少年と電脳士3
何が起こったのか分からず、視線を巡らせると、さっきの少女しがみつき、白夜の腕と足の関節を固定している。
そして彼女は、そっと口を耳に寄せて、
「変装がうまいわね、チャイニーズ。でも、うなじの塗りが甘い。」
関節を決められたのとは無関係に、全身が硬直する。
冷静に考えれば、白夜の電脳体は完全なるニッポンジンの格好で、測量団の連中からすれば東洋人だと言うのは簡単に分かる話だが、リアルの体は毛染めをして、少し整形をして、肌の色もクリームで誤魔化したのだ、今までばれたためしのない彼にとっては衝撃であり世間から、いつ迫害をいけてもおかしくない状況に立たされたのと同義だ。
内心、測量団の情報収集能力を侮っていたかもしれない。
(まあ、周りに聞こえにくい小さな声で言ってくれた上に、念のために東洋人でも島国の名前でない方を言う配慮をするあたりが、かなりキレる人物らしいな。)
白夜は内心舌を巻く。
「不満そうね。ひょっとしてコリアン?」
(前言撤回だ!)
どうやら、こっちの個人情報はあまり知らないようだ。
「…そうそう、自己紹介がまだね。」
格闘技きめながら、自己紹介とかどこの風習だ!と突っこみたい白夜をよそに、言葉を続ける少女。
「私、イーサ・イングリット。まぁ、交渉人?」
彼女の発言で、嫌な汗が流れる。
交渉人、ネゴシエーターのイーサ・イングリット…。別名、
「強奪のイーサか。」
「へー。意外とあたし有名人?」
おどけて見せるが、イーサは関節の動きを封じたままだ。
―――強奪のイーサの異名の通り、欲しい情報や物資を得るためなら、手段を選ばない交渉をすることで有名な電脳士(測量士では無い)の一人だ。以前はフリーで仕事をして、情報を売っていたらしいが、ここ最近の足取りがつかめないとか言われていた人物―――。
「優しく誘われている内がいいよ。さもないと…ふっ。」
急に関節にかかる負荷が増大、痛みが走る。
(こいつ、人体の構造を理解してやがる。)
「どうする?」
と、そこで事務室のドアが開かれ、黒いシャツに黒い上着、黒いスカートに黒い靴…。
全身黒で控えめにフリルのあしらわれた格好の少女が入って来た。
誰もの視線を引くプラチナの髪に、エメラルドグリーンの切れ長の瞳。
節電のために、薄暗い室内でもその肌は美しい白。
「イーサ、あなたは何をやっているの?」
凛とした声が室内に響く。
「あっ。副長、もうすぐ持ち返るんで御心配なく。」
イーサは、入って来た少女に対し友達感覚の返事ともいえない言葉を返す。
(と言うか、持ち返るって俺は物か!)
白夜は、反論したいが痛みで声が出ない。
「止めなさい。あなたは強引すぎるわ。そこの彼も嫌がっているのが分からないの?」
「ですが、団長から確保せよと言われたからには…。」
「駄目よ。そんな、嫌々連れてきても、どうせ役に立たないわ。有能な電脳士が必要な現状は分かるけれど…。」
イーサと、副団長らしき人物は周りをそっちのけで話している。
「一応、こっちも交渉に来ているのだが、無視しないで頂けるかな?アイアンフェアリーの副長殿。」
痺れを切らして、ルディングが声を上げた。
「あら、ごめんなさい。うちのイーサがご迷惑をおかけしたみたいですね。それで、そちらもこの赤銅白夜君が欲しいと、仰るのですね。」
現状確認というより、決めつけている様な話し方だが不思議と不快感が無い。
「そうだ。こちらも電脳士を欠いているので必要なんだ。そちらは、すでにフィニルを保持する電脳士が三人所属しているのだから、こちらに譲ってもらえるとうれしい。」
ルディングは、彼女の不思議な魅力に魅かれたのか、さっきまでの不満そうな表情は消えている。
「そうね。でも、こちらは主に量子ネットワークを中心に情報収集をしていて、これでも不足しているのよ。まあ、正確には電脳士は一人しかいないのだけれど。」
と言うが、それほど深刻そうな顔をしていない。
むしろ、何か面白い事を見つけて楽しんでいる顔だ。
「いつまでも、話が平行線になってしまいそうだが、どうする?副長殿。」
「この際だから、本人に決めさせてはどうかしら。」
白夜の中で不安が膨らむ。
自分が発言しない内に、話が進んでいる。
その上、この副長とやらの表情からして、どちらかを選ばなければ、何かが起こりそうな予感がしてならない。
「そんなに不安がらないでちょうだい。…って、イーサ。いつまで彼を拘束しているの?早く離れなさい。」
彼女のおかげで、イーサ閉め技から解放されたが、それにしても言うのが遅すぎる。
多分、わざと見逃していたのだと思う。
「大丈夫よ。『今すぐに決めろ』だなんて言わないから。」
「?」
意図が分からない。
白夜は今すぐにでも「測量団に入らないと決めました。」と言って逃げ出したいが、後ろをイーサに取られている以上、逃げようがない。
「体験入団をしてもらってからでいいから。」
「それって、入団するの前提ですか?」
引け越しになりながら、質問する。
「気に入らなければ出て行ってもらって結構よ。」
凛とした声ではっきり言う。
どうやら嘘ではなさそうだ。
これだけで判断するのも、不用心だが…。
「当然、ブラッドフォックスにも体験入団して、どっちがいいか決めてもらうわ。それで納得してもらえるかしら?」
「ああ。それで構わない。それと、正式名称はレッドフォックスだ。」
白夜より先に、ルディングが答える。
「あら、そちらも私たちのことを通称名で呼んだのではなくて?」
副長殿はルディングの発言を取りあわず、言葉を続ける。
「それでいいと仰るのなら、交渉成立ですわね。」
最後は、わざとらしい喋り方をして踵を返す。
「ちょっと待ってくれ、体験入団は、こっちが先にしてもらいたい。」
帰ろうとする相手を、ルディングは引き留める。
「えぇ。構わないわ。」
だが、あっさり承諾し、イーサを引き連れて帰ってしまった。
(イーサより、さっきの副長の方が交渉に向いてる気がする。って、勝手にレッドフォックスに入団する事になっているのだが…)
うなだれる白夜の肩を誰かが叩いた。
振りかえると、褐色のマッチョマンがにこやかに立っている。
「今日からよろしくな、ルーキー。」
これが、白夜の電脳士としての第一歩だった。
なんか、美人が言うことを男どもが信じてしまっている感じの文章になってしまいました、男って単純ですね…