ぼくには姉がいた
ぼくには姉がいた。二卵性双生児の姉、翠。美人で頭もよくて、周りからの人気も高かった。対してぼくは冴えない容姿に平均点ギリギリの成績。だからよく、
「蒼と翠って本当に双子? 蒼、お前もらわれっこだろ」
なんてからかわれた。そんな時に怒ってくれたのは、姉と友達の皐だった。
ぼくたちの母は、ぼくらが赤ん坊の頃に家を出ていった。近所のおばさんが面倒を見てくれたおかげで、ぼくらはなんとか育った。
姉が家を出たのは、ぼくらが大人になりかけた頃だ。
長いあいだ音信不通だった母が突然現れ、父とぼくらを育ててくれたおばさん(今は継母)も同席する中で、母は爆弾を落とした。
「翠、あなたがお父さんと呼んでる人は蒼だけのお父さんなの。あなたと蒼は父親が違うのよ。本当のお父さんのところへ来なさい」
初耳だった。父はぼくも姉も同じように育ててくれたのに。姉はショックを受け、その場から走り去った。
それから姉は部屋に閉じこもり、ぼくを避けるようになった。話しかけても無視。継母が叱っても変わらない。継母の連れ子の妹が心配しても、姉は冷たかった。
そして一か月後、姉は家を出て行った。理由は言わなかったが、父と継母は行き先を知っているようだった。
姉と再会したのは、十年近く経ってからだ。母がまた突然現れ、「一緒に来てほしい」と頭を下げてきた。
ぼくはすでに皐と結婚していた。皐は「行ってあげて」と背中を押してくれた。
連れて行かれたのは大きな病院。個室のベッドには、やつれた姉が横たわっていた。余命が短いことはすぐにわかった。
「お母さん、ありがとう。蒼、久しぶり。お母さん、蒼と二人で話したいから出て行って」
母は渋ったが、姉の強い口調に押されて部屋を出た。
「立派になったね。やっぱりカッコイイ。皐が羨ましいなぁ。結婚式に出られなくてごめんね。何するかわからなかったから。皐には誘われたんだけど」
皐と姉が連絡を取っていたことに驚いた。
「皐はね、知ってたの。私の気持ち。だから何も言わなかった。でも最後だからって、お尻叩かれたの。ねぇ蒼、私、あなたが好き。姉弟としてじゃなくて、一人の男として。今も好き」
理解が追いつかなかった。姉は美人で優秀で、告白されることも多かった。ぼくなんかじゃなくても、もっといい相手がいるはずだ。
「相変わらず自己評価が低いんだから。優しくて、困ってる人を放っておけない。お父さんにそっくり。だから浮気して出ていったお母さんを許せなかったのよ」
じゃあ、なぜ母のところへ?
「十年前、お母さんが来て、私のお父さんが本当のお父さんじゃないって言ったでしょ。ショックだったけど、ちょっと嬉しかったの。蒼と私は半分しか血が繋がってないってことだから。そう考えたら震えたの。半分でも繋がってたら姉弟だもの」
姉は咳き込み、ぼくが背中をさすろうとすると拒んだ。
「だめ。我慢できなくなるから。あの晩、蒼の部屋に行ったの。自分が怖くなった。何をしようとしてたのかわかって。だから継母さんに相談して、家を出たの。お母さんは喜んだけど、あの家は居心地が悪かった。蒼がいないから」
「そうそう、家を出たあと皐に会ったの。ビンタされたわ。『蒼は渡さない』って。あんた、もてないって言ってたけど、原因は皐よ。蒼に近づく女の子を威嚇してたから。あ、私もちょっとやったけど」
「この前ね、皐に言ったの。羨ましいなぁ、蒼には皐がいて、皐には蒼がいて。私はひとりぼっちって。そしたら皐、めちゃくちゃ怒ってね。蒼を呼びなさい、翠の気持ちを伝えなさいって。皐、いい子だよ。大切にしなよ」
そこまで言うと、翠は目を閉じた。
「疲れたから寝るね。こんなにしゃべったの久しぶり。おやすみ」
そして小さく、
「ありがとう。またね。大好きよ」
と言って、ぼくに背を向けて眠った。
病室を出ると、母がロビーで待っていて、深く頭を下げた。ぼくも何も言わなかった。
家に帰ると、皐が迎えてくれた。抱きしめた瞬間、涙があふれた。皐は黙って抱きしめ返してくれた。
ぼくには姉がいた。でも、あれは姉ではなかった。ぼくの想いは言わない方がいい。皐には、きっとわかっているだろうけど。




