リアル
肉体独特の忌々しい気だるさに、うなされながら目を開ける。
埃っぽいリクライニングチェアーに腰かけた自分が、目の前の鏡に映る。
これが現実の世界、リアルワールド、質量世界と言ってもいい自分の本当の肉体のある世界に戻った。
数世紀前に廃棄された地下散髪屋店舗に、量子ネットワークケーブルと、コンソールを持ちこんで少年こと、赤銅白夜は住んでいる。
極東の島国の出身で、身長は低く、瞳は黒い。
元々黒かった髪やまゆ毛は色を抜いて、金髪に染めなおしている。
外に出る時は、カラーコンタクトをして、顔や手足にクリームを塗りつける。
なぜそんな事をするかと言えば、ひとえに彼がアジア人だからだ。
彼の出身の極東は、先の大戦の火種の国。
言わば厄介者なので、どこに行こうと迫害されかねない。
それゆえに、自分の外見を偽らざるをえない。
「ったく。なんなんだあの凶暴女。」
唯一自分を偽らなくてよい世界を侵略された気分は最悪と言っていい。
「っ!」
肩の痛みによろめく。
電脳世界でのダメージは、脳神経へのダメージで、現実世界に戻っても痛みだけはしばらく残るのだ。
「シールド展開してるのに、貫通とか有りかよ。」
ウィルスの攻撃を余裕で防ぐ、白夜のフィニル装甲を、あの赤紫の機体からの攻撃は貫通してきた。
防御主体でのカスタムをしていなければ、一撃で腕をごっそり持って行かれたかもしれない。
そうなれば数日間、指はおろか腕も動かない状況になりかねない。
同様に電脳世界で、頭部を大きく損傷、重要な臓器への深刻なダメージが発生した場合には、脳死状態に陥る。
今さらながらに背筋が寒くなる。
まあ、こうして無事に帰還できたからよしとすしかない。
首筋から、ネットワーク接続用ケーブルを引き抜き、穴だらけのリクライニングチェアーから下りると、壁掛けの時計が目に入る。
「げ!八時回ってるし。」
急いで目の前にある洗面台で顔を洗い、髭を剃る。
上着を脱いで袖まくりをし、ジーパンも脱ぐ。
それらの部分を黄ばんだ洗面台で丁寧に洗い、タオルで拭く。
横に並ぶクリームを顔と手足に塗りつけ、アジア人特有の肌色を白に染める。
一通りの準備作業が終わると、椅子の横に脱ぎ捨てられたつなぎを着て、工具箱とフランスパンの包み を持って、階段を上った。
地上玄関の一歩手前から、外を確認すると砂が大量に舞っている。
「砂風ですか。」
それを見て、傘立ての横にあるボックスから布切れを取り、鼻と口を覆う。
ヘルメットをかぶるのも忘れない。
意を決してと言えば大げさかもしれないが、ドアを開くと黄土色の砂が視界を邪魔する。
出来るだけ早く外に出て、扉を閉める。
風向きに気をつけながら、駐輪場に向かう。
案の定、電動バイクには砂が積もって汚れていた。
手で軽く払い、ザリザリした感覚もお構いなしにシートに腰かけ、キーを回す。
今日もいやいやながらバイトに向かう。