同担拒否
推し
という言葉がある。
ここ数年で出てきた言葉のくせに、今では馴染みすぎて他に言い方が見つからない。
まあ、そんなものはどうでもよくて。俺が言いたいのは俺の"推し"である竹下俊樹さんの作った野菜が危機に瀕していると言うことだ。
「なんで売れてねえのかね」
どこにでもあるスーパーの一角にある地元野菜を置く棚で、俺は割引シールを持ちながら項垂れていた。
時刻は16時。夕飯の食材を買いにくる客でいっぱいになる。腐らせる前に売り切ることができていい、といえばそれまでだけれど。俺としては推しの作った野菜たちを100%楽しんでもらいたい。少ししなったものじゃなくて、こう、瑞々しいままで。
――俊樹さんは見た目に反して瑞々しいんですけどね。
心の中にいるだれでもないライバルに自慢する。
竹下俊樹さんは、年よりもずっと老けて見える。
というのも、無精髭は生やしっぱなしで、ぼろぼろの作業着にくたびれた靴を履いているからだ。間近で見ると肌艶は悪くないし、なにより顔がいい。多分小綺麗にしたらすっごい男前だと思う。
けど、俺は今のままの俊樹さんが好きだからこのままでいて欲しい。
「なぁにニマニマしてんのよ」
「!?」
突如聞こえたしわがれた声に、俺の身体はひとりでに飛び跳ねた。手元から野菜を落としそうになったが間一髪で掴んでことなきを得た。
背後に立っていたのは常連のおばあさん。カートに寄りかかるようにしながら俺の顔を覗き込んでいる。
「いかがされました?」
いつもの営業スマイルを浮かべて、俺は少しだけ屈んでおばあさんと目線を合わせた。おばあさんはスッと手を伸ばしてきた。
「その安くなった空芯菜ちょうだい」
「あぁ、ええ。どうぞ」
30円引きになった空芯菜を渡すと、おばあさんはひょいとカゴに入れてまた俺の顔をじっと見てきた。
俺は笑顔を貼り付けつつ首を傾げた。
「何か?」
「アンタ、見てくれだけはいいんだから、もうすこしビシッとやんなさい」
「へ?」
「ね」
そう言っておばあさんはゆっくりとカートを押しながら去って行った。
ビシッと……。何の話だ?
年配の人が言うことはよくわからない。
推しである俊樹さんと俺は、先日めでたく恋仲となった。推しと付き合うなんておこがましい、なんて言うなよ。
そもそも振られる前提で猛アタックした。同性だし、20歳離れてるし、相手にされないだろうなと思って勢いのまま告ったら、何故かすんなりOKもらって、俺の方がびっくりしてる。
それに今日は付き合って3か月記念日。仕事終わりに俊樹さんが迎えに来ておうちにお邪魔する予定。
何をしようかな、なんて思いながら仕事をしていたら時間はあっという間に過ぎていた。
ほたるの光が鳴り始め、お客様たちは足早に買い物を済ませている。閉店間際の慌ただしさは嫌いじゃない。
「雅也」
――俊樹さん!!
