44. 制御などできない
結局、レティが家に帰ったのは翌日の明け方だった。
「お母様、私まだ働けますわ!」
「何事にも限度があります。これ以上動いてはいけません」
と、母に睡眠魔法を使われ、次兄に麦わら運びで回収されていった。
王都から近かったオベール領も多少の被害にあったが、英雄が領主なのだ。被害は最小限であり、皆無事だった。働きっぱなしだった一家は皆疲れており、さすがの長兄とレティも騎士団と学園に遅刻した。次兄はその姿にゾッとしながら休みを取った。やるべきことは終えたのだ、文句はあるまい。
「……あら?」
寝坊したレティは二限から参加しようと学園に行ったのだが、そこでは復旧作業が行われているのみ。レティが門の前でぼげぇっと立ち尽くす。
「「レティ様!」」
そこに親衛隊員が駆け寄ってきた。レティをよく理解しているためだ。絶対に来ると思っていた。
「みんな無事だったのね!」
「レティ様の采配により、事なきを得ました」
「学園も少し傷をつけられたくらいで大した被害はありません」
「……父兄との連携も取れています。オベール家だけ誰も応答しませんでしたが」
「前回の記録のまとめは王宮に提出済みです。今回の被害についても現時点のものまで記録してあります」
レティは優秀な友人たちの活躍に鼻高々だ。自分たちの力で守り切り、被害がほとんどなかったというのが誇らしい。
「ありがとう!! 貴方たちのおかげよ……って、もうこんな時間。授業に遅れてしまうわ」
学園の正面、校長室の外壁についている大時計を見て、レティは昇降口に走る。慌ててヴァネッサが肩を掴み、引っ張られそうなヴァネッサを他の皆が掴み。まるで童話のような構図。
「っレティ様、本日は休校です!」
「えぇ!?」
魔物災害に遭った次の日から授業なわけがない。もちろん休校だった。レティはアホだった。
親衛隊員はレティを家に送り届けようとし……失敗した。オベール領は王都に近い。復旧作業のことを思い出し、走っていってしまった。追いついた頃には、もう瓦礫を片手で持ち上げていた。
「これを壊せばいいの? せや!」
大きすぎる木片など拳で破壊。せめて手袋くらいしてほしいとヴァネッサが自分のを貸し、早く終わるようにとルネが手助けをし。アネットやロラは被害報告の整理をする。途中でサラもやってきた。親友のやらかす事などお見通しなのだ。
「ありがとうございます」
「これから大変だと思うけれど、無理せずに国を頼ってちょうだいね!」
町の人々は頭を下げ、レティは肩に手を置く。またレティ信者が増えてしまった。レティの結婚式の熱狂度合いを想像し、サラは少し怖くなる。
王都の復旧に目処が立ち、道は整備されて、学園が再開する。
レティは数学の四択問題が全問正解だったおかげで赤点を免れた。他の問題は全部不正解だったため、とてもギリギリだったが。数学のおじいちゃん先生は咽び泣いた。
やっと訪れた普段通りの生活。三限の休み時間には購買で売っている王都で有名な店のパンに齧り付き、お昼はカフェテリアでたくさんのステーキと大盛りポテトフライを。
放課後になって親衛隊員と話していると、教室のドアが開く。
「殿下! 私、皆様とお話をしながら、敵との戦いを想像して鍛錬しておりますの!」
教室の真ん中で一人何をしているのかと思えば、仮想相手との殴り合いだった。レティの奇行に慣れた親衛隊員たちは気にせずに教室の端に避難しつつ、会話している。
「今週末はカピティアに会談に行くから迎えに行けないよって話そうと思ってたんだけどな……」
わざと教室で話す事で、なんてことないとアピールする腹積もりだった。
レティの動きがピタリと止まる。殿下は嫌な予感がした。
「なるほど、敵はそちらにいらっしゃいますのね」
レティの勘を甘く見ては行けない。レティが倒すと思っている限り、誰も遠ざけることなど出来ないのだ。
たとえ、一国を滅ぼす頭脳や力を持っていたとしても。




