42. カピティアの策略
殿下が片膝をつく。殿下がそんな体勢になるのは模擬戦でもない。レティへのエスコートや寄り添う時くらいだ。レティが心配する前に、殿下は地に手をつけ……その手に闇の魔力が吸収されてゆく。何をやっているかなどレティにはわからない。ただできることは、ワイバーンから守るだけだ。しかし、そのワイバーンの動きが弱い。
殿下の手に、頬に、闇のヒビが出る。体内に留めておける魔力の許容値を超えているのだ。レティが止めようとしたところで、ピタリと止まる。
「……見つけた」
殿下は吸収した魔力を使い、大地を抉る。まるで柱かのようにくり抜かれたそれは、人々が恐怖に腰を抜かしている間に戻っていった。地面は元通りである。
「な……」
仕事を終えた殿下の手には、灰色の核があった。本来魔物の体から出てくるものが、地中にあったのだ。
殿下はバチバチと魔力を纏わせ、手中の核を破壊する。雲が晴れ、魔物は消えてゆく。レティの服についた返り血もだ。
本来の夕暮れが街を包み込む。世界はレティの瞳色に染まって、金髪がキラキラと光った。
「これで証拠は出揃った」
殿下がつぶやく。
カピティアは、魔物災害を誘発していた。文化祭の事件は、この隙を作らせるためだったのだろう。そもそも、王都の多くの人間が学園に集まっていて、唯一手薄な時でもあった。レティや学生に意識を向けさせ、地中にコアを隠す。コアは闇の魔力を吸いとって作られるため、時差で発動する。
つまり、カピティアはまっさらなコアの器を持っている。もし複数あるなら、ここだけなわけがない。
会議を行い、速やかに国中から探す必要があった。
「……レティ」
「殿下?」
しかし、殿下にはどうでも良かった。レティがまた傷つかないように、国を守るだけ。国なんかよりも、レティが傷ついているのが痛かった。
殿下は縋るようにレティを抱きしめる。サラの教えや惚れて欲しい気持ちなど、もう考えていられなかった。耳元で、弱々しく囁く。
「君が好きだよ」
「知ってますわ」
「傷つかないでほしい」
「もっと鍛えますから」
「ずっと一緒にいて」
「ずっと一緒にいるでしょう?」
レティは傷ついた手で殿下を撫でる。
平行線だ。体育祭の時からずっと変わらない。
それでも、レティに愛想がつきない、つけられないのが殿下だった。唯一の光を諦められるわけがない。
「傷が」
「些細なことですわ。殿下だって、顔に」
「これは大丈夫なんだよ」
自己犠牲の精神などないが、レティのためならば安いものである。
殿下が回復魔法を使い、レティの手は元の美しい姿に戻る。闇を吸いすぎて闇属性の回復魔法になってしまっていたが、効果は変わらないためいいだろう。
「痛くは、なかったかい」
「ええ、全然。私は強い子ですから」
「痛かったはずなんだよ」
強いと鈍いは似ている。レティは首を傾げているが、傷の状況からして相当痛かったはずだった。でなければ痛覚が死んでいることになる。
「……大丈夫だよ、レティ。僕が君を守るから」
レティはすぐに自分が殿下を守ると言おうとしたが、思い直した。
「殿下は未来の旦那様ですものね!」
ニパァと笑う。殿下はその無垢な輝きに浄化された。いまだ体を蝕んでいたはずの吸い込みすぎた闇が消えてゆく。
「さあ、避難所のお手伝いをしなくては!」
その隙に、レティはさっさと西部へ行ってしまった。怪我人を運び終えたシルが迎えに来て、ヤミーは小さくなってレティの肩に乗る。
殿下は大きなため息をつき、へたり込んだ。勘弁してほしかった。
「……さて、カピティアを潰そう」
一番の元凶を、殿下が許すわけがない。




