで話しやすそうね。それじゃ、単刀直入に聞くけど何で早河君を襲ったのかしら?」

 園華は下を向いたまま言った。

 「・・・私も聞きたいことがあります。何でこんな奴を側に置いてるんですか?宵山先輩を傷付けたのに何でですか?」

 「何がいけないのかしら?」

 「何がって・・・宵山先輩のことを傷付けたんですよ?人を傷付けるような奴はyるせないですよ」

 園華の言葉に宵山さんは突然笑い出した。

 「なっ、何がおかしいんですか?」

 「早河君から聞いたのだけれど、スターパンサーって名乗ってる男の子達を何人も襲ってるそうね?それは許されるのかしら?」

 更に語気を強めて園華は言った。

 「あいつ等は女の子を襲うような連中ですよ?痛い目見て当然です。私だって襲われかけた。あの時、通りかかった宵山先輩が助けてくれたじゃないですか」

 「そうね、私はあなたが困っていたから手を出しただけ。別に彼等を痛めつけたかった訳ではないわ。それに早河君に関してはあなたには何もしてないでしょう?」

 「確かに私には何もしてないですけど、宵山先輩を傷付けたんだ。許せる訳がないじゃないですか!」

 「だから何で、あなたが許せないの?何であなたが意趣返しをするのかしら?」

 「それは・・・それは宵山先輩のために・・・」

 「私のため?私が望んでもないことをするのが私のためなの?」

 宵山さんの言葉に園華は肩を震わせながら言った。

 「どうして・・・どうしてなんですか?私は先輩のために・・・先輩のように・・・」

 園華の黒髪が赤く輝き、ユラユラと揺らめき、頭には黒い耳と腰には灰褐色に黒縞が入った太い尻尾が生えている。

 あの時と同じだ。

 焦がれ狸に変化した園華は言った。

 「お姉様には失望しました・・・こんなクズ野郎を庇うなら、あなたも同罪だわ。らしめないといけませんね」

 そう言うと、園華は、いや焦がれ狸は宵山さんに飛び掛った。

 次の瞬間、宵山さんの足元にいたマタイチが人間モードに変化し、宵山さんをガードした。

 マタイチはクロを悶絶させた焦がれ狸の拳を軽々と片手で受け止めると、そのままボールを投げるように園華を投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた園華はまるで水面に投げられた小石のように何度も地面に体を打ち付けながら転がり、外灯に直撃してやっと止まった。

 園華が直撃した外灯はくの字に曲がっている。

 園華はフラつきながら立ち上がった。

 「おい、大丈夫か!」

 駆け寄ろうとすると園華は言った。

 「うるさい!男が近寄るな!邪魔する奴は誰だろうと許さない!」

 そう言うと彼女の周りに炎が渦巻きだした。園華を中心として、その周りに炎が溢れている。妖力を高めているのだ。

 まるで、園華自身が燃えているようだ。

 いや、燃えているのではなく燃やしているのだ。

 自分自身の想いを生体エネルギーを燃やし、その身を焦がしているのだ。

 「やめろ!それ以上やったら死ぬぞ!」

 炎に包まれながら、園華が叫んだ。

 「うるさい!うるさい!うるさい!男が私に指図するな!」

 そう叫ぶとマタイチ目掛けて突進した。

 マタイチは園華の体当たりをヒラリとかわし、園華の尻尾を掴み投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた園華は木製のベンチにぶつかり止まった。

 その衝撃でベンチがバキバキと音を立てて壊れる。

 「園華!大丈夫か!」

 園華の元に駆け寄り、揺さぶり声をかけるが、砕けたベンチの破片にまみれたまま、小さく呻いた。

 良かった、生きてる。

 「何考えてんだよ!彼女を殺す気か!」

 男ですら見惚れてしまうような綺麗な顔をした化け猫は冷ややかに言った。

 「あっしはお嬢を守っただけでございやすよ、旦那」

 そうだ・・・こいつは宵山さんの使い魔なんだ。主である彼女の命を護り命令を守ることこそ使命であり理なのだ。

 それ以外のことは二の次って訳か・・・。

 「宵山さん、マタイチを止めてくれ。これ以上やったら危険だ」

 そう言う僕に宵山さんは夜風に髪をなびかせながら言った。

 「私の下僕とその使い魔を襲い、あまつさえ私も襲うなんて許せないわね。これぐらい当然の報いよ」

 「なっ・・・」

 本気で言っているのか・・・いや、正気で言っているのか?

