「最適解、ナーフされる」
ソシャゲをやっていると、ある瞬間に気づく。
「あ、これが最適解だな」と。
敵が硬い。
火力が足りない。
何をしても時間がかかる。
試行錯誤の末、あるビルドに行き着く。
貫通を積む。
条件を満たす。
スキル回しを調整する。
数字が変わる瞬間がある。
今まで0だったものが、ちゃんと削れるようになる。
「あ、これだ」
その瞬間、ゲームが少し楽しくなる。
しばらくは快適になる。
周回も安定する。
時間効率も上がる。
“理解した側の世界”に入った感覚がある。
少しだけ優越感すらある。
「このゲーム、分かったわ」
だいたいこの発言がフラグだ。
ある日、アップデートが来る。
特に警戒もせず内容を見る。
「一部スキルの調整」
よくあるやつだ。
そして詳細を読む。
――最適解、ナーフ。
一瞬、理解が止まる。
試しに同じ構成で挑む。
ダメージが落ちている。
いや、落ちているというか、元に戻っている。
つまりこれは、
“頑張って作った解答が、問題ごと消えた”状態だ。
少し考える。
このゲームは、正解を見つけるゲームではなく
正解を更新し続けるゲームだったのかもしれない。
そういう理屈は分かる。
分かるが、納得はしていない。
結局、別の構築を探し始める。
また素材を集める。
また条件を調べる。
また最適化をする。
そしてまたどこかで思う。
「これが最適解だな」と。
その繰り返しの中で気づく。
このゲームで一番楽しいのは、
最適解そのものではなく、
“最適解を見つけたと思っている時間”なのかもしれない。




