58. こんな告白ありなの?
二人は手を繋いだまま戻ってきた。今度はルネや殿下の力を借りて、元の場所に。
同時に目が覚めて、辺りを見回して。殿下の手を借りて、レティが立ち上がった。
無事かどうか確かめるような静寂が流れる。誰もが固唾を飲んで見守る中……。
「殿下。私、あなたのこと大っ嫌いよ!」
ババーン!
一言目がそれだった。殿下の顔から常に浮かべているはずの微笑が抜け落ちる。顔面蒼白、呆然自失。周りにいた者たちはどう反応すればわからなくなる。レティが人に嫌いと言うことなど、今まで一度もなかった。そもそも、嫌いな人なんているのかという感じだった。
「え……」
まさか記憶が変な風に戻ってしまったのか。異様な空気になるが、レティはそんなものまったく読まない。
「あなたって実は酷いし、意地悪だし、人の心がないわ!」
バババーン!
容赦ない追い討ちだ。殿下は白い砂となってサラサラと散っていく。あのレティに、それも記憶を取り戻したレティに、嫌いと言われた。そういえば許してないとまで言われている。まだ結婚していないが離婚の危機かもしれなかった。
「私を庇って死ぬなんて、残された私の気持ちを全くわかっていないわ! 最低よ!」
殿下はぐうの音もでない。大好きな人に生きていて欲しいから庇う、と言えば聞こえはいいが、実際は死なれたら自分が耐えられないだけである。殿下の場合、かなり。
ひとしきり明るく罵倒して、レティは殿下の顔に手を伸ばし、殿下もまた屈んで、額をつけた。
「……そして、ごめんなさい」
囁くような声に、もう全身が塵になりかけていた殿下が実態を取り戻す。レティが謝ることなど、何もないと思っていた。
「やっとわかったの。ずっと、心配をかけていたのでしょう?」
あの時も、またあの時も。殿下はずっと、レティよりもレティを大事にしてくれていた。神の力を除いて、レティは人との記憶を忘れない。その時に通じていなくても、後でわかることもある。
「けど、私は愛する人達を皆守りたい。それがどれだけ苦しくとも、痛くとも、守りきれない人がいたとしても、守ることを私はやめない」
レティの信念は変わらない。殿下とてわかっていたことだった。だからレティはレティなのだと、理解した。
「でも、あなたとも生きていたいの」
世界のためなら命を捨てられる人が、捨てずに一緒に生きたいと言う。
もう、一世一代のプロポーズだった。
「だから、殿下が止めて」
今までのように。何度でも。
「神様に言われたくらい傲慢だけれど、許してちょうだい」
傲慢だ。止めたって聞かないくせに。それでも止めて欲しいと願う。止めていいのだと言う。
殿下は添えられた手を丁寧に外して、顔を背けて、乱暴に拭った。あの時とは違って、熱くて仕方がない涙だった。しかしレティは顔を隠すことなんて許さない。覗き込むように無理やり目を合わせて、ニパッと笑った。
「あなたのこと大っ嫌い。でも、それ以上に大好きよ」
この世で唯一嫌いな人で、誰よりも好きな人。
殿下とレティは真逆で、レティに恋は難しくて、ずっと戸惑って、悩んでいた。
「……僕は、君が好きだよ」
「知っていますわ」
だからこそ、一緒に生きていける。
良き国王と国母でいられる。
見守っていた貴族たちが、どっと胸を撫で下ろした。へたり込む彼らを完全に無視して、二人はもういつものように話し始める。殿下はあまりのことに現実感が湧いてなく、レティは愛を囁かれるのに慣れていたものだから。
「それで私、学校はどうなっているの? 持久走大会に出そびれたわ……」
「普通それに出たがる生徒はいないんじゃないかな?」
「私、毎年トップを走り抜けていましたのよ!?」
「うん、知ってるよ。たったの数分でね」
そもそもただ疲れる行事で、ぶっちぎりすぎて敵もいないのに、どこが楽しいのやら。殿下は謎だった。
「大丈夫、卒業できるよ」
三学期は期末テストしかないし、また中間があったとしても正直一度目の評価材料でしかなく、期末の成績で評価をつければいい。それに、三学年の三学期に学ぶことなどまったくないのだ。例え赤点でも課題でどうにでもなる。
「私、皆様と一緒に卒業できますの?」
「ああ、もちろん」
試練は終わった。後は前を向くだけなのだ。