いつもなら外の駐車場で軽トラの中で寝てるのに、何で店内に? いや、そんなのどうだっていい。
大好きな俊樹さんがいる。その嬉しさから俺は勢いよく振り向いた。
「……え?」
目の前にいたのは俊樹さん。でも、いつもと様子が違った。
ボロボロの作業着はおろしたてのシャツに、くたびれた靴は新品のスニーカーに変わっていた。さらに俺を驚かせたのは顔を覆うほどの無精髭は綺麗に剃り上げられ、精悍な顔だちが露わになっていたことだ。
「悪い。……待てなかった」
そう言いながら俊樹さんは毛が一本もない頬を指で掻いている。
嬉しい言葉。可愛い仕草。人見知りの俊樹さんが俺に会いたくてここに来ちゃったなんて、幸せなはずなのに。
何故だろう。俺の心は暗く荒んでいっている。
「やだ! ちょっと上山くん。このイケオジはどなた!?」
レジ担当の小暮さんが年不相応な黄色い声をあげて駆け寄ってきた。
あぁ、俺。今すっごい嫌な顔してる。
だって俊樹さんが素敵なことは俺だけの秘密にしておきたかったし、こんなにわかに騒がれたくない。
言うよりも先に、俺は俊樹さんの肩を掴んで自分の方へ引き寄せていた。
「すんません。俺もう上がります。これ以上いたら残業になるんで」
残業上等で働いてるくせに何言ってんだか。
自分で自分にツッコミを入れながら、俊樹さんの肩を乱暴に掴んだままバックヤードの方に駆け足で引っ込んだ。
閉店間際にはだれも来ない調理場。ツンと香る洗剤の匂いが更に怒りを掻き立てる。
押し込むように俊樹さんを入れると鍵を閉めて向き合った。
「俺怒ってんだけどわかる?」
「……」
俊樹さんは大柄な体を縮こめ俯いた。太めの眉が八の字を描いている。
「雅也は、爽やかで格好良くて、客にも店員にも好かれてるから」
「だから何だってんだよ」
「……」
ダンマリだ。
俊樹さんは話し上手ではない。黙々と家業の農家で働いてきた職人肌の人。
そういうところも好きだけど、今は許せねえ。
「っ……」
喉が引きつる。嫌な冷たさが背中を撫でた。その時——。
「……3か月記念、だから」
平常ならば聞き逃してしまいそうな声で俊樹さんが呟いた。
『ビシッとやんなさい』
夕方、おばあさんに言われた言葉がフラッシュバックした。
指先がサッと冷たくなっていく。カッカしてた頭から血の気が引いていった。
何やってんだよ、俺。
不安にさせちまってたってこと? 俺が。俊樹さんを。
俺はこんなに大好きなのに、伝わってない。
「悪ぃ。俺が悪かった」
「っ! 雅也は何も悪くない」
どうしたら伝わる? 好きだって言っても足りないよな。
じゃあ、何をしたら……。
「あ……」
「……?」
つい漏れ出た声に俊樹さんが首を傾げる。
天啓が降りて来た。……なんだ、簡単じゃねえか。
「俊樹さん」
覚悟を決めろ、俺。
内心で自分を鼓舞する。舌先までせり上がった覚悟を、言葉にした。
「俺を養子にしてください」
「……え」
「結婚、できねえだろ。だから俺、俊樹さんの養子になりたい」
綺麗な顔が目を見開き、やがてゆでだこのように真っ赤になった。——あぁ、まじ可愛い。
「ま、待て。何を言って」
「わかってなかったら言わねえだろ」
「いや、だがそれは……」
一歩前に出る。靴先同士が触れ合う。俊樹さんは大柄だけど、俺の方が少しだけ大きいから首を傾げて覗き込んだ。
「だめ?」
「っ〜……、く」
悪役が負けた時みたいな声を漏らして、俊樹さんは手で顔を覆った。
「だめ、じゃ、ない……」
「かぁわいい」
後ろに撫でつけられた髪に指を通してわしゃわしゃと撫でた。いつも通りとはいかないが、俊樹さんらしい無防備な様子に自然と甘い声が漏れた。
「明日は休みだから、たっぷり可愛がってあげる」
「っか、……ぅ、」
俊樹さんの野菜は皆に食べてもらいたい。でも、俊樹さんを食えるのは俺だけだ。
end...
wave boxにて、リクエストありがとうございました┏○ペコリ
・BL
・お題:爽やか店員、閉店間際、割引シール
リクエスト小説・第八弾。
普段は冗長な書き方ばかりしてしまうので、短く、それでいて起承転結がしっかりしたものを書けるようになりたいと思い、練習させていただきました。お付き合いいただき、ありがとうございます。
もし奇特な方がいらっしゃいましたら是非リクエストください。いつでもお待ちしております。
「リクエストしたい!」と言う方がいらっしゃればコメント欄、または今回のようにX(旧:Twitter)→「wave box」からでもOKです。
その際、以下のことをお願いいたします。
・NL、BL、恋愛なしのいずれかひとつ
・3つのお題(上記参照してください)
~3000文字の超短編を書きます。めっっっちゃ喜んで書きます。
よろしくお願いいたします。
最初に思いついたのが、R18でした。
でも掌編をR18にするわけにはいかず、一度落ち着いてから書いたのでかなり時間がかかりました。すみません。
いつか短編くらいにしてムーンライトやpixivに置きたいなと思ってます。
ヘキもヘキすぎる、20代×40代のBLになっちゃいました。しかも40代のほう、俊樹がぼろっぼろの小汚いおっさんにしてしまいました。大丈夫かな、これ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
2026.7.1 江川オルカ




