30. 可愛くはないよ、絶対
結果として、レティは赤点と赤点ギリギリセーフで期末テストを終えたが、補習と平常点、課題によってどうにかなった。たとえ可哀想な頭の出来でも、熱意と真面目さがあれば卒業はできるのだ。学期末の通知表を受け取ったレティは本当に危ない赤がないことに大喜びした。
「もう冬休みに入ったのよ、サラ!」
殿下手編みのモコモコのマフラーを靡かせて、侯爵領の街中にある事務所にレティが現れる。手に持っている袋には山盛りのオレンジ、腕にかけている袋にはにんじん、もう片方の腕にはチーズを抱えて。
お裾分けによって両手の塞がったレティは、オベール領の冬の風物詩だ。
「ああ、うん。その嬉しそうな顔でわかるよ。とりあえず寒いから中入って。で、ドア閉めて」
「一人なの?」
「今日はね」
サラの事務所には年老いた所長とくたびれた所長代理がいたはずだが、今日は誰もいなかった。サラが温かいジンジャーミルクティーを入れてくれる。レティは貰い物のクッキーを出した。さっき登り坂でおばあさんを運んだ時にいただいたやつだ。
「それで、どうしたの?」
「もちろん、聖夜祭の日に一緒に遊びたくて誘いにきたのよ」
聖夜祭……それはこの世界の神が生まれた日とされている祝日だ。街は飾り付けられ、屋台が並び、夜は家族とディナー。一日の終わりには冬の澄んだ星空に願って眠る。その夜、星の使いが子供の元に願ったものを置いていってくれる。なんともロマンティックな日であった。
「……レティ、殿下を忘れないであげて」
この日の午前や午後は、友達やどちらかというと恋人と過ごす者が多い。
「私も彼氏と出かける予定だし」
「商家だから忙しそう、と言っていたじゃない」
「……なんでその記憶力が暗記科目に使われないかな」
サラには商家の跡継ぎ息子の恋人がいる。行政書士になったばかりの時に仕事の関係で出会い、惹かれ、レティや殿下とのいざこざに巻き込まれても笑ってくれるような優しい人だ。レティから良い人だとお墨付きをもらっている。
「仕事して過ごそうと思ってたんだけどなぁ」
「私と遊びましょう?」
「ダメ。可愛い顔をしてもダメ。大人しく殿下とデートしてきなさい」
レティの無自覚うるうるおねだり顔にくらりと来ないサラは流石だ。大親友なだけある。
「殿下は……少し、街歩きには向かないの」
「ところ構わず愛されるのは困るって言えばいいじゃん」
「愛を拒否するのは悲しいでしょう?」
顔に出ているため意味がないが、一応レティは受け入れているつもりなのだ。
いつまで経っても殿下の片想いなことを哀れんだサラが、今日こそ切り込んでみる。
「レティにとって殿下ってなんなの?」
「未来の旦那様よ?」
「そうじゃなくて、どう思ってるの? かっこいいとかさ」
レティが考え込む。
これで友達や普通の人なら即答なのだから、殿下はまだ勝機があるのかもしれない。単に複雑すぎて上手く言えないだけの可能性もあるけど。なんてサラが考察していると、レティは口を開いた。
「可愛いけれど、少し距離が近かったり、なんだかよくわからないわ」
あの冷酷王子を可愛いと思えるのはレティだけだよ、とサラは心の中でつっこむ。
「距離の近さが嫌なの?」
「嫌ではないけれど……戸惑うわ」
「なるほどね」
戸惑いならば、まだ大丈夫だ。国母としてではなく、愛する人と結婚してほしい。
サラはこの結果を手紙にしたためて殿下に送ってあげようと思った。今後の改善のためにも。
「……なら、大丈夫だよ。途中から合流するからさ、まずは殿下とデートしてきなよ」
「絶対よ?」
「約束破ったことないでしょ。行くから、ね」
念を押すレティに、これは手強すぎるとサラは苦笑する。一緒に遊べるならいいのかコロッと上機嫌になったレティがクッキーを手に取った。あっと何かを思い出す。
「サラは願い事を決めた?」
パァァと眩しすぎる笑顔のレティ。
サラの脳裏にレティに気取られないようにコソコソと部屋に入って、プレゼントを枕元に置く英雄の姿が浮かぶ。
十八歳になるはずのレティはどうやらまだ星の使いを信じているらしかった。
「……ウン、きめたヨ」
相変わらずのレティだったが、殿下は無事に聖夜祭デートができることになった。断られる可能性があったとも知らず、殿下はレティのために新しい服やプレゼントを用意していた。




