39. これは確定演出
「ねぇ、殿下って生徒会長よね?」
「そうですが……もうすぐ元になりますね!」
「え……クビ!?」
「っち、違いますよ!!」
アネットが慌てる。クビだなんてとんでもない。
二学期の最後の方ともなれば、三学年は忙しくなり始める。部活の引き継ぎや家督問題、ごく少数は就職など。そして、影は薄いが大事な行事もある。
「生徒会選挙です。私たちももう三年ですから、下の学年に引き継ぐんですよ」
魔法学園は学力試験の総合得点によって生徒会メンバーが決められる。その生徒会メンバーから出馬を募り、校内選挙によって選ぶのだ。
殿下の時は恐れ多いと誰も出馬せず、なんなら推薦される形で一学年の三学期から生徒会長だった。
「と、言いますか。どうなさったのですか?」
「んー、覚えていたのだけれど、私、殿下が生徒会長の仕事をなさっていた覚えがあまりないの」
レティが対人関係の情報を忘れるわけがない。アネットは目を泳がせた。
もちろん代表としてどうしても出なくてはならないものは殿下が出ているが、それ以外は人を使う天才だ。チェスの駒にでも見えているのか、レティとはまた違った適材適所で文句はないが、上手くやっているなぁと思わないわけでもない。
「まあ、生徒会って結局は裏方ですから。省庁の人間はあまり出てきませんし」
「そうなのね!」
レティは省庁がなんなのかわからなかったが、頷いた。
「ルネ! ロラ! 今日の魔法古代語はどうだったの?」
「……抜き打ちで小テストがありました」
「ルネさんは余裕だったでしょう。驚いたのは私の方です」
「まぁ」
選択授業に行っていた親衛隊員たちが帰ってくる。ヴァネッサは家の用事で里帰り中だ。実際はワイバーンの被害が酷く、大きな討伐作戦を行わなければならないからなのだが、レティには伏せられていた。知られては絶対にきてしまう。
「今、生徒会選挙について話していたんですよ」
「もうそんな時期でしたね」
「……講堂で話聞かなきゃ」
「ルネったら、そんなに嫌そうな顔して〜」
期末テストが近づいていること以外、穏やかな日々が続く。選挙ポスターが貼られ、お昼休みには選挙管理委員会が招集される。
出馬している生徒一覧を見て、レティは瞬きをした。そこにいたのは、ロラを慕っている子爵令息だった。彼は真面目で誠実で、人に愛されるポテンシャルがある。勤勉であり、魔法よりは体術の成績の方が良く、筋肉のつき方は性格を表していた。レティは足取り軽く、彼の元へ行く。
「推薦人は決まっているのかしら?」
彼の当選が確定した瞬間だった。
もちろん、他の候補者の人柄なども理解した上で、レティは彼を選んだ。彼もまた、レティに推薦されても恨まれないような人だった。
「彼は素晴らしい人よ。誰かが声を上げる前にそっと助け、自分を高めることを弛まない。人を愛す人は、必ず人に愛される。きっとみんなで、学園を運営していける」
この間がグラシアンの日だったことも幸いした。母直伝の殴打式回復魔法で蘇生されたとはいえ、まだまだ本調子ではなく。嫉妬から殺されることがなかったのも、また彼の持っている運だろう。
ロラはそこで初めて彼のことをしっかり認識し、素直に人として好ましいと思った。目があって、子爵令息はニッと笑った。ロラは驚き、生徒たちはその好青年な顔に安心感を得る。
「私が生徒会長になった暁には……」
目は口ほどにものを語る。
ロラの元婚約者様……優男風で文官だった彼とは大違いだ。それでも、ロラの中に何かが灯ったのも事実だった。
「当選おめでとうございます」
翌朝の掲示板には、そう書かれてあった。
こうして殿下は生徒会室にいる理由をなくし、仕方がなく監視水晶越しではなく直にレティについて回るようになった。サラの言いつけを守りベタベタはしてこず、その上この間うっかり天に召させてしまったレティは強く出れなかった。
たとえ殿下が鬱陶しくも、期末テストは近づいてくる。
「でも、平和ねぇ……」
「そうかな? 今もこんなに苦しんでるじゃないか。そこの答えはこれだよ」
「教えないでくださいまし。期末試験はいつものことですから」
嵐の前の静けさという言葉を、レティは知らない。