 その時、気を失っていた園華が意識を取り戻した。

 「はっ、放せ・・・男が触るなっ!」

 肩を抱いている僕の腕を振り解こうとジタバタする。

 「じっとしてろ。これ以上やったら死ぬぞ」

 ただの人間である僕の腕を解けないほどに園華は弱っていた。

 「動く力も残ってないようね。それじゃあ、マタイチ、仕上げよ」

 宵山さんがそう言うと、マタイチは人間モードから巨大な白き化け猫に変化した。

 その姿こそマタイチの真の姿だ。

 「さてと・・・そこをきなさい早河君」

 「そこを退けって、何をする気だ?」

 「何をする気って、焦がれ狸にトドメを刺すのよ。だから、早く退きなさい」

 トドメを刺すだって?何を言っているんだ?

 「何考えてんだよ!変な冗談はやめろ!」

 園華の横にしゃがみこんでいる僕に宵山さんは続ける。

 「そう・・・残念ね。それじゃ、二人まとめてやっちゃいなさい、マタイチ」

 マタイチは大きく鋭い爪を剥き出しにした前足を振り上げる。

 ウソだろ・・・?まさか、本当にやるつもりなのか?

 「逃げるぞ、園華!」

 僕は園華を抱え逃げようとするが、彼女が異常に重く逃げられない。

 マタイチが鋭い爪を振り下ろした次の瞬間、園華が叫んだ。

 「やめて!」

 園華が叫ぶと同時にマタイチの爪が僕の頭上ギリギリでピタッと止まる。

 何なんだ?一体何が起ってるんだ?

 その時、僕に抱えられていた園華が言った。

 「どうして・・・どうしてなんですか?」

 「どうしてって、何が?」

 「私は先輩を襲ったのに・・・殺そうとしたのに・・・どうして私を助けようとするんですか?」

 どうして?どうしてって・・・そんなこと言われても自分でも分からない。

 分からないというか、そんなこと考えてすらいなかった。

 そもそも僕は、人を助ける助けないだなんて選べるような、そんな大層な人間なんかじゃない。

 僕に選べることと言ったら、それは動くか動かないかってことだけだ。

 園華の問いかけに答えられずにいると、タメ息混じりに宵山さんは言った。

 「マタイチ、もういいわ」

 そう言われたマタイチは一瞬にして男前の人間モードに変化した。

 一体何なんだよ、これは?

 唖然とする僕を尻目に宵山さんは言った。

 「どうして助けるのかなんて、早河君に聞いたってムダよ。バカなんだから」

 「バカって・・・ずいぶんな言いようだな」

 「だって、ホントのことじゃないの。ねぇ、園華ちゃん。あなたが今まで出会って来た男達がどんな人間かは知らないけれど、少なくとも早河君みたいなバカな男はいなかったみたいね。世の中には居るのよ、彼みたいな男もね。だから、そこまで男を嫌悪する必要はないわ」

 その言葉に小さく頷くと園華は言った。

 「そう・・・ですね。ごめんなさい」

 呟くようにそう言った園華の姿は普通の少女に戻っていた。


              *********************

 

