32. 甘すぎる日
新年のパーティー続きを終え、二学期が始まる。
「フガッ……」
講堂で学長が話をしている中、レティは船を漕ぐ。基本真面目で学長にも尊敬の念があるレティでも、集会のスピーチの眠気からは逃げられない。もはや睡眠魔法である。
「……最後に今年もそろそろプティの日がやってくるが、羽目を外しすぎないように」
プティの日、の言葉でレティは起きた。
それは甘いものが大好きすぎたプティ夫人の没日に由来する、家族や友人、恋人にお菓子を贈る日だ。プティ夫人は二百年ほど前、政略結婚が当然だった貴族社会で壮大な駆け落ちの末にプティ家に嫁いだ人物であり、その逸話にあやかって女性からの告白の機会ともされている。
この日は意中の女生徒からお菓子をもらえるかも知れないと、男子生徒がソワソワするのだが……。
「一塔につきの数が最高記録更新です、レティ様」
「机が三つ分でも足りませんね」
「……これでもまだ第一陣」
「次に備えなければ……来る!!」
毎年、誰もレティには勝てない。学園の女生徒が一斉に集まるため、三階への全ての通路には誘導員が配置される。時間によって分かれ、教室のドアが開けば我先にと押し合い圧し合い。親愛、何より尊敬のお菓子が献上される。
数十から百を超えたお菓子が積み上がり、机が一つでは足りない。天才建築家の作った謎の塔のようになっている。
そこに人の波を割ってやってくるのが、殿下だ。
「レティ、今年も凄いことになっているね」
「殿下、近いのですが」
「うん、そうだね」
サラに言われた通りに自分からはあまり近づかないように我慢していた殿下だったが、この日だけは例外だ。
……どれだけ君たちが擦り寄ろうとも、レティは僕のだよ、と言わんばかりに後ろから抱きしめる。
「今年もたくさん……孤児院の子達が喜ぶわ!」
「「ぜひ有効活用を!!」」
流石に全部は食べられず、しかしどれかだけを食べるのは公平性に欠ける。レティは悩んだ末に一つも食べずに孤児院に贈ることにした。
レティは食べない。安全性のためにも名前付き。
この条件を課してもなおこれだけ集まるのは、レティの人たらし能力ゆえだ。
「皆様、ありがとう!」
「「いえ、こちらこそありがとうございます!!」」
普段は近寄れないレティに合法的に貢げるとだけあって、女生徒たちの顔艶が素晴らしい。男子生徒たちは、自分はもらえない悲しみと貢げない辛さで打ちひしがれ、目も当てられないが。
「……レティ」
「なんですの、殿ふぁ」
殿下に呼ばれ振り向くと、レティは口にチョコレートを放り込まれる。そもそも高いチョコレートが王宮付きパティシエの腕にかかり光り輝いていた。いくらなのか予想もできない。
素直なレティはもぐもぐと食べ、殿下はその姿をじっと見つめる。
「……おいしい! ベリーの味がしましたわ!」
「うん。レティの好きな味だろう?」
「ええ、好きでふぁ」
次、また次とチョコが口に運ばれる。ボンボンショコラにチョコプラリネ、口に運ばれる姿は艶っぽく、見てはいけない光景なような錯覚が起こる。
「で、殿下、もう結構で……あら?」
いつのまにかタワーだけが出来上がり、お菓子を渡しにきた生徒はどこにもいなかった。同じクラスの学友たちが目を逸らす。
殿下の目論見は無事に達成された。異様な空気に、レティが少し考える。最近シルとヤミーがよくやっていることが頭に浮かぶ。いつも寄って来る小鳥を睨みつけ、自分の主人だと見せつけるように甘えてくるのだ。
「これって、牽制ってやつですの?」
ずぎゃぁん。
きょとんとした顔で呟くレティの姿に、学友たちが逝った。
「……そうだとしたら?」
「うーん。グラシアンの日にお返しした方がいいかしら?」
グラシアンとはプティの夫の名前であり、男性が女性にお返しをする日だ。
上目遣いで見上げてくるレティに、殿下が固まる。今まで家族へのお菓子と一緒のものを渡されるだけだった殿下は、個人的なお返し、それも特別そうな雰囲気に思考が停止した。
「その前に文化祭があるからあまり手の凝ったものは用意できないけれど……殿下?」
もうそれ以上は……と親衛隊員たちが首を振る。死体蹴りは良くない。
プティの日は、殿下の死によって幕を閉じた。




