6. 頭が足らない
レジーヌは、本当に普通の学生だった。
平凡な男爵家の次女。特に目立った所もなく、レティ親衛隊の一員でなければ、同じクラスでもない。
しかし、気づかれてしまっては……。
「……っ!?」
一瞬の出来事だった。
レジーヌの顔をした何者かは、圧倒的な力によって吹っ飛ばされる。壁にめり込み、手に持っていたナイフが落ちた。衝撃によって、偽装魔法が剥がれる。
「な、にを……」
そう言いながらも、何者か……刺客はわかっていた。
これは初級魔法ですらない、本当に簡単な、魔力をぶつけるだけの魔法。しかし、常人は簡単すぎてできない魔法。
「枷となれ」
隣にいた殿下が、レティが温情を掛ける前に拘束魔法を使う。刺客の手と足に氷の枷が付けられた。
コツ、コツ。
ヒールを鳴らして、レティが近づいてくる。途中で拾われたナイフが、熱魔法によって鉄屑となる。
「偽装魔法を使って、学園に忍び込んでいる。その時点で、悪い人ってことくらい、私も分かるのよ?」
異国の刺客は高を括っていた。
ターゲットは誰とでも距離が近いという。それを利用し、一般生徒に偽装すれば、簡単に近づいて殺せると。
「本物のレジーヌは、どこ?」
レティは馬鹿だ。詳しく説明するなら、少々頭の足らない人だ。
というのも、レティは関わったことのある全ての人間の顔や名前、情報までも忘れない。それがどれだけ細かくとも、家族構成が難解でも絶対に忘れない。
だから、頭の容量が足りないのだ。
「……ね、眠らせて、掃除用具入れの中ダ」
「ヴァネッサ、今すぐ、掃除用具入れから助けてきてちょうだい」
「御意」
カフェテリアを利用していたヴァネッサは傅き、清掃員の元へ向かう。レティは鉄屑を握りしめ、真顔のままだった。いつも笑っている人間の真顔というのは、とても恐ろしい。
「私を、殺そうとしたのね?」
「……」
「どうして人の多いところで、それも他人の顔を使ってやるの!! 正々堂々、正面から来なさいよ!!」
刺客は理解するのに数秒かかった。
「……レティ」
「ほら、私の素晴らしい魔力で壁が壊れちゃったでしょう!?」
「レティ」
「ズルはいけないのよ!! 他人に迷惑をかけるのもダメ!!」
殿下の制止も聞かず、レティはプンスコ怒っていた。自分を狙ったことでなく、狙い方について。
「オ、オレは、オマエの命を取ろうと……」
「ええ、そうね! でもそんなこと関係ないわ! 貴方には貴方の事情があったでしょうし、それは殿下が聞き出すことだもの!」
殿下の付けた氷の枷を、レティが熱魔法で溶かす。このままでは凍傷になってしまうから、と。ちゃっかり痛めつけていたのがバレた殿下は渋々、力魔法による拘束に切り替えた。
「貴方はまた剣を握る。そして、次は正面から来なさい。また、叩き潰してあげるわ」
そうは言われても、もう戦意などない。こんな化け物に、人間は勝てない。
「……僕のレティに手を出したこと、タダで死ねると思うなよ」
レティが刺客から離れたところで、殿下がそう囁く。その低い声に、情報も何も全て吐かされ拷問される未来が、刺客の頭をよぎった。
「あ、そうだわ。殿下、その人は私のものにしますから、お父様の元に送っておいてくださいまし!」
「……ん? どういうことだい、レティ」
「教育にはお父様が適任ですから!」
レティを狙うのは、他国の身分の高い者しかいない。それは殿下の婚約者を殺し、自分の国の姫を嫁がせたいという思惑からだ。つまり、失敗した時点で、刺客に戻る場所はない。
その彼を、元騎士団長であり、英雄の元に送るという。侯爵ならば、ただ痛めつけ、殺すことはしない。彼を戦力や諜報員として、適切な立場に相応しいように叩き直し、活用するだろう。
「貴方は私の未来の子供達ではないけれど……負けた時点で、私より弱いわ。私より強くなるまで、貴方は私の物よ」
レティはただただ無邪気に、父ならば強く鍛え直してくれると思っただけだったが、怒りで狭まっていた殿下の視野を広げたのは確かだった。
「……さて、壊した壁について学園長に謝って参りますわ。殿下、また後ほどお会いしましょう!」
謝られた学園長は頭を抱えた。そして、ある決定をした。