 園華が幼かった頃、両親が離婚した。

 両親が不仲だった理由は定かではないのだけれど、離婚の原因は分かっていた。

 離婚の原因、それは父親の浮気だった。

 父親が家を出て行った直後、母親は幼い彼女に小さな声で、しかし強い口調で呟いた。

 男なんて信用してはいけない・・・。

 その言葉は、幼い彼女の心を縛った。

 幼い娘に言うようなことではないのだけれど、言わずにはいられなかったのだろう。

 その後、中学生になった彼女は一つ年上の男子に恋をした。

 それは初恋だったらしい。

 園華は恋焦がれながらも、その想いを伝えることが出来ずにいた。

 それは恥ずかしさのせいばかりではなく、母親の言葉が影響していたのだ。

 だから、園華は想うだけ、恋焦がれるだけだった。

 しかし、そんな時、意中の彼から突然デートに誘われたのだ。

 その彼は園華が通う中学の中でも一番カッコイイと言われるほどの男前で、女子にモテモテの奴だったそうだ。

 悩んだ末、園華はデートに行くことにした。

 そして、楽しみにしていた、待ちに待ったデートの最中、園華と意中の彼はガラの悪い男達に絡まれたのだった。

 彼女は彼が自分を守ってくれることを期待していたのだけれど、そんな期待は見事に裏切られ、彼は園華を置いて逃げた。

 その後すぐに騒ぎを聞き付けた近所の人が警察を呼んでくれたらしく、事なきを得たのだけれど、彼女の心はそうはならなかった。

 次の日学校で彼を呼び出したのだ。

 なぜ自分を置いて一人で逃げたのか、問い詰める園華に彼は言った。

 「俺が逃げたことを誰かにしゃべったらタダじゃおかない」

 そう言って園華を脅したのだ。

 その時、頭の中に彼女の母親が言った言葉が響いたと園華は言った。

 男なんて信用してはいけない・・・。

 そうだ、お母さんの言うとおりだった。

 彼女は嫌だった・・・いや、とても嫌になったのだ。

 自分と母親を裏切った父親も自分を裏切り逃げた彼も自分を襲った男達も。

 嘘つきで卑怯で自分勝手で汚い・・・みんな嫌い、男なんて大嫌いだ!

 男に対する嫌悪・・・それが焦がれ狸、園華林檎の焦がれだった。

 いや、正確に言うなら焦がれの元になった感情だ。

 嫌悪する男達に絡まれた園華を助けたのは宵山小夜だった。

 園華は彼女の強さに憧れ、その力に焦がれた。

 そして・・・魔魅と行き遭ってしまったのだ。


                ********************


 半妖焦がれ狸から人間に戻った園華を家に送り届けた後、僕達は宵口屋の事務所兼病室に戻って来た。

 「つまり、園華が僕を襲ったホントの理由は僕が男だったからってことか?」

 「ええ、そうよ。もちろん彼女には理性があるから、男が嫌いだからって理由で襲ったりしなかった訳だけど、魔魅と出遭い自分に都合のいい理由を身に付けてしまったのね」

 「都合のいい理由?」

 ベッドの上に座り、宵山さんは艶やかな髪を触りながら続けた。

 「あの子、言ってたでしょう?早河君のことを、私に怪我をさせたから許せないってね。でもそれは自分自身に対する言い訳であり大義名分。つまり、彼女が自分自身を騙すため正当化するための化けの皮ってわけよ」

 なるほど・・・焦がれ狸の化けの皮ってのは僕達を騙すためのモノじゃなくて、自分自身を騙し偽るためのモノだったのか。

 別にスターパンサーであろうと僕であろうと男であれば誰でも良かったのだ。

 ただ、自分自身を納得させるためには、襲う理由が何かしら必要で、今回はそれが宵山さんだったってことか。

 「ところで何であんなことしたんだ?」

 「あんなこと?あんなことって何かしら?」

 「彼女をマタイチに攻撃させたことさ」

 襲いかかって来たのが彼女の方からだとしても、正当防衛と言うには明らかにやりすぎに見える。マタイチに攻撃させること自体危険だし、それに園華が対応しようとして生体エネルギーを使いきってしまう危険もあったはずだ。

 「そうね、別にあそこまでしなくても彼女の変化を止めることは出来るのだけれど、それじゃあ根本的な解決にはならないわ。彼女の焦がれ狸としての行動原理は男に対する嫌悪なのよ。彼女の変化を今回止めたところで、そんな感情を抱えたままでは、いずれ再び魔魅に出遭ってしまうわ。魔魅っていうのはネガティブな願望や欲望、感情を心の奥底に隠している人間が出遭ってしまう妖怪なのよ。だから、根本的な原因・・・つまり彼女の場合は男に対する嫌悪感をどうにかしない限り同じことの繰り返しになるわ。だから、早河君を利用させてもらったのよ」

 僕を利用?

