37. シルとヤミーの成長記
文化祭は無事に終わり、後夜祭では花火が打ち上がった。奥さんに支えてもらって、先生も参加した。「すまない、ありがとう」と言う先生にレティは首を振り、無事でよかったことを伝えた。
これにて、学園の二大行事は終わり、あとは持久走大会と卒業式のみ。学友たちはわかりやすくだれていた。
一方のレティは文化祭翌日の休校日に領地内の平原に来ていた。冬の平原はうっすら雪が積もっている。
シルとヤミーはレティの側にまとわりついて歩く。秋の初め頃に拾ったシルはもう一回りほど大きくなっていた。いや、冬毛だから二回りほどかもしれない。胸毛がもふもふ揺れている。
「ヤミー、ここなら大きくなっていいわよ」
「キュウ!」
普段はレティの肩に乗り、シルのしっぽで寝たりしているヤミーも、変化魔法を解くとシルの小屋ほども大きくなっていた。
「ふたりとも大きくなったわね〜」
その言葉に嬉しくなった二匹が抱きつき、レティは押し倒された。本来なら骨が折れたり内臓が破裂する重さなのだが、あははと笑っているのがレティだ。
実はこの二匹、ものすごい速度で成長しているのだが、レティは全く気づいていない。
シルの朝は遠吠えで皆を起こし、オベール家の脳筋たちが狩ってきた新鮮な動物や魔物をいただくことから始まる。特に騎士団長である長兄からもらうことが多い。処分に困るような強さの大型でもシルならペロリだ。また後先考えずに持って帰ってきて、と怒っていた母はとても助かっている。
その後は出勤していく人たちに撫でられ、愛でられ、たまに軽く運動。英雄などは可愛がっておやつをあげすぎてしまうことから、シルの中でおやつ係の人と思われている。シルにとっての序列は、レティ、母、兄たち、英雄、使用人たちだ。もちろんヤミーは自分より下。
昼間は日向ぼっこをしつつ、ネズミやイタチを軽く殺って、使用人たちに褒められる。最初は怖がっていた彼らだったが、葡萄祭りの功績やそもそもオベール家に務め続けられる肝の据わった人たちでもあり、今や可愛がられている。
夕方になると帰ってきたレティと戦って、脳筋家族への胃痛でやられた次兄を出迎える。実は家の中でシルを一番可愛がっているのが次兄だ。もふもふしては「癒し」とぼやいている。
栄養満点な食事をもらい、強者と戦い、敵に襲われる心配なく眠る。成長しないのがおかしな話だ。
対してヤミーだが、闇属性の竜というのは近くにいる者の魔力に影響されやすい。また、魔力が主食だったりだったりもする。これは瘴気を吸って生まれることが理由だ。
レティのベッドに潜り込み、一緒に起きて、朝食の場では家族の揃った食卓の下に潜って落ちてきたものを食べようと狙う。
闇は光に惹かれるため、レティが学校に行っている間は母の部屋をうろちょろしていることが多い。たまに遊んでもらい、最近ではなぜか服を着せられたりもする。末っ子というのは可愛がられるものだ。
レティが帰ってきてからはシルが戦っているのを見守り、こうして休みになると原っぱなどで思いっきり遊んで発散する。
強大な魔力に囲まれて、その蓄積された力で実践経験を積む。そりゃ大きくなるに決まっているのだ。
つまり、オベール家に育てられた結果、とんでもなく強くなっていた。
「よーし、じゃあ遊びましょうか!!」
レティはシルの本気を簡単にいなす。何度も何度も襲っても傷ひとつ付かず、くいっとまだ来れるでしょとばかりに手を曲げてくれるご主人様は最高で、シルの目は爛々だ。レティとしてもうっかり殺さないくらい強くなってくれてありがたい。
「グォォォン……」
僕の番とばかりにヤミーが鳴いたら交代だ。巻き込まれないようにシルは遠くの川で水を飲み、木陰で丸くなる。
ヤミーの波動を手で払いのけ、鉤爪で引き裂かれても防御壁が割れない。体術と魔法の連戦だろうと、レティには関係ない。先にへばるのはいつもヤミーたちの方だ。
「グルルルゥ……」
「いい運動になったわね! よし、そろそろお昼にしましょう!」
さっきまで強者のオーラを放っていたレティがコロッといつもの優しいご主人様に変わる。
レティはバスケットから長いサンドイッチと保温魔法瓶に入ったスープを取り出した。
しかし、二匹は動かない。
「……どうしたの?」
ぴくり、とヤミーが耳を動かした。シルも鼻をヒクヒクさせる。しかしすぐにふいっと顔を逸らし、レティによってきた。
「なぁに、あっちに何かいたの?」
それは東の国で有名な渓谷の方向だった。




