59. 卒業式の涙はどこへ
「やっぱり晴れたわ!」
「流石レティ様です!」
王国立魔法学園は秋に始まり、初夏に終わる。春に柔らかかった木々の緑が色濃くなり、いよいよ夏本番という頃に、卒業式が行われるのだ。
「最近ずっと雨でしたが」
「……占星術上では、今日も雨のはずだった」
「レティ様の前では雨雲さえ逃げるのか」
ロラは不思議がり、ルネは調べたことを話す。ヴァネッサはドン引きした。
安堵も感謝も、あの無事に帰ってきた日に済ませた。卒業生入場前の会話がこれなのは、無事に日常が戻ってきた証拠だった。
「これより、王立魔法学園卒業証書授与式を開式します」
入場を終えて着席し、開式の言葉から始まって、校歌斉唱。レティの音痴で卒業式が止まらぬように、ルネは防音魔法を使い、音感のある生徒を近くに配置。万全の体制の甲斐もあって、気分が悪くなるものは誰もいなかった。殿下の隣にいた男子生徒が、その美声に酔ったくらいだった。
「続きまして、卒業証書授与」
貴族が通う学園なだけあり順番をつけてしまうと面倒事に繋がるため、卒業証書授与は名前の順で行われる。一人一人に渡されて、ついにレティの番となった。
「レティシア・オベール。右の者は魔法学園の課程を修了したことを証する。ご卒業、おめでとうございます」
「っありがとうございます!」
バチバチバチバチバチ……在校生の拍手の気合いが明らかに違う。
一方、先生方は涙していた。あの赤点だらけで進学すらも怪しかったレティが、無事に卒業したのだ。国の未来は明るい。一番苦労していた数学のおじいちゃん先生なんて、卒業式後に準備室の窓を割った。お祝い事に気が昂りまして、と後に供述している。
「……レィちゃんも大きくなったなぁ」
「あなた、こんなところで男泣きしないでくださいね? 外に出しますよ?」
両親も成長を感じ、晴々しい気持ちであった。母は親バカな父を抑えるので大変だった。
他の生徒も呼ばれ、殿下も普通に受けとった。先生方は、一度も授業を受けていないくせに……と死んだ魚の目で拍手していた。
「初夏の息吹を感じられる今日の佳き日に、多数のご来賓の皆様のご臨席を賜り、ここに卒業証書授与式を、盛大に挙行できますことは、大きな喜びであり……」
生徒は皆、右の耳から左の耳へ流した。要約すれば「おめでとう」だけのことを二十分以上も語られればそんな反応にもなる。
やっと終わったと思えば、今度は来賓祝辞。卒業生や在校生含め、皆の気が遠くなる流れだ。その後も学生からすればどうでもいい時間が続き、難しい言葉の羅列に寝かけるレティをロラがそっと起こした。
長すぎる時間が過ぎれば、やっと学生側も感傷に浸れる送辞と答辞だ。新生徒会長となった彼と前生徒会長であった殿下は、見事に語り終え、壇を降りた。
「以上をもちまして、王立魔法学園卒業証書授与式を終わります」
お決まりな言葉によって締められ、卒業生退場。在校生たちの拍手の音は凄まじく、何人かが倒れた。
担任からの話も終わり、卒業生が校庭や中庭ではしゃぐ。
「無事に卒業できたわ! みんなのおかげよ!!」
「いえ、レティ様が努力なさったからですよ」
「あくまでお手伝いしただけです」
「……レティ様が、頑張ったから」
「私なんて、レティ様がいなかったら卒業できなかったかもしれません!」
その卒業できなかったかもしれない原因の一人、アネットに恋をして暴走し、結果としてレティ崇拝するに至ったゲロエル……ダニエルは遠くの木陰に隠れて土下座していた。今更アネットへの迷惑に気づいたのだ。
華やかな空間に、誰かが颯爽と近づいてくる。
「……先輩方、おめでとうございます」
本来、一在校生はレティを直接祝ってはいけない決まりがあった。そうでなければ大変な騒動になるからだった。
しかし、現生徒会長の彼は例外だ。
「ありがとう!! ……ロラ、私たちは先に校門へ向かっているわ」
「え? それは一体どういう……」
「ありがとうございます、レティシア様。このご恩は必ず」
全てを察したレティは、親衛隊員を連れて去る。
「その、ずっと前から……」
そんな声が、聞こえた気がして。あの時泣いていたロラを思い出す。友人の新たな出会いに、レティは微笑んだ。