 今回は、というか今回も僕は利用されるどころか何も出来ずにオロオロとムダに動いていただけの気がするのだけれど。

 見当がついていない僕を見て、小さくタメ息をつくと宵山さんは言った。

 「マタイチから園華ちゃんを庇ったでしょ?それが重要なのよ。あんな風に彼女を攻撃すれば早河君なら、あの子を助けようとするだろうと思ったのだけれど予想通りだったわね。おかげで彼女の男に対する嫌悪感が少しは和らいだみたいで、よかったのだけれど・・・」

 そう言いかけて、再びタメ息をつくと彼女は続けた。

 「利用させてもらっといてなんだけど、あの日から全然成長してないわね」

 あの日・・・宵山さんが言うあの日とは、僕が宵山さんを助けようとした日であり、実際は僕が宵山さんに助けられた日で、その上僕が彼女を傷付けた日だ。

 そもそも、それがなければ園華がスターパンサーの連中や僕を襲うことはなかったかもしれない。

 「確かに軽率だったかもしれないけど、今回は宵山さんがあんなことを本気でやるとは思ってなかったし、何かしら訳があるんだろうって思ったんだ」

 「なるほど、ずいぶんと信用してくれてるのね。けど、私が本気だったらどうするの?」

 「どうするって・・・」

 「私が本気だったなら、あなたは死んでたかもしれないのよ?少しは考えて行動しなさい。そうじゃないと、その子も体を張って早河君を守った甲斐がないわね」

 そう言いながら宵山さんはソファーの上で丸くなり眠っている黒猫を見た。

 「クロ、大丈夫か?」と僕が声をかけると、クロは起き上がり僕の足元までやって来たて頬を僕の足にスリスリしながら言った。

 「ご主人が帰って来るのが遅いから、心配したのにゃ」

 クロ、お前って奴は・・・。

 僕を庇ってダメージを負った上に、僕の身を案じて待っていてくれるなんて律儀で健気で、まさに使い魔の鑑のような奴だ。

 思わず不覚にも感動してしまった僕にクロは言った。

 「で、超高級猫缶はどこにゃ?」

 へっ?

 「だから、超高級猫缶はどこにゃ?」

 キョロキョロと辺りを見回しながら、どこにゃ?と言われても、そんなものは持ってもいないし買って来てもいない。

 焦がれ狸への対応で、それどころじゃなかったから、完全に失念していたのだ。

 「いや、悪い。すっかり忘れてた」

 そう言った瞬間、左足に痛みが走った。

 痛っ!なっ、何だ?

 足元を見ると、クロが僕の足にガリガリと爪を立てている。

 「おい!何すんだよ!」

 「ご主人はバカだから、もしかしたら忘れてるんじゃないかと心配してたけど、まさかホントに忘れてるなんて信じられないにゃ!」

 「心配って、猫缶の心配かよ!」

 「当たり前にゃ!それ以外に心配することなんて、ありはしないのにゃ!」

 「あるだろ!例えば、主人である僕のこととか」

 僕がそう言うと、クロはまるで勝ち誇ったような顔(猫の顔なので分かり難いのだけれど僕にはそう見えた)をして言った。

 「ふーん。つまり、ご主人はあたしに心配してほしかったのにゃ?ご主人もなかなかカワイイところがあるのにゃ」

 「なっ、そんな訳あるか、バカ猫!」

 バカ猫とは失礼にゃ!と叫ぶと、金髪の黒ゴス少女に変化して、僕に飛び掛って来た。

 飛び掛って来るクロと揉み合いになり、バランスを崩した僕はそのまま後ろ向きに倒れ、クロに馬乗りされている状態になった。

 「フッフッフッ、マウントポジション獲ったにゃ!覚悟するのにゃ」

 そう言いながら、クロは指をポキポキ鳴らした。

 「ちょ、ちょと待て!落ち着けよ。話し合おうじゃないか。宵山さんもなんとか言ってやってよ」

 僕が助けを求めると、宵山さんは笑顔を浮かべ言った。

 「クロちゃん、ヤッちゃいなさい」

 「へっ?ちょっ、ちょっと!止めてくれよ!勘弁してくれ!」

 「問答無用にゃ!」

 この後、僕は数十分間にわたり、くすぐり続けられた挙句に高級猫缶を買わされたのだった。

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