41. 竜vs竜
レティは走った。向かうは人手の足りないらしい街の東部だ。領地は英雄が守り抜き、西部では次兄が救護にあたっている。王都に近い北部では長兄が戦っていて、心配はない。
街が視認できる場所に着くと、老人がワイバーンに襲われかけていた。レティは足に力を込め……
「私の、民に、何をするの!!」
ワイバーンにグーパンチ。オベール家の脳筋にしか出せない技だ。ワイバーンはわかりやすく吹っ飛ばされる。着いて早々に老人を助け、そこらへんで救護活動をしていた騎士に引き渡し、レティは現場を駆け回る。
敵は空にいる。流石のレティも滞空はできなかった。足に強化魔法をかけて飛ぶことはできるが、それも一瞬だ。
「私に羽があれば……!」
地上に降りてきたものをとにかく倒し、人を助け、手が空いたら一瞬だけ飛んで倒す。その繰り返しだった。
「っ!」
五匹のワイバーンと交戦中に、壁が倒れて下敷きになりそうな親子を見つけ、五匹を一撃で倒して駆けつける。金髪の少女が一人で壁を支え、人のいない反対方向へ倒した様子に、親子は目を丸くした。
「大丈夫かしら?」
「は、はい」
「そこにいる騎士に声をかけて、王都の方向……西部へ走ってちょうだい。あそこはまだ安全だから」
「っはい! ありがとうございます」
レティは不敵な笑みを浮かべて見送り、またワイバーンを蹴散らす。市街戦ではレティの膨大な魔力と雑な魔法は不向きだった。
それでも体育祭の反省を生かし、音すら出ないほど簡単な魔法式の魔素弾にギリギリまで魔力を詰めて、打ち込む。たとえコルク弾でもギリギリまで速度を詰めればそこそこの威力になるのと同じだ。わかりやすく脳筋な戦い方である。
「効いているけれど……キリがないわ」
しかし、魔物災害の敵は、普通の敵ではない。瘴気に蝕まれ、ただ人を喰らう化け物となる。そして、災いの核を破壊しない限り、いつまでも再生する。核は魔物の中に存在するのだが、どの個体が持っているのかは倒すまでわからない。
黒い影が街を襲った。闇に包まれ、人々が悲鳴を上げる中、レティはパァァァと顔を明るくさせる。
「ヤミー!」
「グアアアアア」
恐ろしい轟音だが、実際は母代わりを見つけて喜ぶ鳴き声である。怪しい空気に不安になって会いに来てしまったのだ。
本来のワイバーンなら上位種族のドラゴンが出てきた時点で文字通りしっぽ巻いて帰るが、瘴気に乱された彼らは果敢に襲いかかった。
「グアア」
ヤミーは蚊を叩くようにしっぽを振るう。実際はそんな攻撃など痛くも痒くもないのだが、とても煩わしいらしく、むずがって声を上げる。正直殺してしまいたいのだが、安全上の関係でレティやオベール家から禁止令が出されていた。
「ヤミー、そのワイバーンは倒していいわ!」
レティはそのことを思い出し、上空のヤミーに向かって大きな声で叫ぶ。ヤミーはやったというふうに闇の波動を放ち、ワイバーンは消し炭となった。いつのまにかシルも側に来ていて、救護活動の手伝いをしてくれる。重症でなければ、シルの背中に乗って移動するのが一番いい。
レティは少し落ち着き、シルやヤミーに指示を出す。そこへ、殿下がやっと追いついた。レティが動くのがあまりにも早く、追跡魔法で追跡しきれてなかったのだ。
「っレティ」
「殿下、どうしてここに」
殿下は駆け寄って、レティの手を取る。ワイバーンとはいえ竜を殴っているのだ。もちろん皮はずり向け、血が出ている。そもそも、ワイバーンの返り血塗れだ。
「……殿下、私まだ核を見つけておりませんの。だから、離してくださいまし」
「嫌だ」
「殿下っ」
殿下は、カピティアの思惑だと気づいていた。他国とのいざこざを引き起こしてセリタスを孤立させ、また力のありすぎるレティを始末する。どう誘発させたのかまでは調べきれていないが、今回の魔物災害もその計画の一部だったのだろう。
「君は殺させない」
「っ私は殺されるのではなく、ワイバーンを倒したいのです」
レティが目に涙を溜めて訴える。この時間で、もう数十体は倒せたのだ。
……そこで、殿下は奇妙なことに気づいた。ワイバーンは辺境伯領……北で大量に目撃され、大掛かりな討伐をしたばかりだ。あれだけ多くが倒されれば種族としての数が少なくなっている。それなのに、レティ含め国の精鋭たちが百体以上倒してもまだ見つからないなど、ありえない。
「……まさか」




